抗凝固療法でCOVID-19重症例の死亡が低減か
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と血栓症との関連が、臨床現場で注目を集めている。米・Hasso Plattner Institute for Digital Health at Mount SinaiのIshan Paranjpe氏らは、後ろ向き観察研究でCOVID-19確定入院患者2,700例超を対象に解析した結果、とりわけ人工換気を要するCOVID-19重症入院患者において、抗凝固療法が死亡を低減する可能性が示唆されると、J Am Coll Cardiol(2020年5月6日オンライン版)に発表した。(関連記事「COVID-19重症化の鍵握る『血栓・炎症』」「COVID-19で血栓症のリスク増大に警鐘」)
治療量抗凝固療法の院内死亡への影響を評価
欧米では従来より外科患者と同様に内科患者に対しても血栓塞栓症発症リスクを層別化し、高リスク例には積極的に予防的抗凝固療法を実施している。COVID-19入院患者においても血栓塞栓症の増加が明らかになり、抗凝固療法によるCOVID-19患者の転帰改善を示す成績も散見される。しかし、報告は少数例での検討にとどまっていた。
そこでParanjpe氏らは、COVID-19患者への抗凝固療法が院内死亡率に及ぼす影響を明らかにする目的で、大規模コホート研究を実施した。
対象は、2020年3月14日~4月11日に、米・ニューヨーク市のMount Sinai Health System関連5施設に入院したCOVID-19確定患者2,773例。診療記録を収集、Cox比例ハザードモデルを用いて解析した。抗凝固療法の適応は不明で、3種類(経口、皮下注射、静脈注射)の剤形の製剤が含まれた。
解析では年齢、性、民族、BMI、高血圧や心不全、心房細動、2型糖尿病の既往、入院前の抗凝固薬使用、入院日などを補正した。
人工換気施行例で顕著な効果:院内死亡率29.1% vs. 62.7%
2,773例のうち786例(28%)が入院中に抗凝固療法を受けていた(抗凝固療法実施群)。いずれも中央値で入院期間は5日(四分位範囲3~8日)、入院から抗凝固療法開始までの期間は2日(同0~5日)、抗凝固療法実施期間は3日(同2~7日)であった。
全例の解析では、抗凝固療法実施群の院内死亡率は22.5%、生存期間中央値は21日、非実施群ではそれぞれ22.8%、14日だった。抗凝固療法実施群は非実施群に比べて、ベースラインのプロトロンビン時間、活性化部分トロンボプラスチン時間が有意に延長し、乳酸脱水素酵素、フェリチン、C反応性蛋白、D-ダイマーは有意に高値を示した。
一方、人工換気を要した395例については、両群でベースラインの検査値に相違は認められず、抗凝固療法実施群の院内死亡率29.1%、生存期間21日に対して、非実施群では62.7%、9日と両群の差が広がり、抗凝固療法実施群で院内死亡率の低下と生存期間の延長が確認された。
Kaplan-Meier解析では、生存率は抗凝固療法非実施群に比べて実施群で高く、とりわけ人工換気を要した例で両群の差が大きかった(図)。
図. COVID-19入院患者全例と人工換気施行例のKaplan-Meier生存曲線
(J Am Coll Cardiol 2020年5月6日オンライン版)
多変量比例ハザードモデルによる解析では、抗凝固療法実施期間が長いことは死亡リスクの減少と有意に関連し、実施期間が1日延長するごとに死亡リスクが14%低下した(1日当たりの補正ハザード比0.86、95%CI 0.82~0.89、P<0.001)。
大出血は実施群3.0%、非実施群1.9%で両群に有意差なし
では、抗凝固療法による出血リスクについてはどうか。
大出血は、①ヘモグロビン値7g/dL未満かつ赤血球輸血を要する②48時間以内に2単位以上の赤血球輸血③頭蓋内出血、吐血、メレナ(消化管出血による黒色便)、出血を伴う消化器潰瘍、結腸・直腸・肛門出血、血尿、眼出血および急性出血性胃炎─と定義した。
大出血イベントは、抗凝固療法実施群の24例(3.0%)、非実施群の38例(1.9%)で生じ、両群に有意差はなかった(P=0.2)。実施群で大出血イベントを生じた24例中15例(63%)は抗凝固療法開始後の発生だった。出血イベントは、非挿管例(1.35%)より挿管例(7.5%)で多かった。
抗凝固療法は個別に出血リスクとのバランスで考慮すべき
Paranjpe氏らは研究の限界として、観察研究であること、未知の交絡因子の存在、抗凝固療法の適応が不明、適応バイアスなどを指摘した上で「今回の結果は、抗凝固療法がCOVID-19入院患者の転帰改善と関連する可能性を示唆している」と結論。ただし、抗凝固療法によるベネフィットは、出血リスクとのバランスで考慮する必要があり、個別に評価すべきとした。また、人工換気を要した例で効果が大きかった点は、「抗凝固療法の施行をより重症例のみに留保してもよいことを反映しているようだ」との見解も示している。
一方、責任著者の1人でJ Am Coll Cardiol編集長のMount Sinai School of Medicine Cardiovascular Institute所長のValentin Fuster氏はプレスリリースで「この研究は、COVID-19患者の治療において抗凝固療法が重要な役割を演じる可能性があること、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染に関連して生じうる心臓発作、脳卒中、肺塞栓症などの致死性イベントを予防する可能性があることを示した」と指摘。「転帰改善のためには、抗凝固療法の適用は患者が入院しSARS-CoV-2陽性が確定された時点に、出血リスクを個別に評価して考慮すべきだ」とコメントしている。
評価する一方で疑問の声も
COVID-19と血栓症との関連がクローズアップされる中で発表された今回の成績に対しては、「抗凝固療法による介入の有用性を示す成績」と高く評価する意見がある一方、過大評価を懸念する声も聞かれる。
観察研究では効果が大きく現れがちとされるが、米・Massachusetts General Hospitalの臨床家グループが運営するサイトFLARE newsletterでは、"immortal time bias(観察研究で、イベントが発生しえない時間を不適切に扱う結果生じるバイアス)"の影響に言及している。
今回の場合、抗凝固療法開始までの期間(中央値2日)が実施群の生存期間をかさ上げしている可能性があるという。また、中央値3日間の抗凝固療法(特に人工換気施行例)で、これほど生存率の改善幅が大きい結果も信じがたいと疑問を呈している。
Mount Sinaiグループでは、COVID-19確定患者約5,000例を対象に、今回使用された3剤形の抗凝固薬の有効性を評価する観察研究を予定しており、最終的に前向きランダム化比較試験(RCT)で検証したいとの考えを示している。RCTによるエビデンスが待たれる。
(杉田清美)