第12回 六本木発の外食企業が、オペレーション力で世界を席巻する。株式会社WDI
日本と欧米の良さをミックスした唯一無二のオペレーション
私たち日本人は、声にしただけで相手への敬意や尊敬を表す「敬語」を持っている。一方、その存在に甘んじて、逆に態度や振る舞いがおろそかになってしまう傾向も否めない。
例えばコーヒーを注ぎに来たスタッフは、日本なら「よろしければ、コーヒーのおかわりはいかがでしょうか」と言い、アメリカなら「Coffee?」のみ。ただその一言に、うちの店のコーヒーをたくさん飲んでね、さあ注いであげようとの気持ちを、イントネーションや態度、振る舞いで伝える必要がある。
「おもてなし」といいつつ、日本人は敬語なる特別な言語の効力に甘んじ、声のトーンや態度でホスピタリティを表現することに消極的なのではないだろうか。レストランシーンだけではなく、満員電車の乗り降り時「すみません」の言葉もでない。英語なら「excuse me!」と幾度となく発するはずだ。
ぼくは、WDIグループのレストランで食事をすると、いつも日本とアメリカ双方のよいところをしっかり取り入れて飲食空間を限りなく快適な場所に創り上げておられると胸を打たれる。株式会社WDI 清水謙社長はこう語る。
「私たちは45年にわたり国内外の有力なレストランブランドを日本やアメリカ、アジア各国に展開運営する外食企業です。海外のレストランを輸入している商社的な会社と思われるかもしれませんが、私たちが誇るのは、何よりレストランのオペレーションに精通していることです。当社より資本力や海外のブランドとのコネクションを持つ会社は存在すると思いますが、私たちのようにしっかりとオペレーションが出来て、それを維持できる会社はなかなか見つからないと思います。オペレーションの重要性を理解せずに異国の食文化を日本に導入しても成功できないと思います。オペレーションのポイントは沢山ありますが、まずはアイコンタクト、そしてスピークファースト。これを実践するようスタッフにはいつも話しています」
アイコンタクト、そして自分から先に話かけるスピークファースト。この二つは日本人が不得手とする最たるものだ。そこをクリアしそれぞれの店で実践することにより、WDIグループ特有のオペレーションが確立されているに違いない。
先日、WDIが運営する中でも40年近く続くレストラン「トニーローマ」を訪れた。楽しく食事を終えて店を辞する構えで財布を取り出して席を立とうとした。するとすぐ近くを通りかかったスタッフと目が合い、こちらに近づいてくる。あれ、何かお願いしようと思ったつもりではないのだけど・・・と躊躇していると、ぼくに向かって「お会計はテーブルでも承ります」と、にこやかに声がかかり、この上なく幸せな気分になった。これがまさに、アイコンタクト、スピークファーストなのだ。
本場そのままにローカライズしない
ここで、WDIという大きな存在について説明をしておかなければならない。清水社長は続ける。
「私の父が創業者なんですが、父は水球の選手としてローマと東京オリンピックに出場しています。遠征により当時の日本人としては海外渡航の機会が多く、若い頃から海外の様々な食文化を体験してきました。父は、まず1972 年に『ケンタッキーフライドチキン』のフランチャイズから外食事業をはじめました。その後、『トニーローマ』『ハードロックカフェ』というアメリカで人気を博していたレストランを日本に根付かせました。また、イタリア・ローマで修業を積んだシェフが帰国して創業した『カプリチョーザ』の展開を1985年に始め、国内外に100店舗以上に拡げました。これらのブランドはお蔭様でいずれも30年以上たった現在でも多くの方々に愛され続けています。
存続できている理由は、ひとつには本場の通り、日本流にローカライズしていないこと。つまり現地の食文化をそのまま日本で楽しんでいただくことにこだわってきたことにあると思います。効率面などから都合のいいようにアレンジしたり、日本人好みにいじったりすると一時的に通用したとしても、長い目でみるとそれは大きな間違い。どんどんと本場のリアルさ、本来の個性や本物感を失ってしまうのです」
例えば、現地では有名な小籠包専門店なのに、日本ではいろいろなメニューも多々提供され、普通の中華料理店となってしまった店などを見ると、いかに本場そのままを守ることや、ローカライズを成功させることが難しいかが理解できる。
2018年、WDIが日比谷にオープンした香港のミシュラン一つ星を持つ点心専門店『添好運(ティム・ホー・ワン)』は、日本初といっても過言でない本格点心専門店だ。日本人の感覚だと点心はお酒のつまみとも受け止められるが、この店ではアルコールはビールとハイボールしか置かない。もちろん客席の回転率を上げるという狙いもあるが、点心を食べる飲茶とは、文字通りお茶とともに楽しむ食事であるということをローカライズせずに持ち込んでいるのだ。
「『添好運』のWDI第1号店はニューヨークにオープンしました。世界で最も競争が厳しいと言われるニューヨークでの大成功によってブランドオーナーがWDIを認め、日本にも出そうという運びになったんです。日本の会社が香港の食文化をニューヨークに展開するなんて、夢がありますよね。」
また、『添好運』と同時期にWDIが東京ミッドタウン日比谷にオープンさせたのが、朝から深夜まで、好きな時に好きな使い方で楽しめる“街の食堂”としてニューヨークで絶大な人気を博する『Buvette(ブヴェット)』だ。創業者の女性オーナーシェフがこだわり抜いているハートウォーミングな伝統的フレンチメニューと、アンティーク家具などによるノスタルジーを感じさせる空間を、これもまた一切ローカライズせずにオペレーションしている。
WDIグループの今後の戦略
個性や特徴あるレストランを国内外に多店舗展開して30年以上支持されてきた実績を大切にしなが
ら、すでに清水社長は先を見据えている。
「海外では、これからもレストランビジネス1本に集中して店舗展開をさらに推し進め、セールスボリュームの比率を日本6割、海外4割ぐらいにしていきたいと思います。
一方、日本国内ではレストランだけでなく、食やホスピタリティに関わる事業を多岐にわたって広げていきたいと思います。
例えば、ぼくがガッツリ系の料理が好きなこともあり(笑)、これまでステーキや肉料理のブランドを精力的に展開してきましたが、今後は、ヘルシー&ビューティ嗜好にも取り組み、物販も視野に入れて、どんどんレンジを広げていきたいです。
また、WDIでは、ウエディング事業も長年展開をしてきていますが、人生をトータルでサポートしていくというコンセプトで、次には終活といいますか、葬儀ビジネスの展開を考えています。故人の好きだった料理や、故人らしさが感じられる演出のある偲ぶ会や生前パーティなど、今までの経験を生かしたWDIならではのホスピタリティ溢れるものを築いていきたいですね」
業界のトップランナーが考えるライバルとは
長年培ってきたオペレーションノウハウを活かし、飲食店の運営だけに留まらず、人々の様々な生活シーン、そして歩んでいく人生のサポーターとしても活躍の場を広げていこうという考えがうかがえる。
そんな清水社長に対し、今のライバルは何ですかと聞いてみた。
「もうすでに、日本では少子化が進み、人口が減少していくことは周知の事実。これからますます業界は厳しくなっていきます。可処分所得が個人個人の嗜好で何に使われるのか、その取り合いの勝負ということです。つまりライバルは同じ飲食業界に限らず、コンサートやライブ、ゲームなどを意識しますね。例えば、いまコンサートに行くとすると12,000円ぐらいかります。レストランで12,000円の食事をするのか、コンサートを観に行くのか。同じ可処分所得を何に使うかの選択です。一回の食事に12,000円を使っていただけるのならば、コンサートと同じぐらいの価値と感動をそこに作らないと生き残れない時代なのだと思います」
企業WDIとしてのブランディング
将来展望について、経済やマーケットの動向を読み、飲食業界だけに留まらず、多角的な視野と自由な発想で次代への準備も怠りなく進めているWDI。
ところで、WDIの本社は六本木のロアビルにある。1970年代に建てられ、2018年初頭から建て替えの噂を耳にした。しかし、清水社長は移転を望まず、出来る限りここに留まりたいという。例えば、2つの日本初上陸ブランドを華々しく出店した日比谷などへの移転を考えたりしないのかと思うのだが・・・。
「ロアビルには本社機能の他にテストキッチンもあり、使い勝手がとてもいい。別のビルに新規にテストキッチンを作るのは難しいでしょうし、六本木には長年の愛着もありますしね。ですので本社の移転は考えていませんが、レストラン事業の運営については、いつまでも私が仕切るのでなく、レストランを利用される中心層と同じ若い世代、いまの若い感性を持った者が担っていくのが一番だと考えています。そして、私自身は店舗のオペレーションが良くて、お店が評判になってさえいれば、わざわざ会社や私をアピールする必要はないのではないかと思っているのです。ところが社内では、この店もあの店もWDIが運営する店だということや、WDIが何にこだわっているかなどが知られることにより、会社がブランド化され、ここで働いてみたいという志望動機も生まれ、さらに優秀な人材が集まるのだと言うわけです。そうであるならば、社長としてもっとWDIのことを世間に伝えていかなければならないと念じています」
清水謙社長の時代となって、WDIはさらに個性あふれるレストランを国内外にアグレッシブに展開させ、日本だけでなく世界中に新な食文化体験と愉しみを与えている。それは、食べ手である各地の消費者にとっても、そしてぼくたち伝える側にとっても、大変ありがたいことである。「あの店、実はWDIのお店なんですよ」ということを広めていくことが、小さいながらもWDIへの恩返しとなるのかもしれない。
株式会社WDI 公式ホームページ
文中に登場したレストランはこちら
トニーローマ 六本木店
http://tonyromas.jp/
ハードロックカフェ
http://hardrockjapan.com/
カプリチョーザ
http://capricciosa.com/
添好運(ティム・ホー・ワン)日比谷店
http://timhowan.jp/
Buvette
https://ilovebuvette.com/
【プロフィール】
伊藤章良(食随筆家)
料理やレストランに関するエッセイ・レビューを、雑誌・新聞・ウェブ等に執筆。新規店・有名シェフの店ではなく継続をテーマにした著書『東京百年レストラン』はシリーズ三冊を発刊中。2015年から一年間BSフジ「ニッポン百年食堂」で全国の百年以上続く食堂を60軒レポート。番組への反響が大きく、2017年7月1日より再放送開始。