第26回 人と人とを敬意でつなぐ料亭の仕事。 神楽坂「うを徳」萩原かをる女将

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今回は経営という視点と同時に、経営者の皆様にとって、大きな関心事であろう料亭の女将さんにお話しを伺った。ひと昔前までは政治家の会合場所として栄え、今でも敷居の高い、多くの人がまだ見ぬ空間。どのようにして料亭の女将になったのか。料亭の使い方から存在意義まで。

そんな知られざる世界を、明治初期から続く料亭、神楽坂「うを徳」の女将、萩原かをるさんに聞いた。

いわゆる神楽坂の一本水道橋側の坂をしばらく上ると、突然黒い塀に囲われたお屋敷が現れる。周りには近代的なビルもあるが、そこだけは他を寄せ付けない静謐な建物だ。この世界にいかにして飛び込んだのか、かをる女将は語り始めた。

「20歳のころの私は、新宿は怖いところと思っていて行ったこともなかったのですが、先輩に誘われたまたま新宿のピアノバーに行ったら、三角巾で腕を吊って、それても片手で飲んでいる人がいたんですね。

そんな体でお酒なんか飲んでちゃだめよと、思わずその人に言ってしまったぐらい、自分には信じられない光景でした。それが五代目うを徳店主、のちの主人との出会いでした。

昔は土曜日も会社が休みではなく、その後の接待もあったので、料亭の休みは日曜だけ。
骨を折った主人は、やった、これで平日も堂々と飲みに行けると真っ先に思ったぐらい、休みがなかったようなんです。
しかも聞いたら新宿に住んでいるという、どこですか。新宿に人が住んでいるんですか。新宿と神楽坂の見分けもついてなかったぐらいでした。でも、こんな人がいるんだと、料亭とか芸者とか全く知らない不思議な話がとても楽しかった。

はい、いきまーす、みたいな感じで嫁ぎました。主人は主人で、旅館や料理屋の娘さんはそこの色が出ちゃうので、全然知らないのは丁度いいと思ったようです。

女将修業も修行と思わず

そんな形で嫁いだ、かをる女将。ただ一般的なイメージとして、先代大女将からの厳しい修業が待っているのではと、ドラマを見ているように筆者は心配してしまうのだが・・・。

「結婚が決まってから籍を入れる前に、永田町の『瓢亭』にて少し修業をさせてもらいました。当時の料亭といえば政治家が頻繁に来る、こういう人たちに会える、すごいことになるかもしれないというワクワク感。この仕事の良さがきっとあると、その時感じたんです。親に感謝の、前向きな性格です。

『うを徳』に入ってからは実は家族のやさしさを改めて感じました。逆に、何も言われないプレッシャーがあったぐらい。恵まれていたと思います。でも、母が亡くなったとき、大変だったねえー、と周りから言われ、全く自覚がなかったのですが、実はそうだったみたいですね。

料亭とはどんなところ

初当選の若い政治家が「料亭に行ってみたい」と叫んだように、料亭はある種のサンクチュアリ。実際にはどんなところなのか、話していただきました。

「うちは『うを徳』という名前の通り、元は魚屋です。お客様の御台所にいって刺身を作ったりするのが元々の仕事。神楽坂にもかつては神楽坂河岸があり、そこで仕入れて天秤棒で湯島あたりまで売り歩いていたんです。

東京の料亭は、新橋、赤坂、浅草、神楽坂などとありますが、新橋はひたすらお稽古がしっかりしていて、お稽古事にきびしい。赤坂はご承知の通り、黒塗りのクルマがずらっと並ぶ。それに比べ神楽坂、浅草もそうかな、下町ですね。中小企業のお父さんが自腹でも行きたいというよさ。今は、社長も雇われが多くサラリーマンなので、昔の楽しさは減ったかなあ。客層としての違いは大きいと思います。

いずれにしても料亭の特徴は、継承されていくことでしょうか。今は変えましたが、ずっと当然のように紹介制ですし、タテの繋がりヨコの繋がりもしっかりしています。そんな意味で、文化も料理もお客様も引き継がれる環境です。

そしてもう一つは、お客様それぞれがお持ちになる敬意を表現する場所でもあります。例えば『うを徳』には生ビールはないんですよ。瓶ビールのみです。それは、注ぎ注がれと、お互いにきちんと相手に対する敬意を表していただくためにそのようにしているんです

料亭といえば、会食、そして接待の場としてのご利用がやはり一番です。接待って何でしょうか。それは、接待する側がお客様のことを少しでも多く知り喜んでもらうために、ご自身は何ができるのかをお考えいただく場、なんです。そこにはやはり敬意がありますよね。接待するお客様の好き嫌いや、お酒・・おたばこなどの嗜好は、ぜひ事前に調べておいていただきたいし、それをずっと記憶しておくことも敬意です。

また、お店に来られてからも、敬意を最大にお示しするためには、分からないことがあれば何なりとお尋ねください。私は、料亭は”マイレストラン”だと思っていただきたいんです。だから、何も訊くことなく、誤って上座に座ったり、お客様より先に上着を脱いだりグラスを空けてしまったりする場面を悲しく思います。接待って、決して一緒にお酒を飲むことではないんです」

お客様も時代とともに変わっていった

昭和、平成と激動の日本で、貴重な文化とコミュニケーションの担い手だったかおる女将。ご主人の五代目当主亡き後、一子相伝で料理を学んできた息子である六代目当主萩原隆介さんと、次の段階へとコマを進めていた。

「だんだん、お父さんの行く店には行きたくないという風潮になってますでしょ。なので料亭の最大の特徴である継承が、年々危ぶまれていくんです。また、あるIT社長が社員の方を連れ『うを徳』に来られました。社長はみんなさぞ素晴らしい体験ができただろうと思っていたら、料亭に一度行くなら居酒屋に10回連れて行ってくださいと言われたというんです。居酒屋なら自分たちでも行けるだろう。自分が届かない世界が見られるという好奇心や喜びはないものかと嘆いておられました。なんだか崩壊していますよね。

引き継がないという道を選んでしまった今の若者は可哀そう。親がそれを教えることができないという責任もありますね。私も昔は、その場だけでも様々なことを教えようとしましたが、育てるなんてとてもできません。子供のころからその人に関わってないと無理。それを短い時間で伝えようとするなら、お箸の持ち方ぐらいでしょうか。外国の方には、たてに箸を置いたりと、決まりの中でぎしぎしと食べてほしくはなく、あくまで最低限のマナーで。でも今の若者には最低限がたくさんありすぎますよね。

料亭のお料理とは

さて、もちろん料亭は食事をする場所である。政治家が決して舌が肥えた人ばかりとは思わないが、料理がおいしくなければ会話も弾まない。もともと魚屋からスタートした「うを徳」には、一子相伝で6代目まで引き継いだ、江戸の料理がある。

「多くの料亭は、親が子にすべてを引き継ぎ、門外不出の形をとりながら継承していきます。いっぽう『うを徳』の場合は、例えば、ミシュランでも星を獲っている日本料理店『傳』の長谷川料理長も、『傳』の女将さんと一緒にうちで預かってました。他にも、『うを徳』に団体が入ったり、おせち作りの時にも手伝ってくれる卒業生がいます。

でも、『うを徳』の厨房は、5代目の主人が亡くなって以降、6代目の息子が一人で守っています。
仕込みに最低2日はかかるのですが、それを気にせず予約を入れていたら、とうてい2人ではやっていけないと気づきました。
仕込みの日にも主人は外の電気をつけてましたが、私は電気を消していたら、回りから商売していないという噂が立ち、不動産屋が飛んできたんですよ(笑)。

スタッフを増やす方法もあるんですが、今の若い人たちに一から教えるのはとても大変なことなんです。自分だけでやるのは、体はきついけど精神的には楽。今は女将の私と二人で楽しくやってます」

筆者はその日、6代目店主 萩原隆介さんから、『うを徳』名物、えびしんじょうを出していただいた。
西のしんじょうとは、形も色も、もちろんテイストも違う、まさに江戸の味だった。

お客様に増やしていただいた引き出しを大切に


さすが、歴史ある料亭の女将さんである。長時間話していても、常に凛として姿勢が崩れることはない。その声は時には軽やかに、ある時は艶っぽく、聴く側をぐいぐいと引き込む。ご本人はきっとそのつもりはないと思うが、もっとご自身の能力を万人のために発揮されても惜しくはないだろう。

そんな女性が、どのように女将として形成されてきたのか、筆者も興味があった。

「人は皆さん引き出しを持っていて、そこに入れたり出したりしていると思うんですね。引き出しは数じゃないんです。そんな引き出しに蓄え生かしてこそ、大人になっていく。引き出しに必ずしまっておきたい、そんな意気込みや思い入れも必要なんです。

大人が子供に教える時、引き出しに蓄えが少ないから、今の大人は教えることに積極的になってない。

私は女将という仕事を通して、お客様からたくさん引き出しに収めるものをもらいました。

ですから、時々思い出してポンと引き出しを開ければいい。

一つの引き出しとして、
玄関入って、ほとんどのお客様は、出迎えている私にお尻を向けて靴を脱ぐ。私に背を向けるより靴をきちんと並べることが優先。それって、普通に考えれば人として変ですよね。それが、女将としての引き出しのひとつなんです。

料亭、とくに『うを徳』は以前のような紹介制ではなく、一休.comやぐるなびでも予約が取れるように門戸を広げました。こうして、6代目当主へと引き継いでいくのと同時に、黒い塀に囲まれた料亭の魅力を、できるだけ多くの、興味を持ってくださる大人に体験をしていただきたく思います。それは、料亭のみならず、一子相伝の料理やそこで働く芸者など、トータルな江戸文化として継承していくのが務めだと思うからです」

かをる女将は、このように語りつつ、一流ホテルに行くことがお好きと聞いた。息子さんも小さいころから連れて行ったという。それは、そこに必ず、無償のサービス、無償の笑顔があるからである。もっとも厳格な日本の流儀に関わりつつも、西洋流のもてなしも常に視野に入れる柔軟性が強く印象に残った。江戸文化の担い手、そして語りべとして、これからも一人でも多くの大人に影響を与えてほしいと願う。



【うを徳】
住所:東京都新宿区神楽坂3-1
電話番号:03-3269-0360

【プロフィール】
伊藤章良(食随筆家)
料理やレストランに関するエッセイ・レビューを、雑誌・新聞・ウェブ等に執筆。新規店・有名シェフの店ではなく継続をテーマにした著書『東京百年レストラン』はシリーズ三冊を発刊中。2015年から一年間BSフジ「ニッポン百年食堂」で全国の百年以上続く食堂を60軒レポート。

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