ビジネス交渉の人材育成② ~交渉学の活用事例(大学編)
今回は、「交渉学の活用事例(大学編)」をテーマにしました。現在、残念ながら交渉学を学部教育に導入している日本の大学は限られていますが、その中で、交渉学を有効活用している追手門学院大学と関西大学の事例をご紹介したいと思います。
追手門学院大学は、学生の人生を豊かにするための教育プログラムとして、関西大学は、学生が自ら考えて判断・行動する人材の育成のために、交渉学研究を活用しています。
参考)
追手門学院大学
https://www.otemon.ac.jp/research/list/tagami.html
関西大学 21世紀を生き抜く考動人<Lifelong Active Learner>の育成
http://www.kansai-u.ac.jp/ap/outline/concrete.html
本テーマの執筆者の田上正範氏は、企業の実務経験を経て独立し、交渉学の研究を行なうと共に、追手門学院大学と関西大学の学生に加え、社会人に教育を行なう講師でもあります。また、交渉学を通じた学生と社会人の交流を促す活動もされています。
今回は、その中から、学生が交渉学を学ぶ意義、主体的な取組み事例、社会人との交流事例をご紹介したいと思います。
経営学者のドラッカー博士は、多くの名言を残されていますが、その中に、私が最も刺激を受けたのは、次の言葉です。
「人に教えることほど、勉強になることはない」
(No one learns as much about a subject as one who is forced to teach it.)
原典)
Peter Drucker (2012). “Management”, p.334, Routledge
http://www.azquotes.com/quote/399290
ドラッカー博士は、生涯学びを継続され、晩年まで、米国カリフォルニア州クレアモント大学院大学の教授として教鞭を取られていました。
企業の人材育成には、OJT(On The Job Training:職場内研修)、OFF-JT(Off The Job Training:職場外研修)とExchange Training(交流研修)があります。
特に、今回ご紹介する交渉学を学んだ学生が、講師として主体的に取組むワークショップや交渉学を通じた社会人との交流は、企業の人材育成を考える上でも、ご参考になると思います。
一色 正彦
学生は交渉学をどのように捉え、どのように活用しているのでしょうか。企業の実務経験を持つ大学教員の立場から、大学(研究者)と企業(実務家)との関わり方について述べ、学生が主体的に取り組む事例を紹介し、学生が交渉学を学ぶ意義についてまとめたいと思います。
1.大学と企業の交流事例(研究者と実務家と教員との関係)
大学は、学術的な専門分野を研究し、教授する機関といえます。そこで、大学教員を「研究者」と「教員」に分けて考えてみたいと思います。また、実務界で実務に携わり、実務を通した知識や経験をもつものを「実務家」とすると、下図のようにまとめることができます。
「実務家と教員、研究者の関係」
実務家は実務を通した知識と経験をもち、教員は授業法を身に付け教育指導ができ、研究者は学術的な側面から意味づけができる。実務家教員は、実務家と教員の両方の力をもち、大学教員は教員と研究者の力をもつ。大学における実務家教員は、これら3つの力を合わせ持つものと言える(図の中心部)。本稿では、3つ全てを持つ人材育成についてではなく、それぞれの力をもつ人材同士をつなげ、社会的な価値を創造する手立てに着目する。
原典)
田上正範、「大学教育における実務家と関わり方に関する一考察」、追手門学院一貫連携教育研究所紀要第1号、2015年3月、P84、図1
http://llc-itie.com/common/data/results_Practice.p...
ここで、論点をより明確にするために、実務家の対義語となる理論家について考えてみます。実務家と理論家を対立の関係にするのではなく、両者の専門性を活かし、価値を創造する関係を目指したいと思います。そのためには、両者をつなぐ共通言語が必要です。それが、学び問う姿勢・態度と考えます。ここで、留意してほしいことは、実務家と理論家の学びの関心領域は異なりますので、学びの対象ではなく、学びに対する姿勢・態度に着目していることです。学びを続け、問い続ける姿勢です。その価値を理解し、自ら行動する態度が肝心になります。
「実務家と理論家との関係」
原典)
田上正範、「大学教育における実務家と関わり方に関する一考察」、追手門学院一貫連携教育研究所紀要第1号、2015年3月、P85、図2
http://llc-itie.com/common/data/results_Practice.p...
価値創造の関係が成り立つと、教える・教えられるような、どちらかに依存する関係ではなく、互いに役割を分担し、協力し合いながら学習の計画を立てるような関係になります。教育の現場では、複数の教師が協力して授業を行うチームティーチングのような指導方法を示します。また、交渉学の学習コミュニティでは、本テーマを監修する一色正彦氏が中心となり、大学と企業間で実践しています。
「交渉学の学習コミュニティの実践イメージ」
原典)
田上正範、「大学教育における実務家と関わり方に関する一考察」、追手門学院一貫連携教育研究所紀要第1号、2015年3月、P87、図6
http://llc-itie.com/common/data/results_Practice.p...
2.学生の主体的な取組み事例
私が、まだ企業に勤めている頃、学生から問われた質問に衝撃を受けました。
「大学のために役に立ちたいのです。どうすればよいかアドバイスを下さい!」
教員か職員の指示と思いましたが、何度も聞きに来る学生の姿に、本心からの姿勢であると感じたことがあります。その後、大学教員となり、教育現場に接する中で、学生の二面性を捉えましたので、ご紹介したいと思います。
昨今よく耳にするアクティブ・ラーニングの代表的な活動として、プレゼンテーションやグループワーク、討論などがあり、私自身も積極的に取り組んでいます。
参考)
アクティブ・ラーニングについては、以下をご参照ください。
ビジネス交渉の戦略③~模擬交渉による交渉力育成プログラム
https://leaders-online.jp/keiei/negotiation/2816
ある授業にて、自ら進んで積極的に発言し、授業内容もよく理解する評価の高い学生がいました。しかし、ある授業外の課外活動にて、この学生の行動に目を疑いました。いつも積極的に参加している授業と関わる場面が多数あるにも関わらず、その経験が全く活かせていなかったからです。私が授業との関連性を指摘して、当人は初めて気づきましたが、結局、行動は変わりませんでした。残念ながら、教職員が用意した環境、言わば「かご」の中では能動的に取り組みますが、かごの外に出ると急に受動的になったり、かごの外に出ること自体を拒んだりする学生も多いのです。
しかし、自らの意思でかごの外に出て、主体的に活動する学生は、確かにいます。私はそこに疑問を持ちました。彼らは、大学教育とは関係ないところを契機にしているのではないか、当人にとっては、試行の場のひとつとして大学を使用したにすぎないのではないか、と考えました。
そこで、交渉学を活用して開発したのが「学生講師の育成モデル」です。交渉学を学習した学生が自ら「講師をしてみたい」という提案を受けたことが切っ掛けでした。賛同した学生らが主催者となり、ワークショップを企画・実施しました。卒業単位にも、謝礼にもならない活動にもかかわらず、自分の時間を使い、参加者の募集から、当日の運用までの全てを学生が行ったのです。(以下、運営に携わる学生を学生スタッフとし、登壇する学生を「学生講師」と称す。)
「学生講師の育成モデル」では、学生は自主的に授業内で経験を積み、課外活動で試行を繰り返し、更に、学外活動として、社会人と学生の交流ワークを繰り返し行っています。交流ワークは、社会人が主催する場合もあります。しかし、学生は単なる参加者ではなく、学生講師や学生スタッフとして積極的に参加し、逆に、社会人が学生から刺激を受ける場面も少なくありません。
交渉学を活用した学生と社会人の交流ワークは、追手門学院大学と関西大学で交渉学を学んだ学生を中心に、2014年から継続的に実施されています。
参加した学生は、交渉学を授業で学ぶだけではなく、その考え方やネットワークを活かして、自らが主体的に実践し、社会との交流を通じて、これからの人生の道を開いていると言えます。ここに、学生の真の主体性が見られると思います。
学生が交渉学の学習を通じて、主体的に行動するようになり、社会人と交流から積極的に学ぼうとしている事例は、企業の人材育成にも、ご参考になると思います。
学生講師によるワークショップの試みの詳細は、以下をご参照ください。
参考)
田上正範、「学生講師によるワークショップの試み」、追手門学院一貫連携教育研究所紀要第2号、2016年3月
http://llc-itie.com/common/data/results_Workshop.p...
また、社会人と学生の交流ワーク(実践コミュニティ)については、以下を参照ください。
参考)
田上正範、「交渉学を活用した学生-社会人ギャップを乗り超える育成モデルの構築」、追手門学院一貫連携教育研究所紀要第4号、2017年2月
http://llc-itie.com/common/data/results_Gap2.pdf
田上 正範
田上 正範
<執筆担当>
人材育成関連(主に、大学教育)
<交渉学との関わり>
教育サービス部門在籍中に交渉学を学び、TA(ティーチング・アシスタント)、講師の経験を経て、交渉学の研究と学生・社会人に対する教育を行なっている。
<アカデミック・バッグラウンド>
北海道大学工学部卒、同大学大学院工学研究科修士課程修了・修士(工学)。
<ビジネス・バックグラウンド>
パナソニック(株)半導体デバイス技術部門(主任)、教育サービス部門(課長)、関係会社システム部門(部長)を経て、独立。大学で教育・研究を行なうと共に、企業研修の講師を務めている。追手門学院大学准教授、関西大学非常勤講師、合同会社IT教育研究所代表。著書「理系のための交渉学入門」(共著、東京大学出版会)。
一色 正彦
<執筆担当>
全体監修、交渉学関連
<交渉学との関わり>
欧州で海外企業との技術提携交渉に苦労している時に、英国人より交渉戦略のアドバイスを受け、交渉学の存在を知る。その後、国内外のビジネス交渉に活用すると共に、東京大学(先端科学技術研究センター)と慶應義塾大学(グローバルセキュリティ研究所)の研究に参加し、その成果を用いて、交渉学の研究と学生・社会人に対する教育と人材育成を行なっている。
<アカデミック・バッグラウンド>
大阪外国語大学(現大阪大学)外国語学部卒、東京大学先端科学技術研究センター先端知財人材次世代指導者育成プログラム修了
<ビジネス・バックグラウンド>
パナソニック(株)海外事業部門(主任)、法務部門(課長)、教育事業部門(部長)を経て独立。大学で教育・研究を行なうと共に、企業へのアドバイス(提携、知財、交渉戦略、人材育成)とベンチャー企業の育成・支援を行なっている。金沢工業大学(K.I.T.)大学院客員教授(イノベーションマネジメント研究科)、東京大学大学院非常勤講師(工学系研究科)、慶應義塾大学大学院非常勤講師(ビジネススクール)、関西大学外部評価委員会委員(大学教育再生加速プログラム)、(株)LeapOne取締役(共同創設者)、合同会社IT教育研究所役員(共同創設者)
主な著書:「法務・知財パーソンのための契約交渉のセオリー」(共著、レクシスネキシス・ジャパン)、「ビジュアル解説交渉学入門」、「日経文庫 知財マネジメント入門」(共著、日本経済新聞出版社)、「MOTテキスト・シリーズ 知的財産と技術経営」(共著、丸善)、「新・特許戦略ハンドブック」(共著、商事法務)など。