第24回 まだ見ぬお客様のために進化の手を止めない、株式会社ソラノイロ 宮崎千尋社長
ラーメン好きなら誰もが知る「ソラノイロ」
意外に思われる方も多いが、筆者はラーメン好きである。
しかし、昨今の進化系ラーメンにはあまり興味が湧かない。というのも、食の世界に限らず、日本人が古来から持つ引き算の文化がそこにないからだ。どんどん引いていくことによって構成される美しさやおいしさが、日本の食文化の根底である。いっぽうラーメンは、ダブル、トリプルと、ひたすら加えて味を足し算していくのが昨今のトレンド。ゆえ、ラーメン店も慎重に選びながら通う。中でもファンの一軒、麹町にある「SORANOIRO」オーナー、宮崎千尋社長に、今回お話しを訊くことができた。
「文芸春秋から出ていた黄色の小さなラーメン本を父親が持っていて、15歳の頃からラーメン食べ歩きをしてました。大学を卒業し、親の手前もあって一度就職したものの、ラーメン店をやりたい思いはずっとありました。学生時代、新横浜のラーメン博物館に関わっていたことで、一風堂の創業者、株式会社力の源カンパニー河原成美社長を存じていて頼み込み、2回断られて3度目に3年辞めないならとの条件でやっと仲間入りができたんです。
10年10か月、在籍しました。河原社長から一番学んだのは人間力。人から可愛がられる嫌われないコツでしょうか。具体的に、ラーメンの手ほどきを受けた記憶はほぼないです(笑)。やりたいようにやればいいと思っていた自分ですが、人になにかをする与えるみたいなサービス精神、人を楽しませたり喜ばせたりするホスピタリティを通して商いをすることを知りました」
変わらないために変わり続ける「ソラノイロ」
河原社長の片腕と言われるぐらいに成長した宮崎さんは、勤務10年目にして独立を決意。その意を河原社長に告げて1年半後に「ソラノイロ」を麹町に立ち上げた。
「麹町を選んだのは、サラリーマン時代のテリトリーで土地勘があったのと、独立を考えた当時、小岩とか東側が熱くて、錦糸町とかも探したんですか、ぼくの作ろうと考えていたラーメンはオフィス街の方が向いているかなと。また、テレビの取材を受けるなら、できるだけ山手線内の中心部にいた方が有利とのアドバイスもありました。
ソラノイロの名前の由来は、最初の子供に付けた名前だったことと、色即是空・空即是色、つまり般若心経の空の色から来ています。
一風堂の経営理念に『変わらないために変わり続ける』という言葉があり、色即是空も固定的じゃなくて変わっていくとの意味。つまり一風堂の精神をこの店でも常に持っておきたいとの気持ちを込めました。漢字だと宗教色が強いし、ひらがなは柔らかすぎるので、カタカナでスタートしました。現在は麹町店のリニューアルやメニュー変更と同時に、新生ソラノイロとして外国のお客様にも認識しやすいよう『SORANOIRO』としました。初代のロゴマークは、ドンブリと麺と雲のイメージです。麹町店ではロゴも変えました」
確かに麹町には、あまりラーメンの印象はない。ただし宮崎社長は、業界の先輩である「つじ田」さんがすでに営業していたので、「ソラノイロ」は「つじ田」と味がかぶらないように、そして最初から「つじ田」のウリであるつけ麺はやらないと決めていたという。
「ソラノイロ」の次の多店舗展開は
麹町の「ソラノイロ」は、ラーメンのおいしさだけではなく、女性でも通いやすい、そして好むメニューを取り入れることで瞬く間に人気店となった。そして、宮崎社長はさらなる展開を始めた。
「師匠(河原成美社長)から、3店舗はやれと言われてました。一軒では、自分が体を悪くしたらそれで終わってしまうが、3店舗にそれぞれ店長を置いたら、自分が体を壊しても定期的な収入を得ることができる。リスクを減らすためにも複数店舗を持て、という教えでした。
東京駅のラーメンストリートには出したいと考えていましたし、京橋もご縁ですね。池袋店は中華食堂という別業態なので、ある意味チャレンジです。唐揚げなどのメニューも中身を変えましたし、いろいろと仕掛けを考えていますよ。ラーメン一本で勝負できる場所ではないので、夜はおいしいシューマイを名物料理にしよう、とか」
ラーメン店経営者としての自分との向き合い方
普通は、というより宮崎社長が修業した「一風堂」でも、多店舗展開の限り全店ほぼ同じ味である。というか、多店舗展開で儲けていくためには当たり前だ。ところが「ソラノイロ」は、麹町、東京駅、京橋、池袋、都内4店舗の味は全て異なる。正直、開発も材料費も、そして社員への教育も大変なことだ。しかし、あえて宮崎社長はそれを実践する。
「飲食業界の話を聞いていると、お金儲けや経営のことか、職人気質かどちらか一方が多いんです。こんなラーメンが作れる、うまいんだぞと自我をみんなにアピールしたい人。もしくは、店舗増やして仕組み作って効率的に儲けて、従業員を幸せにしてと、規模の大きいことがすばらしいと思っている人。
ぼくはどちらにも当てはまりません。そういう要素に固執しても、やってけない、というか、そのどちらにも楽しさを感じないです。
まだ見ぬお客様という言葉を使うんですが、今ラーメンを食べてるお客様はもちろん、例えば創業の頃、ラーメン店は、男性、ボリューム、値段が安いが常識でしたが、カフェ風で気軽に入りやすい女性目線が、ラーメン店にとってまだ見ぬお客様でした。ベジタリアンという潜在的なお客様も、日本のラーメン店は見ていなかったと思います。ビーガン、グルテンフリー、外国人のお客様もそうですよね。
アレルギーや宗教上の理由で召し上がれない方にどうやって食べていただくのか、それがぼくのやりがいだと思うし、考えたり作るのが楽しいんです。
いっぽう、ラーメン業界における存在意義とかもあまり深くなくて、駆け込み寺みたいに、ここではグルテンフリーのおいしいラーメンが食べられると、1週間の滞在に3回も来る外国人もいて、日本で食べられるものがなくてここに来てくださる。そういうことに幸せを感じます。
今、マッスルラーメンというアスリートや健康志向の高い層に、ノンオイルでたんぱく質80グラムや食物繊維も摂れるメニューも提供しています。これもニーズがあって、アスリートとか筋トレ中など、食事制限している人においしいラーメンを。それってワクワクしますよね。
ぼくが業界に貢献できるとしたら、こんなのありでしょ、楽しいでしょみたいな提案であり、自分にしか作れないものを作ることだと思います。
業界の横並びな部分はなるべく見ないで、自分と向き合い自分に問いかけてラーメンを作らないとダメかなと。となると、全店のメニューが違っていても、まだステージは、可能性が広がります。
業界の逆を行く、人を待たせない工夫
有名ラーメン店といえば行列がつきものだ。いっぽう宮崎社長はそれも否定する。
「お金儲け考えたら、並んでいだいた方がいいんです。席数や従業員も減らして。並んでたら美味しいんだろうと思うじゃないですか。でもそういうのが嫌なんです。1時間のランチタイムに来てくださるお客様へは、少しでも早く職場に帰して休憩時間を有効に使っていただきたいですよね。
うちは早いと思います。麺上げのときに意識するのは、少しでも早く茹で麺機に麺を入れる単純なこと。でも、注文を聞いてから悠然と茹で始める店は、いくらでもあるでしょ。少ない人数でいかに効率的にやるか、店内のレイアウトも含めて考え改善します。
とはいっても、ぬるくしておけば早く食べてもらえるだろう、なんて嫌ですね。ベーシックなことをちゃんとやりたい。提供温度に気を使えといつも教えます。自分の手がやけどするぐらいに熱々で出すので、お客様には、テーブルに置くまでドンブリを触られないよう徹底します。ラーメンがぬるいとテンション下がりますよね。
こだわりって言葉を使いたくないですが、一つのラーメン作るにもいろいろと細かい工夫、というかルーティンがあります。必ずドンブリは温め、タレを入れる時は、すくって2秒止めるんです。そうしないと量が均一にならないなど。おいしいラーメンをどうぞとお客様に提供するまでの間に、いくつもの決めごとがある。それをスタッフにはまだ伝えきれていないと最近感じていました」
若いスタッフへ、気持ちや考えの伝え方
宮崎社長は、4年ほど厨房を離れ経営に徹していたが、最近各店ごとのばらつきを感じ、改めて厨房に戻る決意を固める。そして2019年春、麹町に新生「「SORANOIRO」をリニューアルオープンした。
「原点回帰といいますか、マッスルラーメンを作り、ロゴも変え『SORANOIRO』をスタートしました。自分がここにいなきゃ、という気持ちもありますが、改めてここで人を育て、他の店舗に出していこうと思いました。
どうやって人を採用し育て彼ら彼女らの気持ちを維持していくのか。ちゃんと育てたいなら一番考えなければいけません。育てるというのは、それぞれの人の幸せが違うことを理解し、何がしたいのか、どこに生きがいを感じるのか。本人自身と向き合って見つけてもらうことなんです。ただ条件だけで休みとか給料とかではなく、それぞれの人に合う道に導いてあげたい。それが育成ということかなと思います。
ラーメン屋といえどもレストランであり、おもてなしとかホスピタリティは基本です。おいしいものを出せば終わりじゃないのです。ぼくは、リッツカールトンやディズニー、スターバックス等の書物で勉強をしたり、実際にスタバでははどんな風に声をかけてくるかを学び、自分の会社に生かそうと考えています。
新しいスタッフは、入店前にソラノイロのおもてなしや理念を、6~7時間かけてじっくり伝えます。それに合わない人は3時間で離脱しますね。でも、理解できた方が人生豊になるし、いい仕事もできる。何より人としてどこにいても恥ずかしくないですよ。
いい人を増やしたい。いい人を増やして人間性が高まる会社にしたい。当たり前のことなんですが」
これからの『SORANOIRO』です。
そして、今後は
原点への復帰、そして麹町店リニューアル。着々と歩みを進める宮崎社長。さて、これからの展開をどのように考えておられるのか。
「いろいろやりたいことはあって。店舗を増やしてもいいんですけど、コンサル、プロデュース、商品開発とかに関わる機会を増やしいたいです。
ぼくがお役に立てることをもっともっとやりたい。自分の経営とは別の店に何か伝えて、その店に来るお客様が喜んだり感動したり、経営の皆さんに感謝していただくみたいな、お役に立ててる感が、自分自身の充実につながっています」
海外でもやってみたいですね。ベトナムが好きなのでベトナムとか。オファーをいただけたときに、すぐに対応できる自分でありたいです。でも、2020年のオリンピックまでは、新生『SORANOIRO』で、インバウンドを始めとする、まだ見ぬお客様の存在をしっかりと意識していきます」
麹町「SORANOIRO」は、イタリアのモデナやスペインのグラナダ、フランナスのリヨンといった筆者の好きなどの町にあっても、全く違和感がないほど突き抜けたワールドワイドな魅力を持っている。
一万軒以上世界のレストランに出向いている筆者にとっても大いに刺激的で、人生初、ラーメン店でラーメンのおかわりをした。ラーメンファン、ラーメン関係者だけではなく、この店を訪れるどんな人にも何かの気づきがあるだろうと、そう思わせる場所だった。
株式会社ソラノイロ
【住所】東京都千代田区平河町1-3-10ブルービル本館1B
【URL】https://soranoiro-vege.com/company/
【プロフィール】
伊藤章良(食随筆家)
料理やレストランに関するエッセイ・レビューを、雑誌・新聞・ウェブ等に執筆。新規店・有名シェフの店ではなく継続をテーマにした著書『東京百年レストラン』はシリーズ三冊を発刊中。2015年から一年間BSフジ「ニッポン百年食堂」で全国の百年以上続く食堂を60軒レポート。