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ビジネス交渉の戦略④~知的財産権を持つ価値とビジネス交渉

camera_alt (写真=Pressmaster/Shutterstock)

今回は、「知的財産権を持つ価値とビジネス交渉」をテーマにしました。「知的財産権」は、企業の事業活動から生み出され、特許権、意匠権、商標権、著作権等として、法律により保護される権利です。「知的財産権」にブランドイメージ、ノウハウ等を加えると「知的財産」、人的資産、組織力、顧客ネットワーク、技能等を加えると「知的資産」となる幅広い概念の基盤でもあります。

例えば、知的財産権の代表である特許権は、技術に関する発明(アイディア)を保護する知的財産権です。特許権を取得するには、特許庁に出願して、審査を受けて登録する必要があります。登録した権利は、出願後、法律により20年間保護されます。

知的財産権の交渉と言えば、ライバル会社が自社の権利を侵害した場合の警告や裁判などの紛争解決、他社が知的財産権のライセンス(許諾を得た実施や使用)を希望する場合の条件交渉が思い浮かぶと思います。しかし、これら以外にも、様々な知的財産権を持つ価値があります。

本テーマの著者の竹本和広氏は、コニカ㈱(現コニカミノルタ)知財部で特許の権利化、知財評価、知財教育等の経験を経て独立し、現在は、大学で教鞭を取ると共に、知財コンサルティングを行なっている知財のスペシャリストです。

今回は、企業経営の視点から、知的財産権のうち、特許権、商標権、意匠権のように、特許庁に出願して登録する「産業財産権」(著作権は、出願・登録が不要な権利であり、別の機会に取扱います)を中心に、知的財産権を持つ価値とビジネス交渉との関係について、ご紹介したいと思います。

一色 正彦


知的財産に係わるニュースというと、特許権侵害訴訟での差し止め請求や損害賠償請求がとかく注目されがちです。確かに、知的財産権は、排他的独占権と言われる権利者以外の者による実施や使用を排除する性格を有しています。

経営者に知的財産の効用を説く立場から、事業への影響が分かりやすく、ネットで検索すれば簡単に入手できる情報なので、これらのニュースを取り上げて、「知財はお金になります」とか「知財をやってないと重大な損失を被るリスクがあります」などと紹介することが少なからずあります。

しかし、そういう「切った張った」の権利行使だけが、企業における知的財産活動の目的だと解釈されてしまうと、「我が社はそういう事業環境にない」とか「大企業と争っても体力勝負で負ける」ということになり、知的財産活動から遠ざかってしまうことになりかねません。

今回は、権利行使だけではない知的財産の効用について、土生哲也著「元気な中小企業はここが違う!知的財産で引き出す会社の底力」(一般社団法人金融財政事情研究会、2013)で述べられている「知的財産の八つのはたらき」に基づき、重要なポイントをご紹介したいと思います。

著者の土生哲也氏は、日本開発銀行(現、株式会社日本政策投資銀行)で知的財産を担保にしたベンチャー企業向け融資やベンチャーキャピタルの担当などを経て独立し、活動している弁理士です。

企業の事業活動における「知財活動の全体像」は、次のような関係になります。

<ステップ1:社内に向けた知的財産活動>

まず、自社の日々の事業活動の中で知的財産が生まれていることを意識します。その上で、他の会社も知的財産を日々生み出していることを意識し、比較・分析することにより、知的財産を「かたちあるもの」にしていきます。具体的には、次のような活動です。

① 他との違いを「見える化」する

特許を権利化するためには、創造したアイディアが「新規であること(新規性)」「従来技術からは容易に思いつかないこと(進歩性)」といった登録要件を満足しなければなりません。そのため、自社の商品やサービスについて、他社と差別化するアイディアを考えることになります。

このプロセスを通して、自社の商品やサービスの新規性や進歩性を「見える化」することができます。

② 工夫の成果を企業の「財産」にする

自社で保有している有益な技術やノウハウ(保有技術)があると思います。しかし、それらがある特定の従業員が持つ属人性の高い保有技術の場合、その従業員が退職してしまえば、とたんにその保有技術は失われてしまいます。このような事態を回避するために、保有技術を権利化することにより、他の社員に移転・伝承できる形式知とすることができます。

このプロセスを通じて、保有技術を社内に維持することができ、自社の「財産」にすることができます。

③ 創意工夫の促進により社内を「活性化」する

上記の2つの取り組みにより成果が「見える化」されると、より良いものを生み出そうとする従業員の意欲が刺激されます。さらに、すぐれた成果を表彰するなど、インセンティブをつけることにより、従業員の創意工夫への取組みにより社内を「活性化」することができます。

以上のような活動は、必ずしも産業財産権の取得をともなう必要はありません。たとえば、特許取得の資金を十分に確保できない企業であっても、取組めるのではないでしょうか。資金を確保できるなら、産業財産権の取得に取組むのも良いでしょう。ただし、産業財産権は権利を取得して登録することにより、一定期間、法律により保護されるとは言え、他の会社に自社の技術やアイディアが公開されてしまうというリスクもあります。そのため、価値とリスクのバランスを十分考慮した上で、これらの活動に取組むことが重要です。


<ステップ2:社外に向けた知的財産活動>

次に、知財活動の成果である知的財産、知的財産権を外部に働きかけることで、事業の成功確率を高めることができます。

④ ライバル企業の動きをコントロールする

産業財産権を保有していた場合、ライバル会社に対して、排他的効力を活用して、自社の技術や事業を独占することや、権利をライセンスして収益を得ることにより、自社が優位な事業環境を獲得することにより、ライバル企業の動きをコントロールすることができます。

ここで、未だ権利化されていない出願中の産業財産権もライバル企業をコントロールする脅威になり得ることを付け加えておきます。たとえば、特許権の侵害やライセンス交渉の場合、特許庁の審査を経て、登録となった特許権に目が行きがちです。しかし、交渉時点において、未だ権利化されていない出願中の特許は、出願済みの書類の範囲内で変更(補正)したり、異なる権利範囲の新たな特許出願(分割出願)することが可能です。すなわち、ライバルの製品発売前に行った特許出願の権利内容を、ライバルの製品が侵害する内容に変更できる可能性もあるのです。

特許庁の特許公開公報で確認することができます。出願中の特許は、そのまま権利化されるとは限らないため、事業への影響を予測するのは難しいのですが、特許権の出願を調査し、分析することにより、ライバル企業が経営上にどのような脅威を持っているかを分析することができます。

⑤ 取引先との交渉力を強化する

ライバル企業の動きをコントロールするのと同様に、産業財産権の保有者は、取引先に対しても、独占(非独占)取引や価格等の取引条件において、有利な選択肢を持つことになります。そのため、取引先との交渉力を「強化」することができます。

⑥パートナーとの関係をつなぐ

新しい商品やサービスを発表する技術発表会や展示会後の問合せでは、必ずと言って良いほど「特許の状況はどうなっていますか?」と聞かれます。また、提携先候補を、特許情報を活用して探索するということも日常的に行われています。

技術提携や販売提携のパートナーが、相応の知的財産ポートフォリオ(商品や技術をカバーする複数の知的財産権群)を持っていることは、提携によりライバル会社と差別化する上でも有効です。さらに、第三者からの権利行使に対する対抗手段の強化にもなります。

産業財産権は、他社に使わせないためだけではなく、他社に使ってもらう、他社と提携するためにも有効に活用できるのです。


<ビジネス交渉における産業財産権の影響>

以上のように、産業財産権を取得して活用することは、企業の競争力強化や従業員の意欲向上など、様々な効果が期待できます。

業務・資本提携や合弁会社の設立など、他社との提携交渉において、交渉の協議事項に産業財産権の帰属や活用の条件が含まれていることがあります。この場合、単に、権利化された産業財産権だけにとどまらず、幅広い視点で提携条件における価値とリスクを検討する必要があります。

たとえば、特許権の帰属や活用について、大きな制約を受けたり、バランスの悪い条件に合意した場合、知的財産を生み出す主体である従業員の能力や取組み意欲、または、暗黙知を「見える化」したり、ノウハウとして管理する管理意欲にも影響します。さらに、ライバル企業への牽制やパートナー企業との提携関係にも制約条件となる場合があります。また、提携候補を調べる場合、相手の会社がどのような特許権を出願しているかについて調査することで、その会社の事業の方向性や強み、弱みを見つけることができます。

このように、知的財産権を持つ価値とリスクを理解し、自社の強みをより強化し、弱みを補強するために、必要な産業財産権を権利化することは有益です。また、取得した権利は、提携や紛争解決のようなビジネス交渉においては勿論、企業の事業価値を高めるためにも有効に活用することができるのです。

竹本 和広

竹本和広

<執筆担当>
知財関連(主に、特許権・商標権)
<交渉学との関わり>
大学院の交渉学講座を履修後、TA(ティーチング・アシスタント)、講師の経験を経て、交渉学の研究と学生・社会人に対する教育を行なっている。

<アカデミック・バッグラウンド>
神戸大学工学部卒、金沢工業大学大学院工学研究科知的創造システム専攻修了・修士
(工学)、一級知的財産管理技能士(特許専門業務)、AIPE認定知的財産アナリスト

<ビジネス・バックグラウンド>
コニカ(株)(現コニカミノルタ)知財部で特許の権利化、知財評価、知財教育等の経験を経て独立。大学で教育・研究を行なうと共に、企業への知財コンサルティングを行なって
いる。金沢工業大学(K.I.T.)客員教授(イノベーションマネジメント研究科)、産業能率大学兼任教員(知的財産権担当)、関西大学研究員(教育開発支援センター)、国立研究
法人宇宙研究開発機構(JAXA)招聘研究員(知的財産担当)、たかおIPワークス代表。


一色 正彦

<執筆担当>
全体監修、交渉学関連
<交渉学との関わり>
欧州で海外企業との技術提携交渉に苦労している時に、英国人より交渉戦略のアドバイスを受け、交渉学の存在を知る。その後、国内外のビジネス交渉に活用すると共に、東京大学(先端科学技術研究センター)と慶應義塾大学(グローバルセキュリティ研究所)の研究に参加し、その成果を用いて、交渉学の研究と学生・社会人に対する教育と人材育成を行なっている。

<アカデミック・バッグラウンド>
大阪外国語大学(現大阪大学)外国語学部卒、東京大学先端科学技術研究センター先端知財人材次世代指導者育成プログラム修了
<ビジネス・バックグラウンド>
パナソニック(株)海外事業部門(主任)、法務部門(課長)、教育事業部門(部長)を経て独立。大学で教育・研究を行なうと共に、企業へのアドバイス(提携、知財、交渉戦略、人材育成)とベンチャー企業の育成・支援を行なっている。金沢工業大学(K.I.T.)大学院客員教授(イノベーションマネジメント研究科)、東京大学大学院非常勤講師(工学系研究科)、慶應義塾大学大学院非常勤講師(ビジネススクール)、関西大学外部評価委員会委員(大学教育再生加速プログラム)、(株)LeapOne取締役(共同創設者)、合同会社IT教育研究所役員(共同創設者)

主な著書:「法務・知財パーソンのための契約交渉のセオリー」(共著、レクシスネキシス・ジャパン)、「ビジュアル解説交渉学入門」、「日経文庫 知財マネジメント入門」(共著、日本経済新聞出版社)、「MOTテキスト・シリーズ 知的財産と技術経営」(共著、丸善)、「新・特許戦略ハンドブック」(共著、商事法務)など。


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