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平成をザワツカせたM&A事件【1】シャルレ

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前置き

 2006年(平成18年)に施行された会社法では、組織再編行為に反対し、株式買取請求権を行使した場合の少数株主が期待できる買取価格には、将来の価値が含まれることになった。
 また、2006年12月に公布された"新しい"「発行会社以外の者による株券等の公開買付けの開示に関する内閣府令」(以下、公開買付府令)の下では、公開買付者が提出する開示書類である「公開買付届出書」(第二号様式) において、新たに「買付け等の価格」の「算定の経緯」を開示することを求めている。MBOの場合には、加えて
①TOB価格等の算定に当たり参考とした第三者による評価書、意見書などがある場合は、その写しを添付する(公開買付府令13 条1項8号)。
②TOB価格の公正性を担保するためのその他の措置を講じているときは、その具体的内容も開示する(第二号様式 記載上の注意(6)f)。
というような、より詳細な開示が要求されることとなった。

 このような法的環境の変化と、価値評価におけるDCF法の浸透により、適正な価値を巡って裁判所に審判を請求する事案では、必然的に、事業計画書を検証することが行われるようになった。今後、M&Aの価値評価において、事業計画(書)の前提に対する合理性が争われる可能性が生じうる・・・そう思わせる事案が、シャルレのMBOであった。
 シャルレは買収ファンド好みの会社であった。予想EBITDA倍率が5倍以下、低レバレッジ、研究開発費及び設備投資不要。技術革新と無縁。同社は、自社の理論株価が、経営者の意図した価格になるように事業計画書を作成していたことが内部告発され、調査委員会の調べによって確認された。
 本来なら同社は、どのような事業計画書を作成すれば良かったのかを議論したい。そのためには、MBOの動機となった解決すべき経営上の問題を確認しなければならない。

MBO計画の概要

 1975年に創業されたシャルレは、神戸市に本社を置く大証二部上場企業であり、主にミセス女性向け(体型補正用)下着を販売する会社である。販売形態は訪問販売であり、同社製品の愛用者が知人・友人に紹介するというスタイルである。
 近年(MBO当時の近年)は、事業不振(売上は右肩下がりで、直近年度まで4年連続最終赤字)であり、少なくとも名目上は、その状況を打破する必要性からMBOを計画したと考えられる。
 MBOの主体となるファンド(モルガン・スタンレー・キャピタル)は、アーンスト・アンド・ヤング トランザクション・アドバイザリー・サービス(以下TAS)に株価算定を依頼し、DCF法による646~908円という結果を受け取った。
 一方、シャルレは、KPMGファイナンシャル・アドバイザリー・サービス(以下、FAS)に依頼し、当初1,104~1,300円という結果を受け取った。TASの結果に比べ”高過ぎる”価格を調整するために創業者は、将来利益を減少させた事業計画書を複数作成し、FASによる算定結果がTASの算出した株価レンジと重なるように誘導したとされる(最終的には681~1,010円という結果になった)。

経営上の問題

 長期にわたりシャルレは事業不振に陥っていたわけだが、2004年3月期の有価証券報告書(有報)では、すでに経営上の問題点が正しく認識されている。以下は、有報からの引用である:『国内レディースインナー市場は、生活者の嗜好の変化によりニーズが多様化しており、それに対応するため、各社とも商品開発とプロモーションを活発に行い、SPA直営店の展開、異業種との提携によるインナー・アウターの境界のない新たな市場の開拓、インターネットやカタログの通信販売など、商品と販売方法の多様化を積極的に進めております。』
『このような環境下で、当社の下着商品は生活者のニーズの多様化に対応しきれておらず、特長である機能の優位性が相対的に薄れてきたこと、ミセスも機能性だけではなくデザイン性やカラーバリエーションも重視するようになってきたこと、当社の品質面の訴求点が生活者に伝わりにくい情報経路であることから、市場シェアの確保が難しい状況になっております。』

 ところが、05年3月期にややトーンダウンした後、06年から08年までは、有報に同じ言い訳が記載されるようになる:『ご愛用いただいております消費者のニーズ、リピート注文に的確にお応えできるよう、発売後の商品に関しては極力、機能性、きごこちを変化させず必要最小限の改廃のみを行い、長くご愛用いただける販売政策を創業以来続けております。』
 親密なコミュニティを形成できる訪問販売という形態を採用し、リアルタイムの顧客ニーズを商品開発に活かせるという、通信販売に比べて遥かに優位なポジションを利用せず、“機能性ときごこち”という価値観を顧客に押し付けたために、販売不振に陥ったという分析ができる。
 その背景には、『何もせずに巨額の利益をもたらした』過去のビジネスモデルを、シャルレが否定できなかったという内部事情が透けて見える。
 問題の所在が分かっていながら、解決策を実行できない経営陣。加えて、顧客ニーズを汲み取った商品を開発した経験がないこと。これが、シャルレの経営上の問題と言える。

市場はどう評価しているか

 シャルレの1株当たり非事業用資産額(前払年金費用は考慮していない)を計算すると興味深い。
 現預金+税効果考慮後の「有価証券+投資有価証券」+長期性預金を、発行済株式数で除した値(資産価格)と株価の関係を見ると、市場は当社の価値を、非事業用資産の価値としか見ていないことがわかる。株価は、決算短信がリリースされた翌営業日の始値とした。
 資産価格と株価は、H16年3月期からH21年3月期第1四半期まで(資産価格と株価の連動は第2四半期も継続しているが、TOB発表が9月であるため、観察期間を第1四半期までとしている)、H18年3月期中間期を除いて、全く同じ動きをしている。一方、営業利益水準は株価を全く説明していない。例えば、H20年3月期の営業利益は、前年のほぼ5倍であるが、株価は30%以上下落している。
 もっともトレンドだけなら、売上にも株価との連動性は見られる。しかし、資産価格はトレンドのみならず価格自体の説明能力も高い。売上高に対する営業用現金の比率を1~2%(シャルレの事業構造及び過去の現預金残高、並びに通信販売会社の現預金/売上比率を勘案して設定)と置けば、H18年3月期からH21年3月期第1四半期まで、資産価格とほぼ同じ水準で株価は推移していく
 つまり市場は、シャルレが将来にわたり価値を生み出さない、とみなしていたことになる。その理由として、先に示した経営上の問題をあげることができるだろう。[補足:四半期及び中間期では、非連結子会社への投資額に関する情報が開示されてないため、前期末の値をそのまま使用している。しかし投資有価証券に占める割合は高々5%程度であるから、このような取り扱いを行っても、影響は限定的であろう。]
 事業不振企業は、不振の原因たる経営上の問題を解決するストーリーを作りこまなければならない。このストーリーを前提に、最大限の努力を払って作成した事業計画書を、合理的な計画と呼ぶべきであろう。

事業計画書のストーリー

 シャルレの経営上の問題は、(経営陣の)実行力と商品開発力の欠如、という言葉に集約される。それらの問題を解決した場合に、将来どのような売上と利益が期待できるかを示したものが事業計画書である。
 適切な施策を実行する能力がなければ、全ての計画は画餅であるが、不振企業の再生で最も基本的なコスト削減は事業計画に反映させるべきである。
 不振企業は類似企業に比べて、売上原価率や販管費率が大きい。販売形態が最も近い日本アムウェイ(H14/8月期~H19/12月期)と比べると平均売上原価率は、ほぼ同じである(アムウェイ66.6%、シャルレ66.7%)が、通販会社5社(千趣会、ニッセン、セシール、ムトウ、フェリシモ)の平均売上原価率(過去5年)と比較すると、シャルレの原価率は高い(千趣会51.5%、ニッセン44.1%、セシール48.7%、ムトウ57.5%、フェリシモ48.0%、ただしフェリシモは過去4年)。
 さらに、シャルレの給与/販管費は、24.4%と異常に高い。アムウェイは正確な開示がないが、通販会社は、以下の通り。千趣会14.2%、ニッセン17.3%、セシール16.2%、ムトウ16.7%、フェリシモ16.8%。
 原価率をどこまで下げることができるかは、議論すべきだろう。しかし、給与/販管費は、適正な水準(おそらく16%台)にまで下げることが必須である。小売業もそうであるが、ミドルマンたる卸売業は、ことさらコストマネジメントの巧拙が利益水準を決定する。販管費を適正水準に保つことが経営の要諦であるといっても過言ではない。
 商品開発力が発揮された場合のインパクトは、売上と利益がどのように推移するか、という形で事業計画に直接反映される。
 現状は、既存顧客がシャルレの商品に価値を見出さなくなり、“定番商品”の売上が減少している状況だと思われる。日々顧客と接しているビジネスメンバーに対しヒアリングを行えば、顧客の顕在ニーズに応えられていないために生じている“定番商品”の売上減少を定量的に把握することができるだろう。同時に、顧客ニーズに合致すれば、売上がどのように改善するかも-期待込みの数値として-把握できるだろう。
 しかし、“きごこち”にあくまで拘り、そこに特化した研究開発を行ってきたシャルレが近い将来、「顧客の潜在ニーズを満たし顧客に感動を与える新商品」を生み出せるようになると仮定することは、無理があるだろう。
 また、同社のブランド価値、ロイヤルティ顧客、販売チャネルといった無形資産を過大評価し、ジャンルの異なる商品を新規に供給することで売上・利益を成長させるというシナリオ、並びに、インターネット通販を成長エンジンにするといったシナリオが、現実味に乏しいことは言うまでも無い。
 問題の本質である商品開発力に焦点を当てた事業計画(書)を作成すべきである。これが冒頭の質問の答えである。(作成:南青山FAS株式会社)



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