ずるい魚が人間の役に立つ
中部大学、名古屋大学などの研究グループは、自分で発光する力はないにもかかわらず、光る物質(蛋白質)を持つ生物を捕食し体内に取り込むことで発光能力を盗む「ずるい魚」がいることを世界で初めて発見。食べた蛋白質を消化しないで自らの細胞に取り込み、本来の機能を保ったまま利用することから、この現象を「盗蛋白質」(Kleptoprotein)と命名した。一見、人間とは無関係に思えるこの現象が、意外なところで私たちの役に立つ可能性があるという。なお、結果の詳細は米科学振興協会の学術誌Science Advances(2020; 6: eaax4942)に掲載された。
50年以上も解明されていなかった光る謎
今回、盗蛋白質を利用していることが分かったのは、キンメモドキという体長6cmほどの小魚。日本では千葉県外房~九州南部の太平洋沿岸、沖縄などに生息している。夜行性で昼間はサンゴ礁の下に隠れて生活し、時に大群をつくる。高知県では「ハリメ」と呼ばれ、煮干しなどに加工されている。
キンメモドキは発光する魚としても知られ、胸部と肛門に発光器を持っている(写真)。月明かりなどに照らされて影ができ、深いところにいる敵に見つかってしまうのを防ぐために発光すると考えられている。
写真. キンメモドキの発光の様子
(中部大学プレスリリース)
一般的に、生物の発光は「ルシフェラーゼ」と呼ばれる酵素蛋白質と「ルシフェリン」と呼ばれる化学物質が反応して発生する。魚類での発光システムは、主に体内に共生しているバクテリアによるもの(チョウチンアンコウ、マツカサウオなど)と、自らが持つルシフェラーゼを使うもの(ハダカイワシなど)に分類される。だが、キンメモドキをはじめ、自力発光魚からルシフェラーゼの遺伝子が見つかった例はまだなく、どのような仕組みで光っているかは50年以上謎のままであった。
そこで研究グループは水族館に協力を依頼、キンメモドキが発光する謎の解明に挑戦した。
特定の蛋白質が消化されない仕組みの応用に期待
発光に関わる物質のうちルシフェリンについては、これまでの研究からキンメモドキは餌であるウミホタルから獲得していることが示唆されている。研究グループは、もう1つの物質ルシフェラーゼの出所を探索するため、最新の遺伝子技術を使ってキンメモドキの発光器から精製したルシフェラーゼを解析した。
すると、キンメモドキのルシフェラーゼとウミホタルのルシフェラーゼはアミノ酸配列が同じであること、キンメモドキはルシフェラーゼ遺伝子を持っていないことが明らかになった。
次にキンメモドキの飼育実験を行ったところ、①ウミホタルを与えずに長期飼育した個体では発光能力が次第に衰える②ウミホタルを与えるとルシフェラーゼ活性は回復する③その個体が持つルシフェラーゼは野生の個体が持っていたトガリウミホタルではなく、餌として与えたウミホタルと同じである−ことが分かった。
これらのことから、キンメモドキはルシフェリンだけでなく、ルシフェラーゼもウミホタルを食べることで獲得し、発光に利用していることが示された。研究グループは、まるでウミホタルの能力を盗んでいるようなこの現象を「盗蛋白質」と命名した。
通常、摂取した細胞や蛋白質は消化・分解されて本来の機能を失うので、人間がウミホタルなどの発光生物を食べても光ることはできない。キンメモドキが発光する仕組みである盗蛋白質は、一見したところ人間とは関係ない出来事に思えるが、意外な分野で役に立つ可能性があるという。
その分野とは薬剤の開発だ。現在、糖尿病の治療に使われるインスリンなどの蛋白質性医薬品は、経口投与すると消化・分解されてしまうため注射で投与されている。それが、特定の蛋白質だけを消化せずに体内に取り入れるメカニズムが明らかになれば、経口薬の開発につながる可能性があり、患者はわずらわしいインスリン注射から解放されることが期待できるというのだ。研究グループは、引き続き盗蛋白質の詳細の解明に取り組みたいとしている。
(あなたの健康百科編集部)