第6回 全国の食材を探し提供する姿勢こそ、「南国酒家」グループが万人から愛される理由。
東京原宿のランドマーク的存在
東京原宿。日本屈指の神社である明治神宮の門前ながら、10代20代の若者であふれかえっている。街にはクレープやポップコーンなど、歩きながら食べられるスイーツの店が並び、かたやパンケーキにも大行列ができる。スカウトが目を光らせている中を芸能界を夢見る少年少女が着飾って歩く姿も、すでに当たり前の光景だ。
そんな彼らの両親が物心ついたころには、すでに明治神宮の真ん前にそびえていた高級マンション「コープ・オリンピア」。今でもモダンさを失わない威容は原宿のランドマークの一つでもある。
その昔、ジャニーズ事務所の合宿所がこの中にあって、たくさんの若い女性が出待ちをしていたシーンも懐かしい、そんな場所に1964年から営業を続けているのが「南国酒家」である。
南国というと日本では土佐、世界的に見ても中国以南のベトナム辺りまでを表すようにも感じる。実際には、スタート時のシェフが広東料理の本場香港出身だったので、南国酒家になったと聞いた。オープン以降は、サウスチャイナの愛称で親しまれ、高級中華の代名詞でもあった。
老舗だけではない真の魅力とは
現在は中国料理店として間違いなく老舗だ。ゆえ、そんな「間違いなさ」を求めて客が集まるのだろうか。
原宿本店に、ランチタイムを大きく過ぎた13時ごろフラリと訪れた。
ダイニングとしても分な広さの待合に未だ呼び出されない客が満載、空いた席を見つけるのに一苦労だ。その後14時近くなってやっと自分の名前が呼ばれた。エスカレーターで地下に降りると、そこにはホテルの大宴会場かと思える広さ、200席以上のスペースで老若男女が歓談している。
メニューが渡される。さぞ万人が好む、例えば酢豚や青椒肉絲、エビチリ等々が並んでいるのかと思いきや、おや、これは・・・。
南国酒家 宮田順次社長は、エネルギッシュにこう切り出した。
「南国酒家の理念は『日本の、美味しい中国料理』です。自分がこの店のトップになって最初に着手したのは、グループトータルとしての理念づくりでした。全国各地でしかも様々な形態で発展していく今後を予想し、一貫した理念を社員みんなで作って、それを基にブレない店として成長して行こうとの狙いです。そこで出来上がったスローガンが『日本の、美味しい中国料理』なんです。」
「手長海老と白霊茸、埼玉県産 生くわい、沖縄県産 塩セロリの高知県産 土佐一生姜の香り炒め」
「熊野牛のグリル 金山寺味噌ソース 埼玉県産 生くわいとチシャトウ、安納芋飾り」
「帆立貝柱と娃々菜、茨城県産 あやめ雪かぶのアオサのりクリームソース煮」・・・
あまり耳慣れない食材が含まれ、個人的には興味津々のメニューだが、馴染み・食べ慣れている・間違いがない、という点では予想がつかない。つまり、「南国酒家本店」に集まってくるお客様は、とりあえず中華なら、とのハズレのない選択肢ではなく、「南国酒家本店」に来て、この店オリジナルの料理が食べたいという積極的かつ前向きな理由なのだと理解した。
宮田社長曰く、
「原宿本店のランチタイムたけで、平日は200~300名様、土日となると500名様近く、ご来店いただけます。最近、カウンター10席程度で営業し、一か月予約が取れないという中国料理店もあると聞きますが、南国酒家本店は、ランチタイムだけでその店の一か月分のお客様にお越しいただいているんです。
また、そういった店で主流になっている少人数様用の小皿料理も、実は当店が始めたものですよ。円卓にドンと大きな皿を置いて回して取り分けるスタイルがすべてではない、何でもかんでも主菜の付け合わせにパセリを載せるのは禁止、主菜以外の付け合わせは缶詰で代用したりといった慣習はやめようと、自分が南国酒家にて働き始めた当初から、懸命に料理人を説得してきました」
ぼくが大学時代、著名な高級中華料理店でアルバイトをしたときのことを思い出す。当時働いていた店も主菜以外(例えばポテトサラダ等)はすべて缶詰で、アルバイトは缶詰の缶を開けることが最初の業務だった。名物として売っていた杏仁豆腐も缶詰だったと記憶する。
日本の中国料理を極める食材探し
社長に就任し『日本の、美味しい中国料理』を提供する店として理念を定めた後、それを実践するベースとして手掛けたのが、『おいしいもの、にっぽん』だと、宮田社長はいう。
「日本の、美味しい中国料理を提供するためには、なんといっても食材ありきです。そこには、目の行き届く日本全国から優れたものを集めることが必須事項でした。すでに19県を巡って、その都度吟味した食材で店のコース料理を組み立てます。唯一和歌山県を除きすべて私も同行しました。というのも、料理長、仕入れ担当トップ、そして自分の三人で選ぶのが、一番時間も短縮できて効率的だからです。
南国酒家の場合、仕入れとなると幸いにもある程度のスケールメリットがあり、すべての県で自治体に動いていただき、短時間で少しでも多くの食材と出会える旅が実現しました。中には、全国的にほとんど知られていない、でもすばらしくおいしいものも見つかっており、この活動は今後も続けていきたいと考えています。」
高級中国食材の流通を変えた「ふくあわび」
宮田社長自らの取組みから生まれた一つが『ふくあわび』である。すでに「ガイアの夜明け」などで放映されている事例だが、ここでも少し紹介する。
アワビ、ナマコ、フカヒレなど、中国料理の最高級食材、そのほとんどは宮城、岩手。青森が元々の産地。そこから中国に輸出される。日本の高級中国料理店では、高いお金を払って中国から再度輸入しなければならない。
なぜ国内で加工・消費できないのか、理由はつまびらかではないが、その流通形態に宮田社長は大きな憤りを感じ、何とか新しいルート開発ができないかと挑戦を始めた。すると同じ高級なエゾアワビでも、中国に輸出されるのは大きなサイズのみで、小ぶりのアワビは逆に相手にされず地元で細々と消費されることを知る。いっぽう味や食感は、大きなものに比べ遜色はない。
では、中国を経由した流通に影響のない漁師さんに迷惑をかけない形で、小ぶりのアワビを独自に国内で干して加工。国産干しアワビとして南国酒家で流通させたらどうかと発案、幾多の困難を乗り越えて、すでに安定して確保されるようになている。
ここで宮田社長に伺った朗報をひとつ。
「この『ふくあわび』を入れた忘年会用のコースを作りました。広東料理でも、フカヒレと並んで高級な干しアワビが入ったコースが、お1人様飲み放題込み10,000円で提供させていただきます。」とのこと。これは本当に見逃せない、そして客にとってはありがたすぎる英断であろう。
宮田流、じわじわと広げるマーケティング
宮田社長就任時には8店舗だった「南国酒家」グループも、今や27店舗にまで広がった。それは原宿本店 本館・迎賓館や、ホテルのダイニングとしての高級路線から、東京駅の麺専門店、百貨店での野菜中心店他、フードコートへのカジュアルバージョンにまで及ぶ。
ところがぼくには、チェーン展開という印象が全くない。本店はもちろん、飯田橋のホテル、東京駅や伊勢丹などの店舗にも足を運んでみた。中には「南国酒家」という店名ではない店舗もある。知名度に頼るイメージは存在せず、そこにあるのは一店舗ごとの「自分」、平たく言えば個性であろうか。
「料理に派手さはありません。著名料理人によって牽引したりといった派手なことをやろうという気もありません。原宿本店にここまで多くのお客様がお越しいただけるのも、南国酒家が老舗で安心だということだけではなく、お客様が少ない時代から少しずつファンを増やしていく、じわじわと、じわじわと、ご納得いただきながら広げていく、その結果だと思っています。そして、それが私たちのやり方です。社長就任当初に、社員の意見を聞きながら『理念』を作って明文化したことで、業態や場所、価格帯など様々でも、全員が南国酒家のメンバーでいてくれるのだと思います。」
一気に拡大路線を走るのではなく、スタッフを大切に育てながら、常に意思の確認を続け、じわじわと、じわじわと、店を広げファンを増やしていく。
そんな宮田社長のお人柄や戦略は、時代に逆行しているようでいて、もっともこれからの時代に求められているやり方なのかもしれない。
個人的な感想だが、「南国酒家」は、どの形態の店にいっても、接客スタッフの皆さんすべてが、明るくハキハキとして、時には型通りマニュアル通りではない、ご自身の裁量でさらっと客の懐に入ってくる感じがとても心地よい。
それは、社員の皆さん全員が「南国酒家」を愛してやまないのだろうと改めて確信した。
株式会社 南国酒家
https://nangokusyuka.co.jp/
【プロフィール】
伊藤章良(食随筆家)
料理やレストランに関するエッセイ・レビューを、雑誌・新聞・ウェブ等に執筆。新規店・有名シェフの店ではなく継続をテーマにした著書『東京百年レストラン』はシリーズ三冊を発刊中。2015年から一年間BSフジ「ニッポン百年食堂」で全国の百年以上続く食堂を60軒レポート。番組への反響が大きく、2017年7月1日より再放送開始。