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平成をザワツカせたM&A事件【2】TBS・楽天

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前置き

 1996年ニューズコーポレーションはソフトバンクと組み、テレビ朝日を買収しようとした。旺文社から21%の株式を取得して筆頭株主となったが、最終的には朝日新聞が買い取る形で終結した。およそ10年後の2005年ライブドアは、村上ファンドと組み(実質的に)フジテレビの買収を画策したが、紆余曲折の末にとん挫した。
 楽天は、TBSに狙いをつけた。

事件の経緯

 楽天は、村上ファンドからTBS株を譲り受けた後、市場で買い増し、19.09%を保有するまでになった。しかしTBSは、単独の株主が議決権を33%までしか保有できないという"特例"が適用される、放送法上の認定放送持ち株会社に移行することが認められた(2009年4月1日)。こうして、支配権獲得する楽天の試みは水泡に帰した。
 その後、楽天が保有する株式をTBSがいくらで買い取るかが裁判で争われた。一連の騒動は2005年に始まり2009年に終結したが、その間に商法→会社法、証券取引法→金融商品取引法と大きな変更があった。

シンプルな論点

 旧商法で買取請求できる「公正な価格」は、『組織再編行為がなかりせば得られたはずの価値』を基準としていた。組織再編行為は価値を破壊することもありうる-分かりやすく言えば、シナジーには負のシナジーも存在する-ため、会社法下でも旧商法の”なかりせば”ルールは存続している。(ちなみに、”なかりせば”ルールは、日興コーディアルグループ株式買取価格決定申立事件(東京地裁平20(ヒ)第112号)でも主張されている。)
 TBSに対して楽天が行った株式買取請求は、この”なかりせば”ルールに依拠しているが、次の3点から、”なかりせば”ルールは基本戦術として有効でないと考えられる。

 (1) 本件で”なかりせば”が成立するということは、改正放送法-認定持ち株会社への移行-が、テレビ局の事業価値を毀損することを認めることである。この主張には一理あると思えるものの、裁判所がそれを認めるはずはない。(東京地裁では「TBS株価下落率はTOPIX下落率とほぼ同様」とされた。一方、東京高裁は、「TOPIXに比べてTBS株式の下落率は41.4%と著しく高い」と認定したが、それは認定放送持株会社化に起因しないとした。何があっても、持株会社化が価値を毀損したという結論は出さないはずである。)
 (2) TBSの認定持ち株会社化により、楽天は1/3を超える議決権の保有が不可能になった。これが”通信と放送の融合”を不可能にし、楽天は不利益を蒙ったと主張しているわけであるが、楽天とTBSが業務提携・資本提携することで、お互いにシナジーが得られるということが明白でないため、”なかりせば”ルールの適用は難しい。
 通信と放送の融合が、仮に、新たな価値をもたらすとしても、TBSの課題は「そこにはない」ことが明らかである。視聴率の採れるコンテンツを作り出せるようになることこそが重要であって、既存コンテンツの使い回し等で価値を増やそうとすることは、本質ではない。あぜ道に回避するような施策こそ、価値を毀損する行為と考えられる。
 (3) 楽天が、公正価格の算定基準日とした改正放送法の成立日は2007年12月21日である。一方、TBS側の基準日は、買取請求権行使日である2009年3月31日である。なお、組織再編行為の効力発生日は、翌4月1日である。
 日興コーディアルグループ株式買取価格決定申立事件では、反対株主甲並びに丙が主張する基準日が、「組織再編行為の効力発生日」から、2年近く(甲)、並びに1年以上前(丙)であることから、”相当でない”と判断している。
 この判断を援用すると、楽天の主張する07年12月21日は、効力発生日の09年4月1日から1年以上前であり、”相当でない”と判断される可能性が高い、と考えられる(注1)

 楽天側のロジックは通らず、TBS側の主張が認められる可能性は極めて高い。もっとも、楽天側も、このことは十分に承知しているだろう。
 では、なぜ株式買取を請求したのか、というと、法曹関係者から指摘されている通り、税務メリットを狙ってのことであろう。【税制改正により、2010年10月1日以降は、事後に株式買取請求権を行使して発行会社に買い取らせることを目的に株式を取得したものについては、「みなし配当課税」を適用しないものとされた。】
 この税務メリットを狙った請求を、裁判所がgreedyと判断することは考えられないので、効力発生日もしくは株式買取請求権行使日の株価で買取りが行われ、それに対応する税務メリットを楽天が享受するという形で決着すると予測できる。効力発生日は、株式買取請求権行使日の翌日である。

地裁判決

 新聞報道によれば、2010年3月5日東京地方裁判所は、買取価格を”1,294円”と決定した。これは、2009年3月31日(株式買取請求権行使日)におけるTBS株価終値である。
 「公正な価格」の算定基準日としては、A)組織再編の効力発生日、B)買取請求権行使日、C)それ以外、の3つが有り得る。レックスHD事件と日興シティ事件では、A)が支持されたと考えられている。本地裁判決では、B)が採用されたのであるが、公正な価格として算定基準日の終値ではなく、基準日までの1ヶ月VWAPが採用された。当該VWAPは1,255円で、TBS側が主張する1,294円よりも低いため、買取価格を1,294円と決定した。 本件では、買取価格としてVWAPは適切でないと考えられるが、その理由は他の機会に譲る。

 買取請求権行使日を基準日とすることへの反対意見として、次のような意見がある:反対株主がいつ買取請求したかによって基準時が異なることになり、結果として公正な価格も株主毎に異なり得る。例えば、。ちなみに、基準日を組織再編の決議日とすることは、「あおみ建設事件」で明確に否定されている(金融・商事判例、1339号、p.63)。

高裁判決

 2010年7月7日、東京高裁第22民事部は地裁決定と同じく、買取価格を1,294円とした。しかし、その算出ロジックは全く異なる。高裁は、基準日を上記B(正確には、買取請求権行使期間の末日)とした上で、基準日の終値を「公正な価格」とした(注2)。
 つまり、”特段の事情がない限り、株価の補正は不要で、市場価格を公正な価格とみるのが、より合理的”であり、(価格決定が裁判所の裁量的判断であることを前提としても)”VWAPの採用は説明が困難というべきである”との判断を示した。機械的なVWAPの適用を阻止した判例として、重要な意義を持つだろう。東京高裁は地裁よりも、理に適った判断をしているように思われる。
 もっとも東京高裁が効力発生日を基準日に選ばなかった理由は、消極的なものかもしれない。『(株式買取請求に係る)株式の買取りは、(組織再編行為の)効力発生日に、その効力を生じる。ただし、吸収分割の場合は、当該株式の代金支払い時に、株式買取の効力が生じる(会社法786条の5)。したがって、吸収分割の場合、公正な価格を定める基準日を、分割の効力発生日とする合理的な根拠は見当たらない。』という理由で、基準日=効力発生日が否定されている。

最高裁決定

 2011年4月19日、最高裁第三小法廷決定(以下「本決定」という)が出た。本決定は、吸収分割等によりシナジーその他の企業価値の増加が生じない場合における基準日は、原則として、株式買取請求を行った日であると判示した。
 (シナジーが発生しなければ普通の売買と同じであるから)売買契約が成立したのと同様の法律関係が生じる時点&株主が会社から退出する意思を明示した時点をもって基準日とするのが合理的であるというのが、決定理由である。そして、その時点は 株式買取請求権行使日である、とした。高裁と最高裁の基準日は、表面的には同じであるが、実際は異なる。高裁は、買取請求権行使期間の末日というピンポイントの日を基準日としている。買取請求権行使期間内は、いつでも買取請求権行使日になりうるが、最高裁は、任意の日で良いという判断をしている。つまり、買取請求した日によって株主への補償が異なるという問題は残る。
 また最高裁も、VWAPではなく、基準日の市場価格(株価)を公正な価格とした。

注1 日興コーディアルグループ株式買取価格決定申立事件では、公正価格の算定基準日を、”組織再編行為の効力発生日”としている。根拠として「会社法786条5項によれば、『株式の買取りは(組織再編行為-該申立事件では、株式交換-の)効力発生日に、その効力を生ずる』と規定されている」をあげている。この考え方は、レックス・ホールディングス株式取得価格決定申立事件でも採用されている。

注2 基準日は効力発生日が多い。カネボウ事件、日興コーディアルグループ、協和発酵キリン、テクモ、USENインテリジェンス、保安工業。加えてMBO案件:レックス・ホールディングス<東京地裁>+<東京高裁>、サンスター<大阪地裁>+<大阪高裁>、サイバード・ホールディングス<東京地裁>。(MBOは、全部取得条項付種類株式の取得日=効力発生日。)
 買取請求権行使期間の末日を基準日とした事案は、あおみ建設、TBS(東京高裁)などがある。買取請求権行使日としたのは、三共生興、ノジマがある。


南青山リーダーズ株式会社 編集部

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