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対話例から学ぶビジネス交渉②~トラブル発生!顧客からのクレーム交渉

(写真=Pressmaster/Shutterstock)

ビジネスにトラブルは付き物です。きちんと仕事をしているつもりでも、ヒューマン・エラーは発生し、トラブルは起こり得ます。重要な顧客からの注文に対してミスが発生し、クレームを受けてしまった場合、どのように対応する方法があるでしょうか。

今回は、ビジネス交渉で良くある顧客からのクレームに対して、最初に何をすべきで、何をすべきでないかについて、上司と部下の2つの対話サンプルを比較しながら、考えてみたいと思います。

<場面>
あなたは、データ解析サービスを提供しているITサービス会社の事業責任者です。重要な顧客からの注文に基づき、データ解析の結果を報告する会議において、提示した数字に誤りがあり、顧客から指摘を受けてしまいました。あなたは、早急にデータを再検証し、原因を分析した上で、1週間後、顧客に修正データと再発防止策を提示する必要があります。今回のミスで顧客の信頼は揺らぎつつあり、次回の会議で了承してもらえない場合は、現在進行している別件の大型プロジェクトの採用にまで影響する可能性があります。

以下は、上司であるあなたと本件を担当した部下との対話場面です。対話サンプルAと対話サンプルBの内容を比較してみてください。


<対話サンプルA>

上司発言:
「先日作成を依頼した資料について、君に聞きたいことがある。記載されていた数字にミスがあり、顧客から厳しくクレームされてしまった。そのお蔭で、私のメンツが丸つぶれだ。こんなことでは、これから君と仕事ができない。」

部下発言:
「その件のいきさつは聞いております。本当に申し訳ございません。私の言い訳など多分お聞きになりたくないと思いますが、大変恥ずかしい気持ちで一杯です。」

上司発言:
「君はしっかりしていると思って本件を任せたのに、今回、どうしてこんなミスをしたのか全くわからない。もう、二度とこのようなミスはしないと約束してくれ。」

部下発言:
「本当に申し訳ございません。今後は、このような事がないように致します。」

上司発言:
「まあ、終わったことは仕方がないな。これからしっかりと頼むよ、1週間後に再提示するので、急いで作り直してくれ。」

<対話サンプルB>

上司発言:
「先日作成を依頼した資料について、君に聞きたいことがある。記載されていた数字にミスがあり、顧客から厳しくクレームされてしまった。」

部下発言:
「その件のいきさつは聞いております。本当に申し訳ございません。私の言い訳など多分お聞きになりたくないと思いますが、大変恥ずかしい気持ちで一杯です。」

上司発言:
「それはわかるよ。私もひどい気分だ。まずは、この資料作成に関する足取りをたどって、どうしてこのようなミスが起きたのかを考えてみよう。君の目から見て、何かいつもと違いがあっただろうか。」

部下発言:
「いつもは重要な数字は再確認の上で使用するようにしています。しかし、先日、本件を指示された際には、かなりお忙しいときだったようで、お聞きできない雰囲気でした。そのため、今回の数字を確認できませんでした。急ぎの案件でしたので、そのまま使用してしまいました。」

上司発言:
「確かに、あの時は他のトラブルで忙しくしていたな。やはり、どんなに忙しくとも、再確認は必要だ。今後、そう言う時は、遠慮せず、聞いてくれて結構だ。それでは、再提示は1週間後なので、本件をどのように対応するかを相談しよう。」

(ダグラス・ストーン、ブルース・パットン、シーラ・ヒーン、序文=ロジャー・フィッシャー、松本剛史訳、「話す技術・聞く技術(原題:Difficult Conversations How to Discuss What Matters Most)」、日本経済新聞出版社、2012、P181-121より作成)

二つの対話例にはいくつかの違いがありますが、その中から「責任」の問題と発生した損害を拡大しないための「ダメージ・コントロール」という二つの観点から、ご説明します。

トラブルが発生し、自分に責任が及びそうになった時、責任を回避するために他の誰かにその責任を負わせたいという心理が働くことがあります。数多くの交渉中の対話例を分析したハーバード大学の交渉学研究では、問題の発生時に、責任問題から追及するアプローチについて、次のように述べています。

「“責め”に焦点を当てることがまずいのは、私たちが問題の本当の原因となっているものが何かを知り、それを修正するための行動を起すことの妨げになるからである。そしてまた、“責め”は往々にして的はずれで、アンフェアなものだからだ。誰かに責めを負わせたいという衝動はまさしく、自分と相手との間に争点を引き起こした誤解と、自分が責められることへの恐れに基づいている。また、人はしばしば、自分の傷ついた感情を直接口にする代わり相手を責めるが、これも良いことではない。」

(同書、P115-116)

その上で、責任問題を追及することから交渉を始める代償として、責めを受けた相手が反発したり、反撃したりすることにより、問題解決が困難になると述べています。そして、トラブルの原因にそれぞれが何らかの関与がある可能性に着目し、問題を迅速に解決するために、責任問題を封印して、それぞれがどのように関わったかを分析し、協力して問題を解決する方法を推奨しています。

対話サンプルAでは、顧客との問題が解決していない段階において、上司が部下に対して、「責め」のアプローチをしています。責任を追及された部下は、謝罪はしていますが、今後、防衛的な姿勢で対応する可能性が高くなり、本当の原因究明が難しくなります。

更に、もし、部下が反発や反撃してきた場合、上司は顧客と部下の両方の問題を同時に解決する必要性に迫られることになり、問題解決がより困難になります。

また、対話サンプルAは、上司は自分に責任はなく、部下に責任があると判断して、部下の責任を追及しています。しかし、原因が不明なこの段階では、責任問題について、少なくも、次の5つのケースが考えられます。

  1. 部下に責任があり、上司には責任がない
  2. 上司に責任があり、部下には責任がない
  3. 上司と部下の両方に責任がある
  4. 上司にも部下にも責任がなく、他の誰か、もしくは何かに責任がある
  5. どこの誰、もしく何に責任があるかがわからない

上司が判断しているように上記1である可能性はあります。しかし、上記2~5の可能性もあり、事実確認が不十分な段階で判断することは危険です。

対話サンプルBは、1週間後の再提示により問題を解決することを優先し、責任問題を封印して、事実関係を確認するアプローチです。この方法により、迅速に問題を解決できる可能性が高くなります。

しかし、責任問題はいずれ議論すべき問題です。なぜなら、最終的には、原因を特定し、責任問題を明確にしない限り、同じ問題が再発するリスクを抱えることになるからです。

それでは、責任問題はどのタイミングで議論すれば良いでしょうか。

「ダメージ・コントロール」という考え方があります。元々、次のような定義で用いられる軍事用語ですが、現在では、企業の品質管理や医療現場などでも広く用いられています。

「敵の攻撃などによって損害を被った際、その損害が広がらないように施される事後の措置。「ダメコン」と略されることもある。被害自体を受けないように装甲を強化するなどの方策は含まれず、既に起きてしまった事象に対して行われる対処のことを指す。」

(Weblio辞書:http://www.weblio.jp/content/%E3%83%80%E3%83%A1%E3...

次の図は、自社の商品やサービスに品質問題が発生したメーカーなどが、損害拡大を防止するための品質問題の対応フロー例です。

このフローの特徴は、責任に応じた妥当な負担という「責任問題」を最後に議論することをルールにしていることです。事実確認から原因究明の段階において、すぐに原因が分かり、有効な対策が打てれば良いのですが、時間を要するのが通常です。また、責任を巡る5つのケースをご紹介しましたが、いずれの責任かわからない状態で、損害の拡大を防止するために、すぐに対策を行なう必要に迫られることもあります。

原因が明確になるまで何にも対策を行なわないと判断した場合、発生した損害が拡大する可能性が高くなります。そのため、対策については、①緊急対策、②暫定対策、③恒久対策という3段階に分けて、できるだけ損害が拡大しない方法を目指しています。

そして、最後には、原因を明確にして、責任に応じた妥当な負担により責任と賠償の問題を解決する方法です。

損害拡大を防止するためには、事実確認から責任・賠償に至るプロセスにおける順番が重要です。もし、最初に責任・賠償の問題から議論すれば、責任を追及された当事者が防衛的になります。そのため、問題が迅速に解決できる可能性が低くなり、損害が拡大する可能性が高くなります。

一方、問題が発生した後、迅速に関係者が協力して損害の拡大を防ぐことができれば、最後に責任問題を議論する場合にも、冷静に対応できる可能性が高くなります。

対話例から学ぶビジネス交渉①で、質問は、何を、どの順番で、どのような表現で聞くかにより効果が異なることをご紹介しました。トラブルやクレームを解決する交渉においても、同じ事が言えます。交渉の協議項目をアジェンダ(AGENDA)と言います。何をアジェンダにするか、どの順番で交渉するか、どのように相手に表現するかは、交渉の結果を大きく左右します。

問題が発生した時に冷静に対応するのは難しいものです。従って、事前に問題に対応するルールを決め、関係当事者となぜ、その方法が必要で、有効であるかを共有しておく必要があります。

コンプライアンス(法令順守)の分野では、このような取組み方法は「Do’s and Don’ts(何をすべきか、何をすべきでないか)」と言われています。この方法は、クレーム交渉への対応においても、有効です。

<本事例のポイント>

顧客からのクレームなど、問題が発生した場合、最初に行なうべきなのは、迅速な事実確認であり、避けるべきなのは、責任問題の追及である。

発生した問題による損害を拡大しないためには、関係者が協力して、迅速な事実確認から、原因究明を行ない、緊急から恒久までの根本対策を行なう必要がある。

そして、責任問題は、最後に、問題の再発を防ぐ目的で、冷静に交渉することが重要である。事前に「Do’s and Don’ts」を決めておくことは、クレーム交渉の場合にも、有効な対応方法である。

一色 正彦

<執筆担当>
全体監修、交渉学関連
<交渉学との関わり>
欧州で海外企業との技術提携交渉に苦労している時に、英国人より交渉戦略のアドバイスを受け、交渉学の存在を知る。その後、国内外のビジネス交渉に活用すると共に、東京大学(先端科学技術研究センター)と慶應義塾大学(グローバルセキュリティ研究所)の研究に参加し、その成果を用いて、交渉学の研究と学生・社会人に対する教育と人材育成を行なっている。

<アカデミック・バッグラウンド>
大阪外国語大学(現大阪大学)外国語学部卒、東京大学先端科学技術研究センター先端知財人材次世代指導者育成プログラム修了
<ビジネス・バックグラウンド>
パナソニック(株)海外事業部門(主任)、法務部門(課長)、教育事業部門(部長)を経て独立。大学で教育・研究を行なうと共に、企業へのアドバイス(提携、知財、交渉戦略、人材育成)とベンチャー企業の育成・支援を行なっている。金沢工業大学(K.I.T.)大学院客員教授(イノベーションマネジメント研究科)、東京大学大学院非常勤講師(工学系研究科)、慶應義塾大学大学院非常勤講師(ビジネススクール)、関西大学外部評価委員会委員(大学教育再生加速プログラム)、(株)LeapOne取締役(共同創設者)、合同会社IT教育研究所役員(共同創設者)

主な著書:「法務・知財パーソンのための契約交渉のセオリー」(共著、レクシスネキシス・ジャパン)、「ビジュアル解説交渉学入門」、「日経文庫 知財マネジメント入門」(共著、日本経済新聞出版社)、「MOTテキスト・シリーズ 知的財産と技術経営」(共著、丸善)、「新・特許戦略ハンドブック」(共著、商事法務)など。