脳の発達に「雅楽」が有効?
近年、音楽聴取と脳の聴覚機能発達や言語聴覚機能向上との関連が報告され、世界的にメカニズムの解明が進められている。東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構の大黒達也氏らは、日本の伝統音楽である雅楽をはじめとする邦楽の演奏家の脳内処理機能を測定。邦楽の演奏家では、脳の発達の仕方が西洋音楽など別のジャンルの演奏家とは違うことが世界で初めて明らかになったと、Neuropsychologia(2020年7月7日オンライン版)に発表した。
邦楽と西洋音楽で異なる「間」の取り方に着目
音楽と脳の関係が明らかにされつつある。中でも、特別な音楽教育を受けてきたような音楽家は脳の聴覚機能が発達し、それに伴い言語聴覚機能も向上することが多くの研究で報告されている。しかし、その多くはクラッシックやポップスなどの西洋音楽に関するものであり、日本の伝統音楽である雅楽などの邦楽がヒトの脳に与える影響については不明な点が多かった。
邦楽と西洋音楽では「間」の取り方に違いがある。西洋音楽のリズムは、拍(ビート)という基本的には崩れることのない規則的な時間間隔を用いる。それに対し邦楽は、独自の「間」という不規則な時間間隔で表現される。
大黒氏らは、日本独特の「間」を取る学習を重ねてきた邦楽家と訓練経験のない人では、リズムの脳内処理メカニズムに違いがあるのではないかと考えた。
そこで今回、拍あり、拍なしのリズム音列を聴取したときに脳の神経活動に伴って発生する磁場を、脳磁図(MEG)を用いて頭皮上から非侵襲的に測定した。対象は、邦楽家、西洋音楽家、非音楽家の各10人だった。
西洋音楽家と邦楽家に脳機能の違い
検討の結果、非音楽家に比べ音楽家(邦楽家および西洋音楽家)では、脳の左半球においてリズムの脳内処理機能が発達していた。大黒氏らは「早期からの音楽教育で、リズムの脳内処理機能が促進されるのではないか」との見解を示している。
また、西洋音楽家と邦楽家の間には、リズムの複雑性や不規則性を認識する機能に違いが認められた。同氏らは「邦楽は西洋音楽に比べて拍が不規則であることから、普段あまり耳にしない伝統音楽の教育を受けることで、一般的な音楽教育では現れない脳機能の発達が生じる可能性がある」と推察。
さらに、同氏らは「現在、科学や社会の発展に伴い、古来から継承されてきた文化が徐々に衰退しつつある。さまざまな個性が調和した多様性のある社会を築くには、単一の文化ではなく、あらゆる文化を享受できるような環境づくりが重要だろう」と付言している。
(比企野綾子)