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映画『ジョーカー』の主人公を「診断」

2019年に世界中で大ヒットした米スリラー映画『ジョーカー』。米コミック『バットマン』の悪役として知られるサイコパスのジョーカーが誕生するまでの経緯を描いている。ロシア・Moscow Research and Practical Centre for NarcologyのValentin Y. Skryabin氏は、同作で明示されていないジョーカーことアーサー・フレックの精神疾患について「診断」を試みた(BJPsych Bull 2021年1月7日オンライン版)。さて、Skryabin氏が導き出した診断名とは。

DSM-5用いてサイコパスを分析

『ジョーカー』はコミック版では描かれていない、後にジョーカーを名乗る青年アーサー・フレックがサイコパスに変貌を遂げるまでのストーリーにスポットを当てている。トッド・フィリップ監督が共同で脚本も手がけた。また、同作でフレック役を演じたホアキン・フェニックスは、2019年の米アカデミー賞主演男優賞を獲得した。

フレックがなんらかの精神疾患を発症しており薬物療法や心理カウンセリングを受けている様子は描かれているが、明確な診断名は示されていない。そこでSkryabin氏は「同作で描かれるフレックの症状や精神状態から『診断』を試みた」と述べている。診断は、米国精神医学会の『精神疾患の分類と診断の手引き 第5版(DSM-5)』に基づいて行った。

幼少期の虐待が精神疾患の危険因子に

診断の前提として、Skryabin氏が着目したのは、臨床心理士と思われる女性との会話およびフレックがしたためるノートだ。フレックは女性に対し、孤独感や孤立感に加え「常にネガティブな考えが浮かぶ」と力なく訴える。ノートには「精神疾患を抱えて最悪なことは、周囲の人間に対し精神疾患など抱えていないかのように振る舞わねばならないことだ」とつづっている。

その他にSkryabin氏は、①フレックは孤児として養父母に育てられ、幼少期に虐待を受け重度の頭部外傷を負っている②現在は養母と2人で暮らしている③養母は妄想性障害やおそくパーソナリティ障害を併存しているとみられ、過去に入院治療を受けていたーことなどを指摘。「こうした成育環境から、フレックは精神疾患の危険因子を幾つも抱えている」と論じている。

「診断名」は情動調節障害と自己愛性パーソナリティー障害

Skryabin氏は、フレックには神経性障害の1つ情動調節障害とみられる言動がある点に言及。情動調節障害は、怒りや緊張を覚えているにもかかわらず笑い出すなど、状況にふさわしくない感情表現を発し、自分では制御できなくなることが知られている。この点については、「幼少期の虐待で受けた頭部外傷が主な原因ではないか」とSkryabin氏は推察する。

さらにフレックについて、「一般的に見て、どうにかして人々から注目されたいという自己愛(ナルシシズム)、自ら命を奪った相手への同情心がない精神病質(サイコパシー)といった人格的な特徴を有している」ことなどから、パーソナリティー障害群のうち「自己愛性パーソナリティー障害」に該当すると「診断」。なお、うつ病気質も見られるものの、同時に自らを抑制することもできており、うつ病および双極性障害、思考障害のエビデンスは認められないと分析した。

反社会性パーソナリティーについても検証

DSM-5によると、自己愛性パーソナリティー障害は「誇大性(空想または行動における)、賛美されたい欲求、共感の欠如の広範な様式で、成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる」と記載されている。同作においてフレックは、自分はコメディアンとしての才能にあふれていると疑わず、テレビ番組に出演し聴衆から称賛を得ることを望んでいる。あるいは、養母と暮らす共同住宅の同じ階に住むシングルマザーのソフィーに夢中で、恋人になった妄想を抱いている。

Skryabin氏は一方、反社会性パーソナリティー障害の可能性についても触れた。「サイコパシーについて先述したが、DSM-5にそのような診断名はない。ただし、反社会性パーソナリティー障害のA(他人の権利を無視し侵害する広範な様式)のうち、"逮捕の原因になる行為を繰り返し行う""いらだたしさおよび攻撃性""他人の安全を考えない無謀さ""良心の呵責の欠如"などの条件を満たす。それらが"少なくとも18歳以上である"という年齢的な条件にも該当する。しかし、"15歳以前に発症した素行症の証拠がある"については、同作でフレックは明らかに18歳以上であるものの、15歳以前については描かれていないことから、反社会性パーソナリティ障害としての診断は不可能」としている。

以上の分析を踏まえ、Skryabin氏はフレックを情動調節障害と自己愛性パーソナリティー障害の併存と「診断」。しかしながら、「精神疾患と認識できる描写はあるものの、フレックが示す精神病理学的側面については曖昧であり、併存する症状は異例と考えられる」など、医学的観点からの疑問点を指摘。その点については、「フレックの精神疾患は、ジョーカーに変貌を遂げる上で重要なストレス要因の1つ」と考察している。

松浦庸夫

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