第18回 東京の焼肉業界を赤く塗り替えた革命児が築く「よろにく」
初めて訪れたときの「よろにく」の衝撃
今から10年以上前のこと。南青山にステキなお店ができたという情報を得た。
名前を「よろにく」といい、その音が示すごとく焼肉店である。
大手広告代理店の友人と訪れた「よろにく」。
都心のど真ん中にあって最寄りのどの駅からも遠い。
やっとたどり着くと小さな看板が出ているだけの脇から階段を降りる。
意外にもスマートで落ち着きのある内装。テーブルの真ん中に焼き台がなければ、そして、ほんのりと漂う脂の香りがなければ、誰も焼肉店とは気づかないだろう。
2018年の今は普通のことだが、その当時、メニューに見つけたコース料理に驚いた。
しかもコースは、焼き方、部位、タレ等の味を巧みに変えて見事なストーリー建てができている。
加えて瞠目したのは、焼肉店なのにスタッフが肉を焼くスタイルだ。
これも最近では一般的になりつつある。しかし、焼肉店のオペレーションは人件費をかけない最たるもので、網に肉を載せすぎて真っ黒に焦がしてしまうのが関の山。プロに焼いてもらうのも新感覚だった。
当時を振り返って、代表の桑原VANNE秀幸氏は語る。
「街を歩いているとき、車に乗っているときなど、ぼくはいつもスキマを探しています。
というか、そんな風にものを見るのが好きで習慣になってるいんです。
飲食業界を俯瞰したとき、焼肉っていろいろとスキマがあることに気がつきました。
元々肉が好きで、大好きな焼肉店に年に70回も通っていた、そんな自分の日常からも焼肉のスキマに思い当たったんです。
フレンチとか日本料理でも、コースってありますよね。
じゃ、なぜ焼肉にコースがないのか。実は、「ゆうじ」さん、「虎の穴」さん、「名門」さんでは、すでに常連さん用にコースがあったりしたんです。
そこで、誰でも最適な流れで味わえるコース料理を、焼肉に持ち込んでみようと考えました。
焼肉同様に牛肉を扱う、すき焼きやしゃぶしゃぶって、横に必ず中居さんが付いて接客します。
炊き方や焼き方を教えつつ自分で実際にやりますよね。焼肉の方がよっぽど難しいと思うのですが、それをすべて客任せにするのは、結局美味しく食べることができない。
そこで、肉の部位や切り方、タレの種類などによって細かく、一番おいしくなる焼き方でスタッフが肉を焼く。
自分で考える最高の焼肉スタイルだったんです。
実は、徐々にではなく『よろにく』のオープン当初から、ほとんどそんなやり方は固まっていました」
「よろにく」を巡るネーミングと赤身肉へのこだわり
ぼくはまず、「よろにく」なるネーミングのセンスに舌を巻いた。
訊けば氣志團の綾小路翔さんが、日常的に「よろしく」を「よろにく」と訛って使っておられたそうだ。
VANNEさんは、ご自身の焼肉店を開く際「よろにく」の音やよろしい肉みたいな意味合いに着目し、ご本人の許可を得て最初の店の名前にした。
もう一つ「よろにく」といえば、深紅のバラのような美しい艶やかな赤身肉。
それを称してシルクロースとは、これまた言いえて妙だ。
「シルクロースも、『よろにく』を初めて半年ぐらいに、お客様にアイデアをいただきました。
当初から牛肉の赤身に絞って、おいしさを伝えようと決めていました。ホルモンもいいんですが万人に好まれる部位ではない。また、当時も今も重宝されている霜降りのA5ランクみたいな肉も、一口目はまだいいのですが、そんなにたくさん食べられるものではなく味も画一的。
であるなら、『よろにく』では、徹底的に赤身肉に集中しよう。
そして、赤身の肉ってこんなにおいしかったのかと再発見してもらおう。
シルクロースとの名称が独り歩きして、今や『よろにく』の代名詞のようになっていますが、まさに赤身の肉の美しさをストレートに表現していて、ありがたいです」
オーナー桑原VANNE秀幸さんの異色の経歴
VANNEさんは、焼肉店の経営者と同時にDJでもある。
バンさんバンさんと皆が呼ぶので伴さんだと思っている方も多いが、VANNEというミドルネームはDJ時代の愛称。
元々クラブ全盛時代に人気クラブ店を手掛けていたが、純粋に音楽の楽しさを追求する本人の狙いと時代の傾向が離れていったのでいったん閉店し、焼肉店の経営に乗り込んだ。
「スキマを探し、見つけて、そこを開いていくというお話をしましたが、開いていく際、ぼくの頭の中で、DJ時代の作業と同じリミックスをしているんですよ。
いろいろなサウンドを組み合わせ、まったく違った新しい音楽を作り出す。
そんなリミックスを脳内にあるいくつかのアイデアを使って行う。
焼肉店運営でも役立っている、というか、そうやって考えること自体が好きなんです。
『よろにく』の次に出店した『みすじ』。
牛肉の中でももっともおいしい部位であるみすじを中心にお出しする店ですが、赤坂のみすじ通りにオープン。
みすじという肉、赤坂のみすじ通り、そして『みすじ』という店名をリミックスしてみました。
次に末広町に、生肉を主体に提供する『生粋』を出しましたが、これも生粋という言葉を音読みにして『なまいき』と読みます。
生粋だけでも新鮮な生肉を味わえそうですが、『なまいき』と呼んでもらうことで、さらに印象を深めました。
『生粋』オープン当時、生肉の提供はかなりの逆風だったものの、そのおかげで、正しいルートの生肉を食べたかったお客様がいかに多かったかを知りました。
実は、広告代理店で仕事をしてみたいなあとか思ったこともあったんですよ(笑)」
東京の焼肉シーンを塗り替えた「よろにく以前」と「よろにく以後」
VANNEさんの見つけたスキマは、今や東京の焼肉業界で一番大きな革命的広がりを見せており、それを称して「よろにく以前」「よろにく以後」とも言われる。
VANNEさんが創り出したコース形式や赤身中心の展開は、その後、多くの店に模倣され、コンセプトは拡大再生産されていった。ただ、その後の模倣店と「よろにく」が今でも異なる、というより、模倣店が気づかなかったのは、肉の切り方だと筆者は考えている。
VANNEさんもこのように話す。
「シルクロースと呼んでいただけるようになったのは、オープン当初から、肉を思い切ってトリミングしたことでしょうね。
仕入れた肉の40%ぐらいは焼肉としてはお出ししません。
一番おいしくて美しい部分だけを、火入れ、タレ、付け合わせの味によって最適な厚みや大きさに切り分ける。
お客様目線で言えば、もっとも食べやすい形やサイズでもあるわけです。
自分は今も各店舗を回り、切り方については厳密にチェックします。
その先には、最適の状態で口に運ぶお客様の存在を意識するからです。
もちろん切り方だけではなく、タレの味やスタッフの接客も同様です。
店の中にいたい、来ていただくお客様に接したいんですけど、中にいると見失うことも多い。
だからこそあえて外に出て、外から店をみるように心がけています」
容姿端麗とウワサされるスタッフの魅力
こんな、考えた方、心意気だからこそ、VANNEさんのお店はブレることがない。
加えて、「よろにく」他、VANNEさんの経営する店のスタッフには印象的な男女が多いと、訪問した皆さんが声そろえて言う。
そのあたり、人材育成の秘訣を訊いてみた。
「いや、愛嬌のある人を仲間にと心がけているだけです。
うちの場合は、スタッフか実際に肉を焼くので、お客様と接する時間も長いんです。
よく、かわいい子が多いよねと言われますが、それを特徴にするつもりはありません。
実は芸能系の皆さんにも働いてもらっています。
彼ら彼女らって、常に大人に囲まれて仕事をし、そこで揉まれているので、ヒトと接する基礎ができてますね。
容姿も重要ですが、お客様に気持ちよく過ごしていただけることがさらに大切です。
というより、うちでは厨房スタッフの方が、ずっと大変で苦労をさせています。
自分はできるだけ厨房スタッフに声をかけ、彼らのモチベーションが上がるような環境づくりを目指しています」
日本人としてのアイデンティティを世界に
少しずつベクトルの違った、でもVANNEさんスタイルなのは間違いない4店舗の肉料理店を成功に導いた。
今後の展開はどうなのだろう。
「例えば今後何年で何店舗、みたいな大それた目標なんて全くないんです。
というか、今までもそんな計画通りに出店してきたわけではなく、物件とかのご縁が大きかったです。
『よろにく』を作ったときの店舗イメージは、外資系ホテルの中に焼肉店があったらという、これまたスキマからの発想でした。実際、高級ホテルの中には焼肉店って考えにくいからこそ、面白いリミックスが生まれました。
今、ありがたいことに、アジアを中心に世界各国からの出店依頼、コンサルティングの相談をいただきます。
今度は、海外のホテルのような場所に日本人としてのアイデンティティを構築するにはどうしたらいいかなと、妄想を巡らせています。
いっぽう国内では、『よろにく』からさらに一歩進んだ肉割烹的な肉料理の店はやってみたいですね」
VANNEさんの今後、どんな店が出来上がるかだけではなく、どんな仕掛けがあるのか、どんな名前になるのか、どんなステキなスタッフが顔をそろえるのか、まるで芝居やミュージカルが出来上っていくようなワクワク感がある。
そんなVANNEさんの頭の中を、一度のぞいてみたいものだ。
よろにく
【住所】東京都港区南青山6-6-22 ルナロッサ B1F
【TEL】03-3498-4629
【プロフィール】
伊藤章良(食随筆家)
料理やレストランに関するエッセイ・レビューを、雑誌・新聞・ウェブ等に執筆。新規店・有名シェフの店ではなく継続をテーマにした著書『東京百年レストラン』はシリーズ三冊を発刊中。2015年から一年間BSフジ「ニッポン百年食堂」で全国の百年以上続く食堂を60軒レポート。番組への反響が大きく、2017年7月1日より再放送開始。