​第14回 国際感覚を身につけた四代目が、和食をグローバルな世界に導く。株式会社伊藤商店 車屋

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日本人の根底にある、悪いイメージの宴席料理

大多数の日本人がフランス料理を嫌いになる瞬間、それは結婚披露宴の席であろう。

ウェディンクドレス、ケーキ入刀、キャンドルサービスとくれば、西洋料理にならざるを得ないが、およそフランス本国では食べないような、日本の結婚式をイメージする色や形のフランス風料理には、発想の時点から無理が多い。

また、一見凝った仕上がりの料理を、コースで百人二百人と一斉にサービスするのだ。その環境を想像しただけで味には期待できない。

同様に、日本料理がつまらなく感じてしまう瞬間、それは旅館の宴席で出される会席料理かなと思う。座布団の前にお膳が複数並べられ、酢の物、刺身、炊き合わせ等々が珍妙な器に入って一同に載せてある。そして固形燃料の網の上には生きたアワビが鎮座する。

以前、伊豆半島の大きな旅館での宴席に参加した際、準備をしていた支配人からこうドヤ顔で言われた。
「うちのアワビはいいでしょ。全部築地から仕入れてますからね」
伊豆まで来ているのに築地か・・・、せめて黙っていてほしかった。

しかし、同じサイズの食材を大量に必要とする場合、大きな市場から仕入れざるを得ないことも理解できる。
そもそも、そんな大人数の宴席にアワビを出すという短絡的な発想が悲しいが。

車屋本店、文化財的な料亭「隠れ里車屋」について

神奈川県は辻堂にある料亭「隠れ里車屋」を訪れた際、失礼ながら、なんとなく上記の旅館の料理をイメージしていた。
ところが、現代の日本料理店が提供する構成や流れ、食材や器の選び方。さらに、味覚に対してもきちんと焦点が定まっていた。

しかも、ぼく以外すべて女性客というランチタイムゆえの、女性の期待に少しだけシフトした欲張り方がまた秀逸だ。

辻堂の料亭「隠れ里車屋」は、株式会社伊藤商店 車屋の本店である。

伊藤商店――、車屋の創業者が30余年かけて、庭に並べる石のひとつからこつこつと集め、粋と想いを結実させた静謐な空間だ。

場所はJRの辻堂駅から少し海側に離れるが、駅から送迎バスが出ていて意外とアクセスも便利。
食事場所としても湘南随一、湘南を愛する著名な歌手ご一家もひいきにされていると聞いた。

荘厳な入口の重さから中に入ると、目の前に一気に広がる庭園。
日本人なら、まさに一句詠みたくなる瞬間。
左に鉄板焼き、右が日本料理、奥には宴会ができる広間も設けられている。


株式会社伊藤商店 車屋四代目、伊藤英里常務は語るーー。

「祖父の情熱がいっぱい詰まったこの『隠れ里車屋』今、特に来ていただきたいのは外国の方なんです。
路地裏や下町、飲み屋街などの風情も、外国にはない日本らしさを満喫できると思いますが、料亭でこそ、日本の食だけではなく、あらゆる文化が総合的に集結していますし、身近に体験できる場所でもあります。
西洋人には習慣となっている、入店後席に着くまで待機できるレセプションを持ち、ダイニングは広く美しいお城のような「グランドメゾン」と、まさに同じ最高峰のコンセプトを日本の料亭は備えています。

そしてこちらで提供させていただく料理は、古いスタイルのものとならないよう、常に料理人と共に研究し勉強します。
伝統的な日本料理を守りつつ、時代に合わせて進化させたものを、日本家屋、庭園、自然、サービス...お客様に五感で、いや、六感でフルに日本文化を体験していただけるのは隠れ里車屋ならではだと思います。
現代感覚を取り入れつつ、隠れ里車屋しか提供できない“唯一”のお料理に近づけています」


九十年近く続く日本料理店の家系に生まれながら、伊藤常務がすばらしい国際感覚にあふれグローバルなことに筆者は舌を巻く。

その点を詳しくお聞きすると……、

「実は私が生まれたのはグァム島です。そこで父が『車屋』を営業しており、10歳まで過ごしました。日本に戻った後もインターナショナルスクールに通い、国際基督教大学(ICU)で学びました。
卒業後二年間は契約社員として働いていましたが、父の強い勧めで、アメリカの料理大学(The Culinary Institute Of America)を受験。合格できたら行こうかなと消極的に思っていたら、合格してしまいました(笑)。そこで、料理からサービス、レストラン経営までを学び帰国。
その後も、さまざまに機会をいただき、レストランの立ち上げに参加しました。例えば、赤坂にできた最初の『ローリーズ・ザ・プライムリブ』オープンにも関わらせていただいたんですよ。一年間レセプションにいたので、その頃お目にかかっていたかもしれませんね」

そんな伊藤常務の言葉に筆者も相当驚いたが、こうして様々に研鑚を積んだ後、父の経営する株式会社伊藤商店 車屋に入社。

広報担当として、次の一手を担うポジションに立つ。

新宿をベースに発展してきた車屋グループ

新宿、特に歌舞伎町界隈で飲食をした経験が多い方なら、『車屋』の大きな車輪のマークをご記憶の方も多いのではないだろうか。
2018年のつい先日まで、車屋の本店は歌舞伎町の中でも目を引く大きな店舗を有していた。

一階が日本料理、地下は西洋割烹、二階は個室、三階には宴会ができる大広間もあったが、そこを閉める決断をした。

「車屋は新宿で開いた画廊カフェがスタート。
その後、和食を中心に新宿界隈にて店舗を広げていき、経営的にも成功。歌舞伎町に総合的な本店を構えることもできました。

ただ、時代は大きく変わり、特に歌舞伎町はインバウンドの集まる街となってしまいました。中国・韓国・東南アジア方面から日本に来る旅行者は外食をしないグループも多く、コンビニ等で買った食材を部屋に集まって食べるんですね。

そんな流れもあり、歌舞伎町はきちんとした日本料理をいただく、集まって会合を開くという環境ではなくなってしまいました。比較的新しい試みだった本店での西洋割烹は、順調にお客様も増え、売り上げも伸びていたので残念です。

いっぽう、新宿三丁目にある『車屋別館』は新宿駅に近く便利なこともあって、鉄板焼や地下の焼鳥ともに、ご好評をいただいてるんです。
やはりコンパクトで専門的な料理の展開の方が今の時代に合っています。

例えば本格的な日本料理となると、季節ごとの器を集めて保管するだけでも、本当に大変なことなんです」


老舗日本料理店としての今後の展開

四代目として今後ますます経営にもかかわっていく伊藤常務、長く海外で学び培った経営手腕や、日本で手掛けた新店オープンなどの経験を踏まえて、次の一手を画策する。


「人口はどんどん減っていき、それに合わせて外食をする人の数も減るのは、すでに明確なこと。
辻堂の料亭は大切な文化として、車屋全体の基幹として、永遠に残していく所存ですが、特に都心部では、焼鳥などコンパクトで利益率も高い店舗を今後は出店していきたいと考えています。
さらに、特に日本人は不得手な、自分自身のライフスタイル作りを提案し、その中に組み込まれていく食空間の展開をしていきたいですね。

上司や取引先に誘われて、といった他力本願ではなく、ひとりひとりのライフスタイルにきちんと車屋の店舗が溶け込んでいる、そんな存在になるにはどうしたらいいかを企画しているところなんです。

自分が幸運にも持っているグローバルな感覚で日本料理店を運営するとどうなるか。
その触媒としての自分自身に、期待とプレッシャーを感じているんです」

「声をかけられ、なんとなく食事に行く」というのが典型的な日本人の外食スタイルなのは、残念ながら否めない。

自分の生活の中でこのレストランが必要だからここに身を置くという必然的な行動は、なかなか日本人には生まれにくく、それが日本の外食産業が成熟しない大きな要因でもあると解釈する。

「2020年には東京オリンピック・パラリンピック、そして、弊社創業90周年を迎えます。
自分のバックグラウンドを活かし、コスモポリタンな日本料理店の女将みたいな存在になれればと思います」

こうして率先して日本料理の国際化への道を切り開きつつ、ご自身のイメージするグローバルなライフスタイルを改めて日本人にも還元していく。

伊藤常務の仕事はますます忙しくなることだろう。



「日本料理 車屋」
http://kuruma-ya.co.jp/

【プロフィール】
伊藤章良(食随筆家)
料理やレストランに関するエッセイ・レビューを、雑誌・新聞・ウェブ等に執筆。新規店・有名シェフの店ではなく継続をテーマにした著書『東京百年レストラン』はシリーズ三冊を発刊中。2015年から一年間BSフジ「ニッポン百年食堂」で全国の百年以上続く食堂を60軒レポート。番組への反響が大きく、2017年7月1日より再放送開始。


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