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ビジネス交渉の戦略③~模擬交渉による交渉力育成プログラム

今回は、交渉力の育成プログラムをご紹介します。交渉力を育成するために有効な方法は、具体的なケースを用いた実践形式のトレーニングプログラムです。

ケースを利用した教育が世界で最初に行われたのは、1870年、ハーバード大学ロースクールだと言われています。判例研究からスタートし、実践的学習方法として、ビジネススクール等にも普及した実践的な学習方法です。

参考)
ケーススタディとケースメソッドの違い(名古屋商科大学ビジネススクール)
http://mba.nucba.ac.jp/about-mba/mba-9889.html

ハーバード大学交渉学研究所は、このケースメソッドを用いて交渉力を育成するプログラムを開発しました。このプログラムでは、実際の裁判やビジネス交渉の事例に基づき作成されたケースを用いた模擬交渉(ロール・シミュレーション)が行われます。

模擬交渉は、具体的には、次のような手順で行われます。最も基本的な1対1の売買取引交渉の例をご紹介します。

① 事前準備

模擬交渉では、実際のビジネス交渉の事例等から作成された専用のケース教材を使用します。ケース教材は、共通情報(双方の交渉者が共通に知っている情報。交渉の経緯や背景等)と個別情報(売主側と買主側の個別情報。お互いに、交渉前には知らない情報)で構成されています。

最初に、売主側と買主側は、交渉準備の方法論に基づき、それぞれが交渉シナリオを準備します。各自が準備した後、同じ役割同士で意見交換することにより、発想を広げる方法が効果的です。

② 模擬交渉(ロール・シミュレーション)

事前準備の後、検討した交渉シナリオに基づき、1対1の模擬交渉を行ないます。個別情報に記載された内容について、何を、どの順番で、どのような表現で相手と交渉するかは、交渉者の判断で交渉します。

③ 感想戦

模擬交渉の終了後、交渉相手と事前には秘密にしていた個別情報のシートを交換し、お互いにどのような条件を背景に交渉していたかを確認します。そのうえで、それぞれが、自分の交渉シナリオを相手に説明します。そして、交渉後の感想や対立点が残った場合は、何が問題であったか、対立点が乗り越えられた場合は、なぜ可能だったか等を議論します。

実際の交渉では、交渉後に相手の本音を引き出すのは難しく、感想戦は、模擬交渉によるシミュレーションにおいて、有効な学習方法の一つです。

④ フィードバック

そして、最後に、講師が交渉結果を聞きながら、受講者と課題や対策を議論します。また、各ケースには、学習対象者に合わせた学習目標が設定されており、その解説を行ないます。

講師の解説や他の対戦組合せの交渉結果を聞いた後、交渉相手と再度、感想戦を行なう方法も有効です。

このプログラムを通して、交渉力に必要な次の3つの能力が育成できます。

  1. 分析力
    交渉の準備段階では、交渉を設計するための情報を収集し、選択肢にまとめてそれぞれを評価し、判断基準を設定して交渉シナリオを作成します。そのため、分析力が身に付きます。
  2. コミュニケーション力
    模擬交渉の段階では、相手の立場を考えながら、対立する条件に対して、自分のメッセージを表示し、相手の反応や表情を見ながら、対立した条件について対話します。そのため、コミュニケーション力が身に付きます。
  3. 意思決定力
    最後に、交渉者の権限の範囲で、交渉をまとめて、結論を出します。交渉の目的は合意ではなく、自ら設定した目的(ミッション)にどの程度近づけたかが、交渉結果の評価基準になります。また、その結果は、上司などの利害関係者に、背景や理由を明確に説明できる必要があります。これらに必要となる、意思決定力が身に付きます。

また、このプログラムは、学習効果の高い方法でもあります。

教育学者のデール教授によると学習した内容が短期記憶で終わるか、長期記憶となるかは2週間が分岐点となります。

例えば、言葉による受信や視覚による受信のような受動的な学習方法の場合、2週間後、長期記憶に残っているのは10~20%であるのに対し、ディスカッションに参加する、スピーチをする、実際に自分で体験するなど、能動的な学習方法の場合は、70~90%に向上するのです。

参考)
https://www.triton.edu/uploadedFiles/Content/Acade...

模擬交渉は、ケースを素材に自ら考える能動的な学習「アクティブ・ラーニング」です。従って、このプログラムは、学習効果の観点からも、高い効果が期待できます。

模擬交渉の様子については、以下の記事でも紹介されていますので、合わせてご参照ください。

参考)
交渉の成功確率を上げる方法論注目の『交渉学』体験講座(BIZLAW)
http://www.bizlaw.jp/report_kittoranomon_03_01/

<本事例のポイント>

・交渉力の育成には、実際のビジネス交渉の事例に基づき開発されたケースを用いた模擬交渉(ロール・シミュレーション)が有効である。模擬交渉により、交渉力に必要な3つの能力である「分析力」、「コミュニケーション力」、「意思決定力」をトレーニングできる。

・模擬交渉は、ケースを素材に自ら考える能動的な学習方法「アクティブ・ラーニング」である。そのため、一方的に聞く、読むタイプの学習と比較して、学習効果の観点からも、高い効果が期待できる。


一色 正彦

<執筆担当>
全体監修、交渉学関連
<交渉学との関わり>
欧州で海外企業との技術提携交渉に苦労している時に、英国人より交渉戦略のアドバイスを受け、交渉学の存在を知る。その後、国内外のビジネス交渉に活用すると共に、東京大学(先端科学技術研究センター)と慶應義塾大学(グローバルセキュリティ研究所)の研究に参加し、その成果を用いて、交渉学の研究と学生・社会人に対する教育と人材育成を行なっている。

<アカデミック・バッグラウンド>
大阪外国語大学(現大阪大学)外国語学部卒、東京大学先端科学技術研究センター先端知財人材次世代指導者育成プログラム修了
<ビジネス・バックグラウンド>
パナソニック(株)海外事業部門(主任)、法務部門(課長)、教育事業部門(部長)を経て独立。大学で教育・研究を行なうと共に、企業へのアドバイス(提携、知財、交渉戦略、人材育成)とベンチャー企業の育成・支援を行なっている。金沢工業大学(K.I.T.)大学院客員教授(イノベーションマネジメント研究科)、東京大学大学院非常勤講師(工学系研究科)、慶應義塾大学大学院非常勤講師(ビジネススクール)、関西大学外部評価委員会委員(大学教育再生加速プログラム)、(株)LeapOne取締役(共同創設者)、合同会社IT教育研究所役員(共同創設者)

主な著書:「法務・知財パーソンのための契約交渉のセオリー」(共著、レクシスネキシス・ジャパン)、「ビジュアル解説交渉学入門」、「日経文庫 知財マネジメント入門」(共著、日本経済新聞出版社)、「MOTテキスト・シリーズ 知的財産と技術経営」(共著、丸善)、「新・特許戦略ハンドブック」(共著、商事法務)など。

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