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平成をザワツカせたM&A事件【3】サンスター

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 サンスター株式会社が行った同社のマネジメント・バイアウト(MBO、サンスターの主張ではMEBO)に伴う株式公開買付(TOB)に関連した株式取得価格決定事件では、大阪高裁で奇妙な決定が下された。この奇妙な決定がなされた背景を吟味したい。

案件概要

 大阪に本社を置くオーラルケア製品の製造・販売を行う企業サンスターは、1株650円でMBOを完遂するために公開買い付けを実施した(サンスターは本MBOを、マネジメントと従業員が共同で行うバイアウトMEBOと主張している)。公開買い付け期間は、2007年2月15日~3月15日である。MBOの”仕上げ”としての全部取得条項付種類株式を利用して行われたスクイーズ・アウトについて、反対株主が適正な価格決定を申し立てた。大阪地裁はTOB価格と同額の650円を適正な価格とした。一方、大阪高裁は840円とした。
 サンスターは最高裁へ抗告することの許可を求めて、大阪高裁に許可抗告の申立てをしたが、2009年9月28日付で最高裁判所に抗告することを不許可とする決定(以下「本許可抗告不許可決定」といいます。)がなされた。この抗告許可不許可決定を不服として、さらにサンスターは、最高裁に特別抗告を申立てたが、2010年2月23日付で最高裁において、特別抗告を棄却するとの決定がなされた。
 これにより、大阪高裁決定が確定した。

解題

 買取価格を決定する際に、過去平均株価が利用されている理由を再考・整理してみよう。(1)第三者割当増資の発行価格が有利発行に当らない条件を判断した過去の判例、及び(2)過去平均株価にプレミアムを加算してTOB価格が決定されている(という誤解?)、の2つの理由があると思われる。

(1)日本では、(株式買取請求権行使に伴う)株式買取価格決定申立事件に関する判例は、十分に蓄積されていないが、第三者割当増資における有利発行に関する判例は豊富である。(実務上、6ヶ月を越えない期間にわたる株価の過去平均の90%までなら有利発行でないことが、宮入バルブ事件(東京地決04.6.1)で確立されたと考えられている。)
 レックスHD事件高裁決定では、6ヶ月間の単純平均を採用した理由の一つとして、日証協の第三者割当増資の取扱いに関する指針を上げているが、第三者割当増資で有利発行か否か? を判断する対象を過去平均株価とした理由は、引受企業の負担を減らすためと考えられる。
 仕手筋等の株買占めによって“異常に高騰した”価格で株式を引き受けることは、引受企業(この場合、ホワイトナイトと呼ぶ方が分かり易い)にとって合理的ではない。ホワイトナイトが現れない可能性がある。それを避けるため、過去の株価を最大6ヶ月という長期間にわたり平均化することを認め、異常に高騰した価格を可能な限り低下させた価格での引受を可能にした、と考えられる。
 つまり、企業の客観的価格を算出するために過去株価が平均化されたわけではないし、過去平均株価が企業の客観的価格を表すわけではない。
(2)適当な過去平均株価にプレミアムを加算してTOB価格が決定されるというのは、本当に誤解であろうか。確かにPEファンド等がプレミアムの水準を予め決めて、TOB価格を算出しているわけではない、という意味では誤解といえる。しかし、だからといってプレミアムに”相場”がないわけではない。例えば、アビーム(2008)は、『算定期間1ヶ月のVWAPに対して、実務の蓄積により(注1)、プレミアムの適正相場というものが形成されつつあるように見受けられる』と書いている(注2)。
 相場から乖離していないプレミアムを加えた金額を参考にして買付価格を決定することは、実務から離れた作法ではない。アビームが言うところの『バリュエーションもさることながらプライシングの過程が極めて重要である』という意見に同意するならば、むしろ”実務的”であるとさえ言える。1ヶ月VWAPを客観的な株価と考えても、それだけで不合理とは言えない。実際、1ヶ月VWAPは、サイバードHD事件で客観的価格として採用された。ただし、同事件で客観的価格を定める必要性、並びにVWAPを客観的価格とする必然性は低い。

小括

 まとめると、公正な価格を、客観的な価格+プレミアムで算出する場合であって、かつプレミアムが適正相場から離れていない場合には、適当な期間のVWAPを客観的な価格と考えることには、一定の合理性がある。しかし、上記ロジックでは、「ある時点の株価」に比べて、VWAPが客観的な価格として、より適切であると主張することはできない。あるいは、「組織再編における取得価格」に比べて、VWAP×(1+プレミアム)が”公正な価格”としてより適切であると主張することはできない。
 「ある時点の株価」に比べて、平均株価がより適切と主張できるケースは、ある時点の時価が明らかに客観的な価格から“大きく”乖離していると主張できるケースに限定されるだろう。”大きい/小さい”といった定量的議論は紛糾するが、議論の紛糾を押さえ込めるケースは、恣意的に株価が操作されたと主張できる(以下、特段の事情が認められる)ようなケースに限定されるだろう。

 つまり対象企業が、株価を下げることを意図した業績下方修正を、絶妙なタイミングで行ったと判断できるようなケースでは、ある時点の株価よりも、適当な期間の平均株価のほうが、客観的な価格としてより適切であると主張することが可能であろう。
 また、「組織再編における取得価格」に比べて、平均株価+プレミアムがより適切であると主張できるケースは、組織再編行為が不透明かつ非合理的に行われたと疎明できる場合に限定されるだろう。それは、”特段の事情が認められる”ケースであろう(レックスHD事件で東京高裁第五民事部の小林克己裁判長は「本件MBOの実施を念頭において、決算内容を下方に誘導することを意図した会計処理がされたことは否定できない。」との見解を示した)。

奇妙な決定と、その背景

 サンスター事件の高裁判決では、TOBが発表された「1年前の株価に近似する」700円を買取価格とした。これが、冒頭に述べた“奇妙な”決定であり、この決定の背景を吟味しよう、というのが議論の主題であった。
 高裁は、次のように考えたのではないか:もし、特段の事情で株価が歪んでいるならば、株価が歪んだ期間を除外することは当然として、その後、平均操作をする必要性は何だろう? 平均を採ることで、どのような違いが生まれるのか? 株価が歪む“直前”の価格(時価)を採用すれば、それが、より適切ではないか、と。

 本ロジックを適用すると、答えは次のようになる:”適当な平均株価(1ヶ月VWAP)を採ると、対応するプレミアムには、「これまでの実務の蓄積」により、「相場観」が形成されているため、当該平均株価を「客観的価格」と解釈できる。”一方、TOB発表1年前の株価=TOBの影響が及ばない時点での株価に対応するプレミアムに、適正相場が形成されるとは考えられない。つまり、本ロジックに従えば、高裁判決は正当化できないことになる。高裁の意図は、不正な会計操作に対する”一罰百戒”であろうが、非訟事件とは言っても、裁判所にそこまでの裁量があるのかは疑問であろう。カネボウ事件では、東京地裁が、8.5%の株式リスクプレミアムを専門家の裁量範囲内と認定したため、大きな波紋を呼んだ。
 余談ながら、サンスター事件で大阪高裁は、KPMG FASが作成した報告書に、a)「情報の正確性及び完全性に関する検証を行っていない」、b)「J-GAAPに準拠した監査手続きを実施していない」、c)「(KPMG FAS)は財務予測の実現可能性に関して責任を負わない」、という文言が記載されていることを理由に、同報告書を(プレミアムの算定に)使用できないとした。これは、如何に裁判所が実務を知らないかを知らしめた。
 欧米会計事務所を源流とするファイナンシャルアドバイザリー会社に限らず、投資銀行が作成する資料にも、ガチガチのdisclaimerを付ける。それは”業界”の常識である。それすら裁判所は知らないという事実は、他の決定の正当性をも疑わせたように思える。
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注1 2004~2007年の間にTOBの内、ディスカウントTOBを除く案件が調査対象である。VWAP算定期間は1ヶ月であるが、その基準日は、TOB開始に関するプレスリリースの前日である。ただし、プレスリリースが取得できない場合、公開買付届出書提出日の2日前を基準日としている。

注2 P.180を参照。一方、アビーム(2008)では「直近の平均価格にプレミアムを乗せてTOB価格が算出されるわけではない」(p.177)とも書かれている。なお鈴木一功氏は、『米国の場合、20営業日前の株価に20~50%のプレミアムで買収価格を算出するのが一般的だ。』と述べている(日経ビジネス、2009.5.4号、p.61)。また服部(2008)で扱われている買収プレミアムは、日米での比較を含んでいるためか、”買収発表4週間前”の株価を対象としている(鈴木氏のコメントと整合性を有する)。ちなみに、服部(2004)で扱っているプレミアムの対象は、「欧米の主な合併案件==>発表前90日間の平均株価」、「日本の主な合併案件==>発表前30日間の平均株価」である(p.209、図12-3)。

【参考文献】
アビームM&Aコンサルティング、M&Aにおけるプライシングの実務、2008
服部暢道、実践M&Aハンドブック、2008
服部暢道、実践 M&Aマネジメント、2004

南青山リーダーズ株式会社 編集部

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