​第19回 ドミナント戦略とニッチな料理で一歩先を行く。株式会社キュウプロジェクト佐藤幸二社長

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裏通りにひっそりとオープンしたポルトガル料理店

プライベートな話から始めて恐縮だが、筆者の新婚旅行先はポルトガルだった。ポルトガルはヨーロッパにあって大航海時代には世界を席巻した国。しかし現在は、フランス、イタリア、隣国のスペインといった同じラテン系と異なり、有名なブランドや基幹となる産業が少ない。にもかかわらず国民はとても豊かだった。公園では爺さんと子供がサッカーに興じ、午後1時から3時まであるランチタイムには必ずワインを開ける。夜は遅い時間からの素朴で優しいポルトガル料理とサッカーの応援が待っている。穏やかで焦りやストレスを感じない生活は、おそらく格差が少ないからだろう。

檀一雄など、ポルトガルで暮らした日本人も多くいて、歌手のマドンナは家族でポルトガルに移住したとも聞いた。

そんなポルトガルの料理にいち早く着目し、代々木八幡という少し外れた場所に開くも超人気店に成長させたのが、株式会社キュウプロジェクト 佐藤幸二社長だ。

「実は、物件の方が先に決まっていたんですよ。最初はラーメン店をやろうとか野菜料理の店にしようとか、構想はあったんです。でも、ぼくの頭の中にいくつかあるアイコンの一つが動き始めて、突如としてポルトガル料理店にしようと決意。

最初の『クリスチアノ』は、人通りの少ない路地裏にあって以前は旅行会社のオフィスでした。ただ、オープンまでに店の前に置いたチラシが確実に減っていたので、これは近隣の皆さんにご興味を持っていただいているかもと感じていました。

でも、オープン直後は、少々まずいと思える埋まり具合だったんだけど、ある日突然お客様が集まり出し、それ以降は着実に先々まで席が埋まるようになりました。本当に突然で、その理由も未だによく分っていませんが、雑誌や本など、いろいろな誌面に紹介いただいた情報があふれだす時期ってあるんだなあと気づきました」

ポルトガル料理店「クリスチアノ」が受け入れられた理由

こんなに飲食店にあふれる東京でも、実はポルトガル料理店は希少だ。現在でも佐藤社長のグループを含め三つほどの系列しか東京にはない。しかもその三社ともスタートは同じ会社だった。ここでそのルーツを紐解くことはしないが、中でも佐藤社長率いる「クリスチアノ」は、独自路線で高い人気を博し、今や東京のポルトガル料理店の代名詞ともなりつつある。佐藤社長は続ける。

「もちろんポルトガルに行かれた方も多くおられるし、あ、本場の味そのままだとか、これはちょっと違うんじゃないとか、ご指摘を受けます。ただ、大多数のお客様はポルトガル料理をご存知ないわけで、自分の店では割り切って、オリジナルより一歩進んだ、お客様が食べやすい美味しいと感じる方向を目指しました。いっぽう、カジュアルにお客様へ向きつつも、馴れ馴れしい接客や私語の飛び交う厨房など、フレンドリーなイメージと居心地のよさは別次元と線引きし、店内では寡黙でどちらかというと強面の存在をぼくは貫いてきました。

やがて『クリスチアノ』だけでは予約を取り切れなくなり、魚料理を強化した『マル・デ・クリスチアノ』、お菓子部門を独立させた『ナタ・デ・クリスチアノ』を、同じ代々木八幡でオープンしました。

その後路線を変えて、『おそうざいと煎餅もんじゃさとう』を作りました。もんじゃ焼き店では、私がお客様のすぐ横で焼きますが、その際も、あまりカジュアルになりすぎないよう礼節を守っています」

代々木八幡で根付いたドミナント戦略

お話を伺っていると、驚くほど雄弁で楽しく朗らかな佐藤社長だが、確かに、「おそうざいと煎餅もんじゃさとう」にても、最初は意外なほど寡黙だったと思い出す。それにしても、なぜ代々木八幡にほとんどすべての店舗を集中させるのか、その戦略に突っ込んでみた。

「いわゆるドミナント戦略(地域を絞って集中的に出店する戦略)なんです。飲食店では客の取り合いになる懸念から、ほとんど誰もやらないけど、ぼくの場合は、微妙に店のコンセプトを変えることで被らないように工夫しつつ、じっくりと拡大していきました。

最大の利点は、すべての店に自分の目が届くこと。過去にぼくが雇われ社長として何店舗か任されていた時代に、離れていて自分があまり顔を出せない店は、スタッフの士気が下がり料理の味も変わっていくことを実感しました。

徒歩数分のところに集中させれば、問題が起こっても瞬時に自分が飛んでいけますし、スタッフにも平等に声をかけモチベーションを保つこともできます。

代々木八幡にしたのは単純で、元々住んでいたからなんです。飲食店を長く続けるのに肝心なポイントの一つは通いやすいこと。バイクや自転車で気ままに終電を気にせずに通勤したいというのが、飲食業に従事するぼくたちの切実な願い。だから、大手町や丸の内、虎ノ門などバイクを止める場所もない立地の飲食店には、高い時給でも本当にスタッフが集まりません。しかも、どうして集まらないかという理由も、あまりご存知ないように感じます。

また、代々木八幡のサイズがぼくたちの身の丈に合っていました。住んでいる人も多いけど、新宿や渋谷からも近くて外食の非日常感・隠れ家感もある。しかもありがたいことに、この地でドミナント戦略を続けていると、新たな物件情報がどこよりも先にいただけるようになりました。空きが出ればすぐに借ります!と言ってしまいそうなところを、妻やスタッフに押しとどめられています(笑)」

レストラン経営を学んだ恩師

話をうかがっていると、佐藤社長の中にある料理人の側面と経営者としての能力の双方が見えてくる。料理人としては、イタリアやタイに長期間滞在しながら、芸術的なセンスを深めてこられた。では経営についてはどうかとの問いに、意外な答えが返ってきた。

「ぼくは、あまり日本に帰ってくる気はなかったのですが、体を壊して日本に戻らざるを得なくなりました。で、当時の先輩をたよって山田宏巳シェフ(現「テストキッチン・エイチ」シェフ)の元で一年間お世話になりました。もちろん料理に関しても信じられないぐらいの引き出しを持ってる方で、なおかつそれをほとんど出し切っていない凄さも感じました。ただ、短いながらも山田門下で一番学んだのは、レストランの経営について。料理人として卓越した師匠でしたが、さらに経営にも長けた存在。ゆえ、山田門下で巣立った料理人は皆さん、経営的にも面白い仕掛けをやってますよね」

もんじゃ焼き店を代々木八幡に開いた訳

ポルトガル料理、魚に特化したポルトガル料理、そして代表的なポルトガルのお菓子と広げてきた佐藤社長は、突然お惣菜ともんしゃの店をオープン。世間をアッと驚かせたが、そこにも確かな展望があった。

「妻が料理上手で惣菜とかもおいしく作るので、通り沿いの最適な物件が出たのを機に、それを手本にしたテイクアウトの惣菜店を開くことにしました。借りた店舗の奥に畳のスペースがあって何かできないかと考え、月島とは違う、いわゆる『土手』を作らないタイプの浅草正統派もんじゃをやってみようと決意。スタッフが手作りで用意した惣菜をツマミに飲みながら、もんじゃが焼きあがるのを待つスタイルで、渋谷近郊にもんじゃという珍しさも加わって好評いただいてます」

そう、佐藤社長って愛妻家ですよねと、思わず筆者が突っ込んでしまうと、

「ああ、とても大切な存在で尊敬しています。お父さんも代々継承されてきた会社の経営者で、妻もその血を引き継いでいるので、何か迷うことや決断の必要に迫られると相談するし、ぼくの背中を押す最適な回答をいただいてます」

レストランをたくさんのスタッフと続けていける体力づくり

そんな順風満帆にも見える佐藤社長の今後を伺ってみた。

「飲食店って、順調にいっているようでも、時代の激変や食材の高騰などの要因で、永遠に続く保証はありません。がんばってくれているスタッフ全員に幸せになってほしいし、自分の子供にも誇れるビジネスをやっていきたいと、常にそればかり考えています。だから、飲食店以外に様々な物販を手掛けて、軌道に乗せていこうと挑戦しています。実は、物販中心の別会社にも副社長として参画し、そこでも輸出入の研鑚を積んでいます。

料理面でも、最近『クリスチアノ』のメニューは確実においしくなっているんですよ。というのも、ぼくは自宅でたくさんの鉢植えを育てていて、日々成長する植物と向き合うと、野菜の質や鮮度も分かってくるようになったんです。生産者まで特定されるような高品位ではなくても、何種類かの同じ野菜でどれの品質がいいのかを見極め注文できるようになりました。これも、料理や飲食店経営だけに盲目にならず、自分の身の回りからいろいろとアンテナを張り巡らせることで身に着けることのできた成果です。

不透明な時代に飲食業は何も将来の保証がありません。だから、一か所にとどまらず、多岐にわたってトライし続けることで、ひいては自分やスタッフ全員の不安を払拭し、ここで働いてよかったと感じてもらえるのではないでしょうか」

佐藤幸二社長は、ご自身の考えや、ご家族、スタッフみんなのことを語り出すと、的確な言葉が淀みなく溢れて凄い熱量。久しぶりに圧倒された。そして筆者は、ここで書ききれないジレンマを抱えながらも、書き手冥利につきると痛み入った次第である。


ポルトガル料理&ワインバー  クリスチアノ
【住所】東京都渋谷区富ヶ谷1丁目51−10 プリティパインビル1階
【TEL】03-5790-0909
【URL】http://www.cristianos.jp/

【プロフィール】
伊藤章良(食随筆家)
料理やレストランに関するエッセイ・レビューを、雑誌・新聞・ウェブ等に執筆。新規店・有名シェフの店ではなく継続をテーマにした著書『東京百年レストラン』はシリーズ三冊を発刊中。2015年から一年間BSフジ「ニッポン百年食堂」で全国の百年以上続く食堂を60軒レポート。番組への反響が大きく、2017年7月1日より再放送開始。

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