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「社会的距離」に潜む危険

camera_alt Shutterstock_G-Stock Studioさん

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック下で今や世界中で行われている「社会的距離(social distancing)」。だが、感染予防への効果が期待される一方、人々に身体的および精神的な弊害をもたらしているとして、オランダ・University Medical Center GroningenのAndré Aleman氏らは「The silent danger of social distancing」と題するレターをPsychol Med(2020年7月6日オンライン版)に発表した。

他者との繋がりを必要とするのは「人間の本質」

Aleman氏らは、レターの冒頭で「人間は他者とのつながりを強く必要とする」と述べ、この傾向はいわば、「"人間の条件"の本質なのだ」と続ける。一例として、文学作品『ピュリティ』(ジョナサン・プランゼン著、岩瀬徳子訳、早川書房、2019)について"他者との繋がりを切望する登場人物たちの捉え方の巧みさ"を称賛した1人の文芸批評家の言葉を引用。「そのような他者とのつながりへの渇望は万人の琴線に触れるのだろう」と指摘している。

また、Aleman氏らは「社会とのつながりの必要性はわれわれが協力して生存することをサポートし、文化を持つまでに進化したといえるだろう。人々のつながりが利他主義や協調性といった親和行動を育んだ。乳幼児が無事に成人を迎える上で、親和行動は必要不可欠である」と述べる。さらに、「このことは、他者の介助を必要とする高齢者や病人にも当てはまる。社会的なつながりは、困難や過酷な環境下で生き延びる確率を高める」としている。

現代社会に生きる人々は孤独といわれる。同氏らによると、西洋諸国において孤独感を抱く人は人口の20〜45%を占めるとの報告があるという(Perspect Psychol Sci 2015; 10: 238-249)。社会学では「social isolation(社会的孤立)」と定義される孤独感は、個人が望む関係性と現実社会のそれとの差異によって生じる。したがって、個人が求める社会的欲求が量的または質的に満たされていないことを自覚したときに抱く悲痛な気持ちと考えられるという(Ann Behav Med 2010; 40: 218-227)。

社会的距離は"諸刃の剣"

ここでAleman氏らは、COVID-19パンデミック対策として行われている各国でのロックダウン(都市封鎖)などの行動制限と、それに伴う社会的距離について言及。「こうした対策は公衆衛生を守るために適用される一方で、人々の心身の健康状態を含むQOLや幸福感に弊害をもたらしている」と批判する(JAMA 2020; 324: 93-94)。「中でも、独居者、あるいは社会的ネットワークへのアクセスが限定されている人、職場で同僚とまたはスポーツ活動でチームメイトと接触する人たちにとって、極めて重要な問題である」との見方を示した。

続いて同氏らは「孤独は決して好ましい状態ではないことに加え、健康面にも重大な影響を及ぼす」と述べ、早期死亡には一貫して自覚的な社会的孤立(perceived social isolation)の高さが関連するというメタ解析を紹介(Perspect Psychol Sci 2015; 10: 227-237)。この報告によると、物理的な社会的孤立(actual social isolation)および自覚的な社会的孤立は共に早期死亡の危険因子〔オッズ比(OR)は社会的孤立1.29、孤独感1.26、独居1.32〕であり、いずれも高血圧、高血糖、高コレステロール血症と同程度であるという。

また、孤独感は自尊心の低さ、怒りの強さ、ネガティブな評価に対する恐怖心の強さ、楽観性の低さ、積極性の低さ、消極性の高さなどのメンタルヘルスに影響を及ぼす点にも触れている(Ann Behav Med 2010; 40: 218-227)。こうした孤独感による"副作用"は、「既に孤独感が最も高い集団である高齢者や病人で最も顕著に現れること(Psychol Med 2020年3月9日オンライン版)に加え、高齢者における認知機能の低下の予測因子であることに議論の余地はない」とした(Psychoneuroendocrinology 2019; 107: 270-279)。これらの知見に基づき、COVID-19パンデミック下で行われてきた社会的距離について、同氏らは「感染リスクを下げると同時に、他の疾患の罹患率や死亡率に正反対の作用をもたらす、いわば"諸刃の剣"である」と評している。

対面での人的交流に向け柔軟な対策を

さらに、Aleman氏らは「COVID-19に関連する死亡が、孤独感に起因する死亡を上回るのか否かは、地域レベルでの感染状況だけでなく、社会的距離という対策の実施期間や程度によっても判断される」と続ける。政策を決めることの難しさに一定の理解を示しつつ、幾つかの案を提示。例えば、ロックダウン解除後に職場での就業を認める優先順位について、食品生産加工業や医療従事者といった社会生活に不可欠な職種にとどまらず、独居労働者の優先順位を上げることを提案し、「社会的孤立における脆弱な集団のリスク軽減になる」と述べている。

加えて、「社会的距離の実施下であっても、孤独感の回避を盛り込んだ総合的な健康対策を行うべき」と同氏らは主張。その上で、孤独感を緩和する効果が確認されている方法として、心理療法や健康的または社会的ケアサービス、ビデオ会議やペットの提供などを挙げた(Health Soc Care Community 2018; 26: 147-157)。

最後に、同氏らは「さらなるCOVID-19対策として社会的距離を行うことは犠牲を伴う。孤独感はQOLを下げ、死亡率を上昇させる。したがって、社会的距離の実施は可能な限り短期間に限定すべきである」と結論。「1.5mの距離を保ちながら近親者と屋外で会うなど、対面での人的交流に対して柔軟な方法を模索することで、孤独感とそれに伴う"副作用"のリスクを軽減できるだろう」と結んでいる。

松浦庸夫


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