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平成をザワツカせたM&A事件【4】カネボウ

 「カネボウTOB事件(注1)」の東京高裁判決(2008年7月9日)」(以下、高裁決)を破棄した最高裁判決(2010年10月22日)(以下、最決)は、法曹界に"全てのM&A実務家に震撼を与えた(注2)"と言わしめた(注3)。

高裁と最高裁の判決

 議決権割合で2/3以上を占めるカネボウC種類株式を、投資ビークルが相対取引で取得したディールについて、東京高裁は「そもそも論」を展開し、「公開買付け(TOB)規制の趣旨に反している」と判示したと考えられる。つまり、高裁は、「TOBにおいてはプレミアムを少数株主にも平等に分配する」ことが「法の趣旨である」と主張したのであろう。
 最高裁は、「趣旨に反している」か否かについて、真逆の判断を下している。まず、旧・施行令(2006年政令377号による改正前の証券取引法施行令)が導入された目的について、

・事業再編の迅速化及び手続きの簡素化を図るため
であり、
・ 25名未満要件を特定の種類株式の株主に限定しなければ、その目的が果たされない

と説示。さらには、<裁判官・須藤正彦の補足意見>なるものが付け加えられていて、『本件に即していうならば、経営難に陥った企業の事業再編等の成就のためには(中略)資金投入がしばしば必要とされるところ、(中略)原審のような解釈は、出資者をして(中略) 出資を控えさせることにもなりかねないから、避けねばならないのである。』とした。
 最高裁は、「(少なくとも)資本再構成を要する再生案件では、種類株式を利用した支配権の移動と(それに続く)スクイーズ・アウトが可能でなければ、意味がない」という考えを明確にした、と解釈できるだろう。つまり、少数株主にも平等にプレミアムの分配を強要する日本のTOBは、事業再編を阻害する可能性があり、緩和されて然るべきとの立場であろう。

TOBルール改正振り子

 TOBルールを規定する「証券取引法・金融商品取引法」、「証券取引法・金融商品取引法施行令」並びに、「内閣府令」は度々改正されているが、規制強化と規制緩和が繰り返されている。

【強化】
1990年改正 強制公開買付規制導入
1994年改正
2004年改正
2005年改正 立会外取引も規制対象に
2006年改正 全部勧誘・買付義務 及び スピード規制

【緩和】
2003年改正 適用除外規定整備
2011年改正 自社株対価TOB解禁(ただし)
2012年改正 PTS取引への適用緩和

【参考:カネボウに関する取引と判決】
2005年 (産業再生機構、カネボウC種類株式を譲渡/12月16日)
2006年 (カネボウ化粧品、カネボウC種類株式を譲渡/2月21日)
2007年 (東京地裁判決5月29日)
2008年 (高裁決7月9日)
2010年 (最高裁判決10月22日)

最高裁判決裏読み

 2006年証券取引法が改正(大改正)され、買付け等の後の株券等所有割合が2/3以上の場合に「全部勧誘義務及び全部買付義務」が課された。合わせて、新しい政令(平成18年内閣府令第86号)も施行された(施行12月13日)。同政令による改正後の「発行者以外の者による株券等の公開買付けの開示に関する内閣府令」=新・他社株府令2条の5第2項(注7)によれば、「支配権の移動を伴う場合は、他の株主の同意も必要である」ことが明確にされている。
 資本再構成を要する再生案件であっても、種類株式を利用した支配権の移動と(それに続く)スクイーズ・アウトを可能にするには、他の株主の同意が必要ということである。
 経産省や金融庁は(当時)TOBルールを更に強化することを考えていたようであるが、当該最決は、その動きに対しても、真っ向から反対していると捉えることも可能かもしれない。
 2010年12月24日付、日経新聞朝刊13面には、「高裁の判断が、経済界の反対にあって、最高裁で覆された」との記述を見ることができる。この意見には、十分な真実が含まれているように思える。
 カネボウ事件(カネボウ少数株主損害賠償請求事件)について最高裁は、『その良識と健全な実務感覚とを天下に示した』(注8)と、高い評価を得たわけだが、上記のような「根底から覆すような」判決についてプレッシャーを受けた結果、無難な判決を下しただけなのもしれない。

南青山リーダーズ株式会社 編集部

【脚注】
注1 カネボウ事件東京高裁判決とTOB規制(スクランブル)、商事法務、1846号、p.62
注2 何が実務家を震撼させたのだろうか。
 (1) (単純に)金融庁が公式に示していた金商法の解釈が真っ向から否定されたからか?
 (2) 法令解釈に明らかな誤謬があるからか?
 (3) TOBルールに則った買付けを行わなかった者に損害賠償義務を課したからか?
 (4) 判示内容が粗雑な結果、広範囲にわたって実務に悪影響を与えるからか?
 (5) "そもそも論"を議論している(ように見える)からか?
 高裁決に対する最もプアな批判は、(1)であろう。「専門知識を持たない裁判所は実務を追認すればよい」や「実務を知らない者が杓子定規な文理解釈を行って突飛な判決を書いてしまった」(注4)という批判が、それ当たるだろう。法解釈は裁判所の専権判断事項なのだから、これに対しては、議論する価値はないだろう。
 (2)は頻繁に取り上げられているが、(4)になると少ない(注5)。
 (5)あるいはフェアネスについて議論した論稿は、ほとんどないと思われる(注6)。
注3 投資ファンドが組成した投資ビークル「トリニティイン・ベストメント」が、産業再生機構とカネボウ化粧品からカネボウが発行したC種類株式を公開買付けによらず、相対で買付けたことについて、違法性が争われた事件。一審(東京地裁2007年5月29日)では適法とされていた。
注4 カネボウ事件東京高裁判決とTOB規制(スクランブル)、商事法務、1846号、p.62
注5 例えば、太田洋・中山達也、種類株式の買付けを通じた上場企業の買収と公開買付規制、金融・商事判例、1351号、pp.2-15
注6 大局的な議論を展開している論稿には、以下がある:
 a)田中信隆、カネボウ控訴審判決の教訓、商事法務、1852号、pp.4-12
 b)カネボウTOB事件最高裁判決の意義(スクランブル)、商事法務、1914号、p.58
 c)武井一浩、種類株式と公開買付規制に関する最高裁判決、金融・商事判例、1353号、p.1
 また、飯田秀総、カネボウ少数株主損害賠償請求事件最高裁判決の検討、商事法務、No.1923、pp.4-18、では『種類株式の発行に関して適切なルールが用意されていれば、"法律の立場からは"、アンフェアとまでは言えない』が『もしかすると社会的には、問題があるかもしれない』と結論付けている。
注7 買付け後の株券等所有割合がA.2/3以上になる場合は、
 ①買付けの対象となる株券等の所有者の書面による全ての同意

 ②-1)買付けの対象とならない株券等について種類株主総会で公開買付けを行わないことに同意する決議がなされる
か、
 ②-2)買付けの対象とならない株券等の所有者が25名未満の場合であれば、その所有者の全てが書面で同意していることを要件とし、B.2/3以上にならない場合は、買付けの対象となる株券等の所有者の書面による全ての同意で足りる。
注8 スクランブル、商事法務1917号、p.50。

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