遺言で争わないために―認知症の遺言者の意思を守り、支援する方法
遺言者の意思決定能力を適切に評価するための手法の確立や標準化は、高齢社会の課題となっている。一般社団法人日本意思決定支援推進機構と京都府立医科大学精神機能病態学が共同して、認知症患者における意思決定能力評価のための「遺言能力観察式チェックリスト」を開発。その概要を公表した(京都府立医科大学2月7日プレスリリース)。
高齢者の「遺言能力」評価には法律家と医学専門家の協働が必要
高齢者の数が増加の一途をたどっている。認知症のため財産管理などについて自分で判断することが難しくなった高齢者が詐欺被害に遭ったり、思わぬ形で財産を失い生活が破綻する事態が起きている。また、家族や親族に遺言を残す際にも、遺言者が高齢で認知機能が低下していたり、特に認知症の場合には、遺言を作成した時点での「遺言能力」(遺言者自身が遺言内容を理解し、遺言の結果を理解・認識することが可能であるという意思決定能力)の有無が争点となり、遺言無効確認訴訟が増加しているという。
裁判所をはじめ遺言にかかわる法律専門職(弁護士、司法書士、税理士など)が遺言者の「遺言能力」を客観的に判断するためには、遺言書作成時や作成前後における「遺言能力」を評価した資料が重要となるが、法律専門職にとって、遺言者の「遺言能力」を確認したり判断するのは容易ではなく、どのような状態であれば遺言者を医学専門職(精神科医や臨床心理士)による意思決定能力評価につなぐべきかといった判断も難しいのが現状だ。
一方、老年精神医学分野においても「遺言能力」評価について検討がなされており、法律の専門家だけでなく、精神科医や臨床心理士などの医学専門家による包括的な評価が必要であると考えられている。例えば、不動産分割に関して以前の意思と大きな変化がある場合や精神疾患や神経疾患が疑われる場合、関係者の利益が損なわれるために異論が出る可能性が高い場合、身体的に虚弱な場合や高齢者の場合には、遺言者や関係者の意に反する結果をもたらすなどのリスクが高く、多角的な評価と支援が重要だとされている。
「遺言能力」を把握し遺言内容を法的に整理することで高齢者を支援
こうした中、「高齢者の地域生活を健康時から認知症に至るまで途切れなくサポートする法学、工学、医学を統合した社会技術開発拠点(Collaboration center of law, technology and medicine for autonomy of older adults;COLTEM)」プロジェクトを経て2018年6月に発足した一般社団法人日本意思決定支援推進機構(設立代表者:中央大学法学部教授小賀野晶一氏)が、京都府立医科大学精神機能病態学教室と共同して開発したのが「遺言能力観察式チェックリスト」だ。
このチェックリストは「現在希望している遺言内容について説明できる」「遺言内容を変更する場合、当初の遺言内容について説明できる」「自分の遺言内容によれば、誰と誰の間にどのような葛藤や緊張(感情的対立を含む)が生じる可能性があるのかを認識している」「表明された意思が二転三転することなく、一貫している」などの9つの大項目からなり、遺言者本人の遺言能力が保たれているか否かの大まかな把握ができる。これを用いた遺言能力チェックの実施者については、法律専門職(弁護士、司法書士、税理士)や金融機関の遺言担当者が想定されている。
遺言能力チェックの結果、遺言者の遺言能力に疑義が生じた場合には、医療職(専門的な訓練を受けた臨床心理技術者)による「遺言能力スクリーニング検査(開発予定)」の実施を想定しており、リスクが高いと判定された場合などには、本人や家族、公証人らが判断した上で精神科医による鑑定を考慮するという流れが想定されている。
同機構の副代表で京都府立医科大学精神機能病態学教授の成本迅氏は、認知症高齢者の医療選択をサポートする開発研究の成果として、2015年に「認知症の人への医療行為の意思決定支援ガイド」(医療従事者向け意思決定支援ガイド、在宅支援チーム向け医療選択支援ガイド、認知症の人と家族のための医療の受け方ガイド)」を公開している。「これまでの諸研究を基礎として、遺言以外の分野も視野に入れ、高齢者のさまざまな意思決定を支援するための技術やサービスの検証をさらに発展させ、継続的に推進していきたい」と述べている。
(あなたの健康百科編集部)