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​経営コンサルタント×ベンチャーキャピタリスト×インキュベータから見た、 ネットビジネスの事業戦略・ビジネスモデル

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 上場審査前から、経営全般のインハウス・アドバイザーとして、経営者の張り付いていると本音が見えてくる。経営は常に真剣勝負である。ベンチャー企業の経営者は、ベンチャーが晒されている競争環境に適応すべく戦略を選び、日々戦っている。そんな経営者にとって、IPOは、ご褒美の一つである。
 しかし、上場審査を担う証券会社や監査法人が、ベンチャーを正しく理解していないため、IPOコストが増加するという事態が生じているのではないか。IPOを射程に捉え始めたネットベンチャー経営者の多くは、証券会社や監査法人が、ネットビジネスの事業戦略・ビジネスモデルについて不案内であるとの不満を持っている。新規事業の連続立ち上げを、無駄だと考えていないか?複数のビジネスを並行で走らせていることを選択と集中に反する、なんて考えていないか? 
 そこで、彼らの事業戦略・ビジネスモデルを俯瞰してみたい。2大基本戦略は、「スピードで振り切る」と「プラットフォーム」である。

【1】スピードで振り切る

 上場審査を通過するには、ある程度の売上規模が必要である。企業経営者なら誰しも売上拡大を指向しているものだが、IPOの準備段階に達した経営者は、期限を区切られた上で目標とする売上を達成しなければならないため、大きなプレッシャーに晒されている。
 近時、競争優位の持続性は短期化しているが、IT業界・ネットビジネスでは、その傾向が顕著である。IT・ネットビジネス業界では、アイデアからサービスを立ち上げるまでの時間やコストが劇的に短縮しているため、競合が常に現れる。全てのプレイヤーがそういう状況にあるとき、どうやって競争優位を構築するか。スピードでコンペティタを振り切って、最初にクリティカルマスに到達するというアプローチが採用されている。サービス開始は後発でも良いが、クリティカルマスへの到達は、一番乗りを目指す。古典的なスケールメリットで競争に勝つというアプローチと同じである。(リソース・ベースド・ビューに偏っているが)競争戦略論で言えば、新規事業を連続的に高速で立ち上げられる組織が、競争優位の源泉となる。
 スピードで振り切って、スケールメリットが享受できるクリティカルマスに到達する具体的な施策として、新規事業の連続的な高速立ち上げが行われている。クリティカルマスは、大黒柱で達成しても良いし、合わせ技で達成しても良い。合わせ技の場合は、同じ顧客基盤を全事業で活用するようにサービス設計する。
 新規事業の連続的な高速立ち上げを構成する要素は、

  ①素早く顧客を理解するための仕掛け
  ②(深い)顧客理解に基づくサービス設計
  ③最低限の機能を実装したβ版の素早いリリース
  ④フィードバックの素早い反映
  ⑤顧客への訴求価値再考とピボッティング
  ⑥デジタルマーケティングによる顧客獲得

である。デジタルマーケティングには、フリーミアム、サブスクリプションといった打ち手や、SNS等を使った拡散の仕掛けが含まれる。この一連のフローが、連続的に行われる。なお、事業存続に関する判断では、サンクコストは無視される。
 意外な業種においても、スピードで振り切るという戦略は(打ち手は異なるが)採用されている。医療機器の分野である。
 医療機器の開発においては、当該分野で著名な医師が著名な論文誌に、臨床試験結果を投稿する。臨床試験は、米国に比べても当局からの承認が容易なEUで行われることが多い。その論文をベースに、他の医師が臨床試験を行う。そうやって“実績”が徐々に蓄積されると、当該医療機器を使わない=別のメディカル・デバイスを使うという判断をすることは、大きなリスクを伴う。なぜ、“実績”のあるデバイスを使わないのか。医療事故が発生したとき、誰がどう責任を取るのか。
 スイッチングに余程のメリットがない限り、市場に一番乗りしたデバイスが市場を総取りする、というのが医療機器のビジネスである。一番乗りがクリティカルマスを達成する。その状況をひっくり返すにはM&Aしかないため、業界ではM&A(既存のプレイヤーがベンチャーを買う)が多発している。
 残念ながら、ネットビジネスにおける「スピードで振り切ってクリティカルマスに最速で到達するという戦略」は、医療機器ほど強力ではない。

【2】プラットフォーム戦略

 スケールメリットで競争優位を築くという古典的な競争戦略でも、顧客の囲い込みがなければ、優位性は長期間持続しないことが知られている。医療機器は、顧客の囲い込みが強い。生命にかかわるからである。生活必需性の低いサービスであれば、顧客の囲い込みは弱い。ちゃぶ台返しは起こりうる。
 競争優位を強固にするために、強い顧客の囲い込みが必要になる。そのための施策として、広く志向されている事業戦略が、プラットフォーム戦略である。ちゃぶ台の一つ下のレイヤーを押さえるという形態のプラットフォーム戦略が流行した時代があった。ちゃぶ台を支えている基盤を押さえていれば、ちゃぶ台が変わっても影響はない、という理屈である。ちゃぶ台とプラットフォームが分離しているところが特徴であった。そのため、ちゃぶ台がどう使われても、どれほど使われても、プラットフォームは進化しない。
 現在は、ちゃぶ台を使った結果でプラットフォームが進化する、というプラットフォーム戦略が主流である。ペットフードで考えてみよう。ちゃぶ台は、ペットフードを販売するECサイトである。プラットフォームは、あるユーザーが、商品Aから商品Bに商品を変えたことを、その理由込みで収集するシステムである。プラットフォームが収集するデータは、メーカーにとって貴重であるが、ユーザー(正確にはショッパー)にとっては、極めて貴重である。ペットの種類×年齢×疾患の有無etcで、最適な商品を選択できる可能性が高いからである。たくさんのユーザーが使えば益々、プラットフォームの価値が上がり、進化する。
GAFAがやろうとしていることは、基本的にこういうことである。そして、顧客データ活用による競争優位の構築が強固過ぎるのではないかと、大きく懸念されている。
 なお、ここでの記述は「スピードで振り切る」が主で「プラットフォーム」が従という書き方になっているが、これは一つのパターンに過ぎないことに注意して欲しい。経営戦略に唯一の正解はない。

【3】そして、リアルとの融合

 ちなみに、「リアルとの融合」は、企業(ベンチャー)サイドにも誤解があるように思われる。純粋なチャネルの拡大、コンタクトポイントの増加、顧客体験価値の向上といった、マーケティングやブランディングの文脈でのみ語られているように見受けられる。
 企業ミッションや企業の定めるゴールを達成するために、若しくは、顧客に対して十分な価値あるいはソリューションを提供するために、必要であればリアルとの融合を考えるのが本筋である。仮に、ネットで十分ならば、リアルとの融合は必要ない。ただし、ネットで十分という状況は、まずない。このため、リアルとの融合は戦略的に、ほぼ機能している。
 しかし、リアルとの融合を実行するタイミングや、リアルとの融合を実装したサービスを設計する際においては、留意すべき点である。本筋を外して、バズワードに乗っかる感覚でリアルとの融合を試行しても、成功を期待することは難しい。


 個人投資家を含めて、ネットベンチャーの事業戦略・ビジネスモデルが正しく理解されることは、IPO市場の健全に拡大に寄与すると期待される。
(南青山リーダーズ株式会社)

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