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ビジネス交渉の戦略⑤~著作権と交渉の戦略的選択肢

camera_alt (写真=Pressmaster/Shutterstock)

今回は、「著作権と交渉の戦略的選択肢」をテーマにしました。他人の著作物を使いたい場合、一部の例外を除いて、著作権者に利用許諾(ライセンス)を得る必要があります。

参考)
著作物が自由に使える場合は? (公益社団法人著作権情報センター)
http://www.cric.or.jp/qa/hajime/hajime7.html

著作権のライセンス交渉は、著作権の利用料や利用範囲などの条件が基本になりますが、それだけではありません。著作物は、何らかの思いや目的で作成された創造物です。従って、何のために、なぜ、その著作物を利用したいのか、それは著作権者にとって、どのような価値とリスクがあるかを考えた上で、ライセンス条件を交渉する必要があります。

本テーマの著者の田中康之氏は、TBSテレビ編成局、エポック社を通じてコンテンツビジネスの豊富な経験がある著作権の専門家です。観光庁が主催するロケツーリズム連絡会(現 ロケツーリズム協議会)のメンバーでもあります。

参考)
ロケツーリズム連絡会(観光庁)
http://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/kankochi/locatourism.html

今回は、ロケツーリズムの現場から、著作権のライセンス交渉を通じて、双方に価値あるWin-Win関係を作るために、どのような戦略的選択肢があり、実際に、どのような交渉が行われているのかの事例を、ご紹介したいと思います。

一色 正彦

1.ロケツーリズムとは

ロケツーリズムとは、映画やテレビ番組等でロケーションを行ったロケ地の撮影場所をファンが訪問することを「ロケツーリズム」と言います。また、アニメーションの場合には「聖地巡礼」とも言われています。

最近では、このようなロケツーリズムをシティープロモーションとして利用して、地方創生に繋げようとする自治体の動きが活発です。観光庁も一過性のブームで終わることなく持続的な集客の仕組み作りを支援しており、海外からのインバウンド向けコンテンツとしても期待されています。

ロケツーリズムで重要なのは、ロケ作品の映像利用です。ファンがロケ地を訪問した時に利用する「ロケ地マップ」や「ロケ地看板」に作品のワンシーンを使いたい場合には、著作権者の許諾が必要です。著作権法では、映画もテレビ番組等の映像作品を「映画」と呼び、映画の著作権は映画製作者に帰属します(著作権法第29条)。

参考)
著作権法29条(Wikibooks)
https://ja.wikibooks.org/wiki/著作権法第29条

よって映画のロケ地での撮影シーン写真をロケ地で利用するためには、映画の製作者から利用許諾を得ることが必要になります。しかし、このロケ作品映像の利用許諾はなかなか難しいのが実情です。

その理由は、製作者側がロケをするのは、もちろん映像収録が目的であってロケ地を宣伝するためではありません。でもロケ地がないと収録はできません。また、ロケ地での地元の協力がロケの成功、ひいては作品の完成度を左右すると言っても過言ではありません。

通常、ロケ地はプロデューサーや演出・監督が最終決定をしますが、その検討資料はロケーションハンティングするロケハンスタッフがリサーチします。そのロケ地情報に付随して現地のフィルムコミッションやエキストラ等の協力体制もロケ地候補要因として付加されます。

2.製作側とロケ地側の交渉内容とは

従来は、ロケ地の選定はロケ地となる地域が受け身となることが多かったのですが、ロケを契機としてロケーションツーリズムによるシティープロモーションを推進するためには、ロケ作品映像の利用許諾が必須となります。よって、ロケ地側もロケを受け入れるにあたっては、利用したいロケ作品映像や情報の利用許諾を予めロケ地として受け入れ条件として提示するようになりつつあります。

ここで、ロケ地として依頼する製作側とロケ地を受け入れる側との交渉が始まります。製作側としては、複数のロケーション候補先から作品のシーンに最適なロケ地を選定したい。自治体のロケ地側としては、魅力あるロケ地として有望な作品を受け入れたいという、それぞれのミッションがあります。ロケ地受け入れ側としては、魅力あるロケ施設の提供やエキストラの動員、更には出演者や撮影スタッフ対応として地元グルメのロケ弁や差し入れをして勧誘をします。

ロケ地にとって重要なのは、持続的な来訪を促すロケ地となることです。これは、作品映像に限らず、付随する情報や製作側がSNS等で発信するロケ地情報も含まれます。また、撮影終了後の美術セットの譲受や宣伝ポスターや出演者のサイン等もロケ作品のレガシーとなります。

このような多様な交渉を製作側とロケ地側とでしっかりと行われたものと、担当者不在で流れに任せたものとでは、言うまでもなくロケ地作品のロケ地での利用価値は全く異なります。また、ロケ地交渉過程において創造的な合意形成によって新たな利用価値が生まれるケースがあります。

それでは、次に、実際の成功事例と課題を残した事例を比較して「著作権と交渉の戦略的選択肢」について考えます。

<ロケ地交渉事例 お互いの目指すところが明確だったケース>

成功事例として、「東名高速綾瀬バス停渋滞●●㎞」の神奈川県綾瀬市があります。これまで足立区の「綾瀬」と良く間違えられていました。また、特段集客できる観光資源がなく、鉄道の駅もない街でした。それが、ロケ地受け入れに取り組んでから、今や「イケメンの集まる街」として呼ばれるようになり、ロケ地受け入れ件数増加と共に綾瀬市のロケ地を訪問するファンの数も増加して市民も盛り上がっています。

参考)
あの綾瀬が「ロケの名所」にのし上がった理由(東洋経済オンライン)
http://toyokeizai.net/articles/-/186402
《神奈川県綾瀬市》何もない街がイケメンが集まる街に(観光庁)
https://locatourism.com/case/97/

綾瀬市としては、何もない街から「ロケで進化する最先端のまち」として市長が陣頭指揮をとってロケ地誘致とファンの受け入れと地元グルメの開発によるシティープロモーションを推進しています。

綾瀬市は、この取組みに戦略的選択肢を準備していました。先ずは、綾瀬市として撮影するロケ隊に何を提供できるのかを考えました。これは、ロケ隊は何を求めているのかをヒアリングすることから始めました。そして、①ロケ隊からの問い合わせは綾瀬市役所に一本化して情報を一元化したことが、ロケ隊から評判が良くなります。②プロデューサーと「撮影規約書」を交わしてお互いの目指すところを明確にして明文化しました。そして、③市民エキストラも組織化して、エキストラ参加心得も徹底して協力体制を整えました。④おもてなしとしては、綾瀬地元グルメを開発して綾瀬産の豚肉を使った「とんすきメンチ」をロケ弁に提供して、出演者もロケ隊スタッフも綾瀬市のおもてなしによりすっかり綾瀬ファンとなり、多くの課題に対して合意形成に必要な信頼関係が生まれました。

ロケ作品のファンに対しては、ロケ地情報としてのロケ地作品の写真を使ってロケ作品の感動を追体験できるロケ地マップを製作して無償で提供を始めました。通常は、ロケ作品の観光利用のための出演者の映像利用許諾は難しいですが、最初からロケ地受け入れ条件として提示することで関係者への事前許諾が進みやすい傾向にあります。また、訪れたファンに対してもロケ隊に提供したものと同じ「とんすきメンチ」を提供するお店を紹介するなど「イケメン✕グルメで楽しめる綾瀬ロケ地MAP」の取組みをしています。

参考)
ロケ地看板が市内に登場しました。(綾瀬市)
http://www.city.ayase.kanagawa.jp/hp/page000032000...
あやせとんすきメンチ(ロケなび!)
http://locanavi.com/locataisupport/ayase-4/

この綾瀬市の取組みは、製作側とロケ地側のそれぞれの役割と要望を確認して、役所でありがちな「前例のない慣習」に取り組み、創造的な合意形成がされた賜物です。また、交渉結果を明文化して相互に認識を一致される努力は、お互いのスタッフにも周知されています。

イケメンの街と呼ばれる理由は、綾瀬市のロケ作品に、関ジャニ∞・嵐・旧SMAP・V6などイケメン人気グループのメンバーが出演する話題作が続々と綾瀬市で撮影されたことによるものです。最近では伊藤英明さん、生田斗真さん、綾野剛さん主演作品があります。芸能業界でもハードルが高い出演者のシーン写真も許諾を受けられるケースもあり、制作側と綾瀬市の戦略的交渉の結果として「イケメンの聖地」となりました。

<ロケ地交渉事例 お互いの求めるものが共有・合意されなかったケース>

交渉課題を残した事例としては、インバウンド人気でもあるアニメーション作品でロケ地となったケースです。アニメーションの場合は、背景設定において告知なく地域のランドスケープを撮影してデジタル変換をしてアニメーション化することから、作品の公開後に初めて我が地域がロケ地であることに気付く自治体がほとんどです。

この場合、地域に事前情報がなく、アニメーションのファンがロケ地に押し寄せて背景設定となった近隣の地域住民とのトラブルになるケースがみられます。これらの事象を回避するためには、アニメーション製作側も実写作品と同様に地域の風景を撮影時するにはロケ地となる自治体との情報交換を行い、ロケ作品を公共財としてロケツーリズム等を射程に入れた製作側とロケ地の自治体との合意形成とファンの聖地巡礼に対する対応が求められています。


田中 康之


田中 康之
<執筆担当>
知財関連(主に、著作権)

<交渉学との関わり>
大学院の交渉学講座を履修し、TA(ティーチングアシスタント)、講師の経験を経て学んだ交渉学の活用を続けている。

<アカデミック・バッグラウンド>
同志社大学商学部卒、金沢工業大学大学院工学研究科知的創造システム専攻修了・修士(工学)、東京大学大学院人間環境学専攻環境学博士課程修了・博士(環境学)、AIPE認定知的財産アナリスト

<ビジネス・バックグラウンド>
出光興産、TBSテレビ編成局(メディアライツ推進部長)、(株)エポック社執行役員(海外事業担当)を経て独立。コンテンツの資産評価、地域活性化の研究と共に、ベーカリーイノベーション事業を起業している。
金沢工業大学(K.I.T.)客員教授(イノベーションマネジメント研究科)、一般財団法人日本総合研究所客員研究員、(株)ベーカリーイノベーション研究所代表取締役社長、MiPS LLC代表社員


一色 正彦
<執筆担当>
全体監修、交渉学関連
<交渉学との関わり>
欧州で海外企業との技術提携交渉に苦労している時に、英国人より交渉戦略のアドバイスを受け、交渉学の存在を知る。その後、国内外のビジネス交渉に活用すると共に、東京大学(先端科学技術研究センター)と慶應義塾大学(グローバルセキュリティ研究所)の研究に参加し、その成果を用いて、交渉学の研究と学生・社会人に対する教育と人材育成を行なっている。
<アカデミック・バッグラウンド>
大阪外国語大学(現大阪大学)外国語学部卒、東京大学先端科学技術研究センター先端知財人材次世代指導者育成プログラム修了
<ビジネス・バックグラウンド>
パナソニック(株)海外事業部門(主任)、法務部門(課長)、教育事業部門(部長)を経て独立。大学で教育・研究を行なうと共に、企業へのアドバイス(提携、知財、交渉戦略、人材育成)とベンチャー企業の育成・支援を行なっている。金沢工業大学(K.I.T.)大学院客員教授(イノベーションマネジメント研究科)、東京大学大学院非常勤講師(工学系研究科)、慶應義塾大学大学院非常勤講師(ビジネススクール)、関西大学外部評価委員会委員(大学教育再生加速プログラム)、(株)LeapOne取締役(共同創設者)、合同会社IT教育研究所役員(共同創設者)
主な著書:「法務・知財パーソンのための契約交渉のセオリー」(共著、レクシスネキシス・ジャパン)、「ビジュアル解説交渉学入門」、「日経文庫 知財マネジメント入門」(共著、日本経済新聞出版社)、「MOTテキスト・シリーズ 知的財産と技術経営」(共著、丸善)、「新・特許戦略ハンドブック」(共著、商事法務)など。


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