​第17回 料理人と経営者の二刀流を実践する、奥野義幸シェフ率いるブリアンツァグループ

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ある出版記念パーティの記憶から

4年ほど前、麻布十番にあるレストランで2冊の食ガイド本の出版記念パーティが開催された。
食マスコミに関わる名だたる編集者やライター、評論家が出席した盛大なパーティで、筆者もその末席にいた。

提供された料理や飲料も過不足なく、和やかに宴もすすんだ終盤のこと
ぼくは会場となったレストランを運営している奥野義幸シェフの姿を、その日初めて見た。

自分がプロデュースをするレストラン、しかも、食に関わるうるさがたが顔をそろえているにもかかわらず、会の終盤で遅れての到着――。
お互い挨拶を交わし、奥野シェフは「やっと本店の料理を出し終えたので来ることができました」と、爽やかに笑い客の渦に溶け込んでいった。


自分が関わる店での出版記念パーティゆえ、会場の様子は気がかりだったに違いない。
しかし奥野シェフは、自身の店の自分の居場所である厨房が一段落つくまで、持ち場を離れずシェフとしての役割を全うしていた。

そして2018年秋、改めてお話をうかがった奥野シェフは、さらなる進化を遂げていたのだった。


「ぼくはあくまで『料理人』です。というより、キッチンが戦場で自分は料理しかできないと、ずっと思っていました。
おいしいものを作っているのに、なんで店が流行らないのだろう。
いつも同じことで悩んでいました。
お客様にはそこそこ来ていただき、基本的にはずっと満席でした。

――でも、自分が満足できる、自分が将来を描くシナリオ通りには進んではいませんでした。

そしてある時、自分で店をやっていたけど『経営者』ではなかった、単なるコックさんだったと気づいたのです。
「おいしさをどのようにお客様に伝えるか」ということ。


『料理人』のみにこだわっていたときは、皿の上しか眼中になかった。
でも、皿の周りのこと一つ一つが見え出すようになると、おいしさは皿の上だけで生まれるものではないと気付き、今までの自分の考えを改めようと決意しました。

今は、第一にまず『料理人』であり、そしてぼくを支えてくれる全てを元気に幸せにするために、きちんとした『経営者』でもありたいと考えるようになりました。」


褒めて育てる奥野シェフ流、チーム作り

料理人は、職人であると捉えることもでき、孤高の存在に固執し自分を理解してくれる人だけが通ってくれればいいとする。
筆者はそれもアリだと思う。
だが奥野シェフは違った。

彼が率いるブリアンツァというチームに熱い思いを注いでいた。

「目上の人間は若い部下に、何か困ったことがあったらなんでも言って来てくれと言うけれど、ぼくの場合、何もなくても言って来てくれ、ざっくばらんに話をしよう、というスタンスです。
言えといわれても改まっては口にしにくいもの。日常会話の中やコミュニケーションの過程で、こちら側で汲み取っていくべきだと思います。
こうして深く話していると、それぞれの個性がみえてきます。
コーヒーを淹れるのがうまい、伝達能力が高いなどなど。

日本の場合、あっちもこっちもやらせてオールラウンダーを育てようとする。
で、どっちつかずになって自信をなくし自分の居場所を見失う。

ぼくは、「コーヒー淹れたら100点だよね、だからまず自信を持て。」するとそれ以外の部分もなんとなくできてくる。
その段階で次のことをやってもらうのです。


そして褒めるんです!

さらにできるようになる、それを繰り返しどんどん成長する。
そのあとにオールラウンドになってくれ、と願っています。

その後、チームのメンバーは独り立ちできるぐらいになってきます。
自分は孤高の料理人に収まっていることなどできず、メンバーの将来や夢を一緒に考えるようになる。

この局面でも、改めて自分は『経営者』にもならなければと気づきます。」

上下や師弟関係ではなく、奥野シェフ自ら、仲間やチームと呼び盛り立てるブリアンツァグループ。
飲食業界にあって、スタッフの定着率が高く団結力も強い。

その秘訣はどこにあるのだろうか。

「ぼく自身、褒められて育つタイプなんです(笑)。
いつも褒めてもらいたいと考えながら人と接します。
きっと一緒に仕事をする仲間も同じだと考え、ぼくはなるべく怒らず、褒めまくります。
なので当店のスタッフは皆笑顔で、とても仲がいい。

一体感とか人間力とか、ビジネス書で書かれることはどうでもよくて、単にみんな仲間なんだとの意識が大切。
昔は技術を高めることができればお金なんかいらない、という姿が料理の世界では普通でしたが、いまはそんな時代ではない。
余暇の時間もほしいお金も必要というのが常識なんです。
給料や休みも、頭を使ってできる限り工夫して取れるようにしています。

もろブラックに上げられる飲食業界ですが、ようやくグレーぐらいにはなってきたかなあ。
さらに言うと、ぼくは、すぐに人を信じてしまう、でも意外と騙されない。
だからスタッフのことも信じちゃう。

信じられたり褒められたりすると人って持っている以上の力が出せます。
それによってスタッフは伸びていくんです。

ますます仕事ができるようになって、チームブリアンツアは盤石になっていく。
ワンピースという漫画、ぼくの理想形です、あれが会社であれはそんな強いことはない。

そう、みんな仲間なんですよ!褒められ好きの仲間(笑)」


奥野シェフ自身は、どのように自分を鍛えているのか

スタッフ、いや仲間の話ばかりに終始したので、奥野シェフ自身のことについても話を聞いた。

「例えば……、趣味はサーフインとします。
ちょっと溺れかけました、怖かった、でもまた海に向かいます。
趣味や遊びだと、多少挫折しても怖い思いをしてもまたやります。
それは単に楽しいから好きだから、仕事もそうであれと。

そしてぼくは、仕事も大好きなんです。
だから挫折してもまたやりたいと思うんです。
一喜一憂しても、常に喜びがまさるのでいつでも戻ってこれるんです。

ぼくは正直、そんな考え方ができるよう若い頃に努力しました。
料理人の下積みは大変です。
家賃や光熱費など基本的な支払いを済ますと給料がなくなるほど貧困。

そんなときでも楽しいと思えるよう努力するんです!鍛えるんです!
……自己洗脳ですね。

毎日キャベツ切って、ちょっと細く切れるようになったと喜んでる。
使い古した言葉だけど、好きなんです。
寝なくても大丈夫なんです。」

日本橋高島屋出店の狙いとは

奥野シェフ率いるブリアンツァグループは、最初に麻布十番ーー。
そして六本木一丁目のアーク森ヒルズサウスタワー地下へ。

その後、六本木ヒルズ3階に本店を移し3店舗とした。
2018年秋、日本橋高島屋リニューアルに際し、そこのダイニングフロアに4店舗目を出店した。


「ブリアンツァを一言で表すと、グランエイジのアッパーなファミレス、ヒエラルキーがあれば八合目ぐらいの位置にいます。
デイリーでもハレの日でも使えるレストランです。

日本ってすごく面白いのは、このポジションが少ないんです。
孤高の寿司で予約は3年待ちかと思うと、低価格のみで競う居酒屋系……。

――ぼくは真ん中から八合目までの、誰もやらない領域を狙って展開してきました。」

「なぜ高島屋に『フォカッチェリア・ブリアンツァ』を出店したか。
高島屋が日本で一番コンサバティブなビルだからです。

コンサバって悪い言葉じゃない、コンサバとは常識です。
10年後の常識になろうと思ったら、今、高島屋さんに入っておかないと思いました。
社会的信用も常識の中に含まれます、常識に入るということは日本人に認められることでもあります。

5年後10年後にコンサバになるものは、今スタートすべきです。

つまり、今まで日本には一軒もなかった『フォカッチェリア』を、10年後にはコンサバに、ブリアンツァグループのひとつの軸にしたいと思っています。」

ただ奥野シェフの場合、「何年後に何店舗」みたいな大きな目標を掲げる他の飲食会社と比較しても、かなり慎重なペースだ。
今回の「フォカッツェリア」のアイデアは、どんなところから出てきたのか。

「単純に、思い出しただけーーそれだけです。
本来なら、すっと温めてきた、とか言うべきでしょうけど。
ぼくは、こだわってるとか、素材の持ち味を生かしたとか普通に言うのも嫌いです。
料理屋なんだから、当たり前のことでしょ、なんでそんな風に大げさに言うのか疑問です。」

今後も、イタリア料理の文化と可能性を広げていきたい

最後に、奥野シェフのこれからの展望を聞いてみた。

「例えば、日本におけるイタリア料理の可能性を広げる一つが「フォカッツェリア」。
今まで、正確に日本に伝わっていなかった食材を知ってもらいたいという試みです。

すでにイタリアの文化としての日本のイタリアンは飽和状態。
これ以上はもうないだろうとする日本での限界、というか勘違いを改め、何かしらの方法で新たな提供をしたら、また爆発し市場が広がるじゃないですか。

現在の日本のイタリア料理は発展途上です。
各州隅々の料理が紹介されているようで、未だヨチヨチ歩き程度。
日本人の知らないイタリア料理は、イタリアにいくらでもあります。

そこはぼくが、チームの力で日本に引っ張りたい。
食材の輸入にあたっては厚生労働省とかそういった法律的な問題もあります。
一つ一つ実現までの道のりは大変ですが。

ぼくは、褒められて育ちます(笑)。
褒められることで、何にでもトライできるんです、好きですから。

でも自分が一番褒められたいのは自分の子供たち。
息子や娘に「パパみたいな人になりたい!」なんて言われたら、それ以上の喜びってないですよね。」


人の倍以上働いて、料理人と経営者の二刀流を貫き通す奥野義幸シェフ。
家族との時間なんてあるのだろうかと心配したのは、筆者の杞憂にすぎなかったようだ。


「ラ・ブリアンツァ」
http://www.la-brianza.com/


【プロフィール】
伊藤章良(食随筆家)
料理やレストランに関するエッセイ・レビューを、雑誌・新聞・ウェブ等に執筆。新規店・有名シェフの店ではなく継続をテーマにした著書『東京百年レストラン』はシリーズ三冊を発刊中。2015年から一年間BSフジ「ニッポン百年食堂」で全国の百年以上続く食堂を60軒レポート。番組への反響が大きく、2017年7月1日より再放送開始。

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