スタートアップの資金調達・ビジネスマッチングサイト

連載:IPO市場の健全な拡大に向けて (16) 改めて、ベンチャー向けの処方箋

camera_alt Billion Photos/Shutterstock.com

 ソニーが新規事業の育成に苦労しているという記事が、日経紙面に掲載された。ソニーに限らず、日本企業は新規事業の創造が苦手で、ベンチャーの育成も下手である。それは、単に経営力がないからである。
 米国のルーターベンダー、シスコ・システムズは、1984年にレオナルド・ボサック(知的で非干渉主義、理論的で頭脳明晰、そして内向的)とサンドラ・ラーナー(積極的、頑固一徹、実践的で細かい管理を得意とするタイプ)によって設立された。二人は当時、共にスタンフォード大学の教員であったが、お互いのコンピューター同士が「つながって」いないことを不満に思っていた。そこで、その解決のため、マルチプロトコル・ルーターと呼ばれる装置を開発した。
 二人は、会社を立ち上げ、続いて事業資金獲得のため、ベンチャーキャピタルを訪問した。何と73回目!のプレゼンテーションで、セコイア・キャピタル(=米国では知らない人がいない位のVC)のドナルド・バレンタインから投資を受けることに成功した(※注)。
 バレンタインは、ハネウェルOBのジョン・モーグリッジをCEOとして、シスコに向かい入れた。ところが、CEOと創業者の二人が次第に反目するようになった。あくまで自社製造に執着する創業者に対して、モーグリッツCEOは、顧客へのソリューション提供にこだわったのである。そんな緊急事態をバレンタインが仲裁し、創業者を退陣させ[日本でこれをやるのは、ほぼ不可能]、シスコを
  ★製造業
から、
  ☆M&Aを駆使して顧客の求める製品、あるいは製品開発に繋がる技術を市場調達し、顧客に素早くソリューションを提供する企業
に変身させた。
 この決断がなければ、今のシスコの発展は、間違いなくなかった。適確な戦略の策定と迅速な実行は、企業の成長に欠かすことはできない。そのようなアクションが可能な経営人材の不足が、冒頭課題の主因であることは公知の事実である。

 ハイテクベンチャーが策定すべき戦略は主に、次の4つである。改めて整理したい。(作成:南青山FAS株式会社)

経営戦略

 経営戦略の策定は、まずビジョンに沿って、具体的な行動指針に落とし込むことから始まる。ビジョンは、大切である。ビジョン持つとは、「こうなりたい」と心に決めることである。信念をもって突き進むことである。
 信念とビジョンの関係を整理することは大事である。実は、ビジョンは何でも良いし、抽象的で構わない。しかし、ビジョンのない信念は空念仏であり、意味がない。信念を意味あるものにするために、ビジョンがあるといっていい。ビジョンと信念がない経営者は、各種不正を行っても不思議はない。
 ビジョンは、また組織の求心力となり得る。その意味では、ビジョンとは旗のようなものでもある。縁あってベンチャーに集った者たちは、大企業の高待遇を蹴ってまで、なぜ自分達がここにいるのかを、旗(ビジョン)を見つめて、その都度、確認するのである。
 また、経営は判断の連続である。特に、事業基盤が脆弱なベンチャーの場合、広範囲の難しい経営判断を、大企業に比べてより迅速に行わなければならない。これを可能にするためには、ビジョンと信念が必要である。日々のオペレーションは、明日のために今日何をするべきなのか、をベースに行われなければならない。漫然と時間を過ごしている暇は、ベンチャーには無いのである。比較できる平和な過去が無いベンチャーは、後ろを振り向いても、参考例がない、孤独な旅人である。
 明日のために、今日何をするかを決めるために、ビジョンが必要であるとも言える。今日の行為は、明日のどこに繋がっているのか、それは自分達のビジョンへと正確に向かっているのか。この確認作業で、自分達を奮い立たせなければ、ベンチャーで仕事などできはしない。また、ベンチャーの社員全員が、自分達の行き先を知ることで、組織が一体となる。
 ビジョンと信念が固まれば、ビジョンより具体的な、将来の目標・ゴールを設定し、それに向かって、(泥臭い日々の)マイルストーンを決め、それを達成するために、細かなアクション、オペレーション及び組織を規定するのである。
 各戦略の整合性を取ることや、各種資源の最適配分、人員計画なども経営戦略の範囲である。

事業戦略・競争戦略

 ハイテクベンチャーの事業戦略では、まず、どの事業領域で、技術の“どの側面”を差別化要因として、戦うかを決めなければならない。これは、製品そのもので戦うのか、製品とサービスを組み合わせて戦うのか、あるいはソリューションの提供を武器とする(つまり、自社製品にこだわらない)のか、を決定することでもある。
 その上で、①アプリケーション開発 ②マーケティング ③パートナー発掘、に対する施策を打ち出すことが必要となる。
 パートナー企業とアライアンスを組むことで、事業展開を行うというシナリオに従うのであれば―ほとんどのハイテクベンチャーは、そうせざるを得ないであろうが―、短期的な事業戦略は、パートナーの選択によって自ずと決定される。提携戦略は、事業戦略に含まれる。
 中長期的(つまり、将来の)事業戦略は、保有技術の拡張性及び発展性、技術の潜在的な応用分野への洞察などから決定しなければならない。短期的な事業戦略で探索したターゲット顧客が、中長期的にも、重要な顧客とは限らない。これは見落とされがちな事実である。
 中長期的事業戦略の策定において、本質的に重要なことは、新しい事業機会の誕生を捉えることである。人員削減が聖域ではなくなった日本企業は、言い訳の余地が減っている。「そんなことは、誰も予想できなかった」という言い訳の余地がなくなれば、新規事業創造のボリュームが増すかもしれない。
 ベンチャーの事業戦略・競争戦略については、こちらも参照して欲しい。

技術戦略

 技術系ベンチャーの場合当然ではあるが、事業戦略、技術戦略そして知財戦略は密接に関連している。ライセンス戦略は重要であるが、技術戦略あるいは知財戦略とライセンス戦略は同義ではない。
 ハイテクベンチャーにとって技術戦略で最も重要なことは、将来発生する新しい事業機会をモノにするため、必要な技術・補完的な技術・足りない技術を、あらかじめ予想しておいて、現在行っている事業を通じて、その技術に“足場”を作ることである。そこに特許やライセンスを、どう絡めていくかという議論は当然存在する。

知的財産戦略

 特許取得に気を配るというレベルは、知財戦略ではなく、知財の作法である。
 パートナーとアライアンスを組むことで、事業展開を図る技術系ベンチャーにとっての知財戦略は、パートナー企業との共同事業で、確保した"足場"を如何に転用するか、ということが主なテーマになる。
 これを実現するためには、パートナーとの共同事業における知財の扱いが重要なカギを握るが、これはタフな仕事である。ベンチャー単独で使用できない"共同ノウハウ"は、特定アプリケーションに押さえ込んでしまうように交渉することがポイントである。
 ベンチャーに限らず大企業も、合弁事業(ジョイント・ベンチャー)を通じて、新しい技術やノウハウを習得する(むしろ、新しい知識やノウハウの獲得を目的に合弁事業を手掛ける、といったほうが正確かもしれない)。
 なお、大企業同士の(しばしば、国境を跨ぐ)ジョイント・ベンチャーでは、良い結果が得られたほとんどの場合、どちらかの企業がジョイント・ベンチャーを買収することで、知財を取り込む。従って、共同で得られた知財の取扱に悩むということは、あまりない。

※注
 本物を見つけることは常に難しい。
 DECは24社のベンチャーキャピタルから断られ25社目のADRからやっと$70,000の資金を調達した。ちなみに、この話には続きがある。
 ADRには特段、目利き力があったわけではなかった。失敗を恐れずに投資することの重要性を投資スタッフに知ってもらう目的で、DECへの投資を決断したと伝えられている。
 世界的なベストセラー(映画も大ヒット)となった「ハリーポッター」シリーズは、7社連続で出版を断られ、これが最後と決めた8社目で、やっと出版されることになった、と言われている。当該出版社会長の孫娘に頼まれたためとも言われているが、真偽のほどは定かではない。
 最後の大ヒットマンガ!とも呼ばれる「進撃の巨人」は、数十社に提出したが、採り上げられるどころか、面白いとさえ言われたことがなかった。最後の想い出作りとして、講談社に提出したところ、採用が決まった。

関連記事

公式Facebookページ

公式Xアカウント