ビジネス交渉の戦略⑥~代理人弁護士と連携した交渉戦略
今回は、「代理人弁護士と連携した交渉戦略」をテーマにしました。欧米や国際交渉のシーンでは、日本と比較して、日常的なビジネス交渉に代理人弁護士が参加する例が多く見られます。また、裁判による紛争解決においても、交渉学研究に基づき、和戦両様の交渉戦略として、法廷での弁論を担当する「法廷弁護士(Litigator)」と法廷での争いが継続中でも、相手方が和解を申し出た時に対応できるための「和解交渉弁護士(Settlement Counsel)」の両方と連携し、役割分担して交渉を行なう例もあります。
原典)
Robert H. Mnookin ,Beyond Winning: Negotiating to Create Value in Deals and Disputes,
Belknap Pr 2004, p.181
日本でも、裁判による紛争解決以外のビジネス交渉において、代理人弁護士と連携した交渉が行われることがあります。その場合、交渉の成功確率を上げるためには、代理人弁護士と交渉で何を目指すのかというミッションを共有し、お互いに協働して交渉を進める必要があります。
本テーマの執筆者の松木俊明氏は、法律事務所のパートナー弁護士であり、交渉学の継続学習者として、弁護士としての交渉において、交渉学を活用されています。また、大学で交渉学を学生に教えられています。
今回は、松木俊明氏の弁護士としての経験と交渉学研究の視点から、代理人弁護士と連携した交渉戦略について、どのようなパターンがあるか、そして、交渉の成功確率を上げるためには、何を注意すべきかについて、ご紹介したいと思います。
一色 正彦
近年は、弁護士の役割として、紛争解決の場面以外のビジネスシーンでの活躍を期待されるようになってきました。
他方で、従前からある問題として、代理人弁護士との間でのコミュニケーション不足に起因するミスマッチもいまだ見られます。また、現在法曹人口の増加により、弁護士間の競争が起こり、ネット広告なども増え、弁護士にアクセスがしやすくなった一方で、どのような弁護士を選べばよいのか困るという声を聴くことも多くなっているそうです。
そこで、今回は、ビジネス交渉における代理人である弁護士の役割とクライアントとしての付き合い方について解説します。
なお、紛争性のある案件においては、業として代理人となることができるのは弁護士法により弁護士に限定されますので、以下では弁護士を中心とした専門家の場合を前提としています。但し、交渉の代理などや専門家との付き合い方については相手が弁護士の場合に限られません。是非様々な場面で活用してください。
1.ビジネス法務における弁護士の役割
日本の弁護士は法律の専門家として、法律に関する知識及び弁護士としての実務経験などを前提として、紛争解決業務を主フィールドとして活動することが多く、また、クライアントからもこれを主に求められます。しかし、近年は「予防法務」として、紛争が発生する前の段階から相談を受け、紛争の回避を目的とする活動を求められることも一般的になってきています。この背景には、紛争になることそれ自体による事業への影響の大きさが影響していると思われます。
これに加えて、戦略的な経営管理体制を構築する際に法務的観点からアドバイスを求められるいわゆる「戦略法務」への期待も高まっています。
このように、クライアント側にとっては、弁護士をはじめとする専門家との組み方について、従前のイメージを超える幅広い選択肢があります。その一方で、専門家に期待する役割と実際に依頼した専門家の意識のミスマッチが生じるケースが多くなっているようです。
そこで、依頼する側においても、自らが弁護士をはじめとする専門家に依頼する際のミッションは何なのか、すなわち、何のために専門家に依頼するのか、また、中長期的に見て今回の案件はビジネス上どういった意義を有しているのかを明確に意識し、それを専門家と共有することが重要になります。
2.ビジネス交渉の各フェーズにおける弁護士の役割
(1)交渉の準備段階における役割
交渉の準備の重要性については、以下の記事を参考にしてください。
ビジネスス交渉の戦略②~交渉準備のPCDAサイクル
https://leaders-online.jp/keiei/negotiation/2770
交渉の準備段階から弁護士をはじめとする専門家が参加することがあります。準備段階から専門家が参加することにより、期待できる主要な効果として次の3点が挙げられます。
① 第三者的な視点からのアドバイスが得られる。
② 法的な観点からのアドバイスが得られる(後の訴訟対策含む)。
③ 経緯を踏まえたクロージング(合意文書の作成含む)が可能になる。
①については、外部の専門家に依頼する場合に特に期待できる役割です。紛争・クレームケースにおいては、交渉で決着がつかなかった場合、最終的に訴訟による解決が期待されます。その際、最終的な決定を下すのは、第三者である裁判官です。日常的に訴訟業務を担当している弁護士は、裁判官の心証形成の傾向をある程度把握しています。そのため、訴訟になった場合の帰趨についてある程度の予想ができます。この予想結果は、当方側の合意可能領域の設定に大きな影響を与えます。
②については、弁護士が法律の専門家であることから、皆さんも当然に期待する役割だと思います。交渉への効果としては、法的知識を基に、交渉中に発言すべきでない言葉や、提示すべきではない選択肢などを知ることができます。
③については、後述の「3」で詳述します。クロージングにおいて作成する書面等は検討段階や交渉の経緯を踏まえたものになります。そして、交渉経緯などを踏まえた書面を作るには準備段階から専門家に入ってもらっていると効率的です。
(2)交渉場面における弁護士の役割
交渉の当事者については、①本人(企業の担当者)同士の場合(下記図のⅰのパターン)、②片方が代理人を依頼し、他方は当事者の場合(下記図のⅱのパターン)、③双方が代理人に依頼している場合(下記図のⅲのパターン)が考えられます。
現在のビジネス交渉、特に企業提携交渉の場面などにおいては、①のパターン(本人同士)がほとんどかと思われます。他方で、紛争・クレーム案件になると、②(片方のみ代理人)または③(双方が代理人)のパターンになることが多いように思われます。
これらのいずれかのパターンが適しているかは具体的な状況によります。もっとも、代理人を交渉メンバーに加えるかどうかを判断する際には、次の点を考慮するとよいでしょう。
① 代理人の存在が相手方に与える印象及びそれによる影響
② 意思決定権者と発言者が分かれることのメリットとデメリット
③ (紛争・クレーム案件の場合の)訴訟リスク
①については、一般的に第三者が交渉メンバーに入っている又は代理人が交渉の当事者である場合、相手方はその選択をした真意を探ろうとします。これが交渉に良い影響を与える場合もあれば、よくない影響を与える場合もあります。
例えば、第三者が弁護士の場合には、交渉の相手方に対して、当該案件の重要性を認識されることが可能でしょう。他方で、相手方に自身の発言が証拠化されるのではないかと考えさせることになり、活発な議論が行われない可能性があります。ですので、これから創造的な選択肢を探るための交渉等、活発な議論が期待される交渉においては、第三者の介入ないし代理人を依頼することについては慎重に判断する必要があります。どうしても第三者の介入又は代理人による交渉が必要な場合には、その必要性についてしっかり相手方に説明をするとともに、第三者ないし代理人において、それが伝わるような発言を心がけることが重要です。
②については、主に代理人交渉の場合です。交渉においては代理人が発言を行い、相手の発言を聴取します。しかしながら、意思決定権者はあくまでもクライアント本人です(意思決定権限も与えている場合を除く)。
この場合のメリットとしては、代理人が交渉中において、「本人の意向確認は必要であるが…」と一定の留保をつけた上で発言をすることが可能になります。これにより、その場での意思決定を求められることを避けることができます。また、相手方に代理人がついている場合には、相手方の代理人のキャラクターを把握することで、相手方の代理人をある程度コントロールしながら、当方側の意向を伝えるスピーカーとして活動してもらうように交渉を進めるという選択肢もとれます。
他方で、デメリットも存在します。まず、迅速な意思決定が行えなくなることです。この点については、現在は通信手段が発達していますので、大きなデメリットはないように思われますが、相手方がそのような印象を受けるということは認識しておく必要があります。また、本人(クライアント)は、代理人を通じて得た情報を基に意思決定を行います。そうなると、本人(クライアント)に入ってくる情報は、代理人が受けた印象に支配された情報になってしまいます。この対策としては、当方側が代理人を依頼する場合には、代理人と情報の収集と伝達について綿密な打ち合わせを行っておくとよいでしょう。他方、相手方に代理人がついている場合には、代理人の印象に左右されずに相手方本人に情報を伝える方法として、当方側の意向などを書面にしたり議事録を作成したりするといった方法が有効です。
③については、(1)でも述べた通り、紛争・クレームケースにおいて交渉で解決しない場合には、訴訟で決着を付けることになります。そして、交渉中の発言やメールでのやり取りが証拠として訴訟に提出される可能性があります。そうなると、専門家を交渉メンバーに入れたり代理人を依頼することで交渉中に不利な発言をしない又はその不利な発言を証拠化させないことなどが可能になります。
以上の点を総合考慮して、第三者である専門家を交渉メンバーにいれるかないし代理人に依頼するかを決定するとよいでしょう。
この他にも、①の形式を取りながら、専門家が待機している別室とパソコンをチャット状態でつないで、助言を得るなどの方法もあります。
3.交渉のクロージング以降における弁護士の役割
交渉のクロージング段階及びそれ以降における弁護士の役割としては主なものは、①契約書の作成・リーガルチェック、②合意内容の履行確保です。
①の契約書の作成・リーガルチェックにおける代理人、専門家の役割は、専門知識に基づいて文言を選択したり、交渉の中で協議すべきなのに漏れている事項がないかを確認することになります。
この際にクライアント側として最も注意すべきなのは、本件の交渉経緯、交渉のミッション、本案件の事業上の位置づけをしっかり共有することです。
もし、経緯を知らない専門家に合意書作成の依頼又はリーガルチェックを依頼すれば、既に双方当事者で解決済みの事項についても再び議論が必要になったり、不要な時間を要することもあります。最近はタイムチャージで報酬を設定している専門家も増えてきています。この場合には、文書作成、リーガルチェックに時間を要すれば費用も掛かることになりますので注意が必要です。
4.おわりに
以上の通り、ビジネス交渉においては、代理人や第三者の専門家と様々な組み方が考えられます。最近では、弁護士業界においても、業務拡大の風潮があり、多くの事務所が紛争解決業務にとどまらず、企業法務を掲げ、予防法務、戦略法務について取扱分野としています。また、その際に取扱件数などを掲載して顧客誘引をしている事務所も増えています。ですが、戦略法務においてどの弁護士、専門家に依頼するかの判断において最も重要なのは、HPに「企業法務」「戦略法務」を掲げているか否かや取扱件数の多寡ではなく、本当にクライアントの事業を理解し、ミッションを共有し、一緒に実現しようとする姿勢があるかが重要だと考えます。
ビジネスを行う際において、代理人弁護士や第三者の専門家は、有り難いお言葉をいただける「先生」ではなく、ビジネスのパートナーであると理解し、ミッションを共有することが何よりも大切だと思います。
松木 俊明
松木 俊明
<執筆担当>
法律関連テーマ
<交渉学との関わり>
弁護士会で開催された研修を機に交渉学に興味を持ち、TA(ティーチング・アシスタント)
の経験を経て、弁護士として交渉学を活用すると共に、学生・社会人に対する教育を行
なっている。
<アカデミック・バッグラウンド>
関西大学法学部卒、同大学大学院法務研究科法曹養成専攻(ロールクール)修了・弁護士
<ビジネス・バックグラウンド>
法律事務所のパートナー弁護士を務めると共に、大学院生向けのアドバイザーや大学で講師、企
業研修の講師を務めている。アーカス総合法律事務所パートナー弁護士、大阪弁護士会各委員
会所属(交通事故委員会、医療委員会、犯罪被害者支援試飲会、刑事弁護委員会、子ども
の権利委員会等)、関西大学大学院法務研究科法曹養成専攻(ロースクール)アカデミックア
ドバイザー、関西大学非常勤講師(交渉学入門)
一色 正彦
<執筆担当>
全体監修、交渉学関連
<交渉学との関わり>
欧州で海外企業との技術提携交渉に苦労している時に、英国人より交渉戦略のアドバイスを受け、交渉学の存在を知る。その後、国内外のビジネス交渉に活用すると共に、東京大学(先端科学技術研究センター)と慶應義塾大学(グローバルセキュリティ研究所)の研究に参加し、その成果を用いて、交渉学の研究と学生・社会人に対する教育と人材育成を行なっている。
<アカデミック・バッグラウンド>
大阪外国語大学(現大阪大学)外国語学部卒、東京大学先端科学技術研究センター先端知財人材次世代指導者育成プログラム修了
<ビジネス・バックグラウンド>
パナソニック(株)海外事業部門(主任)、法務部門(課長)、教育事業部門(部長)を経て独立。大学で教育・研究を行なうと共に、企業へのアドバイス(提携、知財、交渉戦略、人材育成)とベンチャー企業の育成・支援を行なっている。金沢工業大学(K.I.T.)大学院客員教授(イノベーションマネジメント研究科)、東京大学大学院非常勤講師(工学系研究科)、慶應義塾大学大学院非常勤講師(ビジネススクール)、関西大学外部評価委員会委員(大学教育再生加速プログラム)、(株)LeapOne取締役(共同創設者)、合同会社IT教育研究所役員(共同創設者)
主な著書:「法務・知財パーソンのための契約交渉のセオリー」(共著、レクシスネキシス・ジャパン)、「ビジュアル解説交渉学入門」、「日経文庫 知財マネジメント入門」(共著、日本経済新聞出版社)、「MOTテキスト・シリーズ 知的財産と技術経営」(共著、丸善)、「新・特許戦略ハンドブック」(共著、商事法務)など。