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​M&Aにおける事業計画

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 上場企業であれば、投資家との対話のため(株価向上のため)に、事業計画(事業計画書)を用います。ベンチャーは、資金調達を成功させるために、事業計画書を用います。
 それでは、M&Aにおいて、事業計画書は、どんな役割を果たすのでしょうか。(作成:南青山FAS株式会社)

前置き

 評価基準日より先の将来に発生する事業キャッシュフローの割引価値を、全て足し合わせた結果が事業価値(エンタープライズ・バリュー)になる、という評価技法がエンタープライズDCF法 (元々マッキンゼー用語ですが、現在は広く認知されている用語) です。従って、(エンタープライズ)DCF法で事業価値を算出する場合、事業計画書(あるいは計画値)が必要になります。
 事業キャッシュフローは、M&A対象事業から発生するキャッシュフローであり、継続(理屈上、永久と仮定される継続)的に行われる事業からのキャッシュフローです。例えば、近い将来に撤退を予定している事業からのキャッシュフローは、事業キャッシュフローには含めません。外部要因(コントロールできない要因)で、事業の継続が難しい場合も、該当する事業からのキャッシュフローは控除します。
 本質的には同じ理由で、繰越欠損金による節税メリットを取り込んだキャッシュフローは、事業価値評価におけるキャッシュフローとしては使えません。なぜなら、繰越欠損金による節税メリットは、永久に継続することはないからです。
 ちなみに、なぜ「事業価値」あるいは「事業キャッシュフローと呼ぶか?」というと、企業は、株主から提供された資本(株主資本)に加えて、金融機関あるいは市場から調達した借入金によって「事業」を支え、キャッシュフローを生成するという構造を有しているためです。

 M&Aにおける事業計画書は、売り手企業(の経緯企画部あるいは経営企画室)が作成することが普通です。また、取締役会の承認を得ていなければ、有効な資料とはなり得ません。M&Aとは無関係で、上場していない企業であれば、「鉛筆舐めて作成する」という緩いアプローチはありえます。しかし、M&Aとなると、そういうわけにはいきません。
 鉛筆舐めてというレベルを超えて事業計画書を作成する場合、必要なデータが採れない、という場面に遭遇することが多々あります。そのような時には、必要なデータを分解して細かくする、というエンリコ・フェルミ由来の手法を採用することが常套手段です。細かく分解する主なメリットは、
    a)採れないと思っていたデータが採れることがある
    b)直接のデータが採れなくても、近しいデータが採れることがある
    c)近似的なデータが採れなくても、思考がクリアになる
です。

価値評価の資料として認められない事業計画書

 「鉛筆舐めて作成」したか否かに関わらず、米国では、以下の条件を満たさない場合には、売り手が作成した事業計画書(以下、ベース計画書)はM&A用の事業価値評価向けに使用することが認められないリスクがあります。
  1)対象企業の経営陣が、通常ルーチンとして事業計画書を作成していること(つまり、M&A用の事業価値評価向けに急造したわけではないこと)
  2)過去の予想(計画数値)が、ある程度的中していること。
 ベース計画書を使用できないケースにおいて、米国では、裁判所(Court of Chancery)が独自に事業計画書を修正してバリュエーションを行うことがあります。あるいは、DCF法の使用が否定されます。日本とは、裁判所のアクションが、大きく異なります。

 事業計画書がバリュエーション上争われた米国の裁判例を見てみましょう。
【怪しくて認められなかったケース】
 囚人向けヘルスケアサービスを提供するJust Care社の公正な買収価格が争われた案件です。 裁判所は、以下の理由から、Just Careが作成した事業計画を承認せず、独自のアレンジを加えてバリュエーションを行いました。
 a) F/Aのリクエストに応じて作成するまで、Just Careの経営陣は事業計画を作ったことがなかった
 b) Just Careの経営陣に事業計画を歪める動機があった

【怪しいけれど認められたケース】
 米政府、移民局及び法執行機関に 自動指紋認証システムや他の指紋バイオメトリック・ソリューションを提供するCogent社の公正な買収価格が争われた案件です。原告は、Cogentが作成した5ヶ年事業計画の使用を拒否し、独自の事業計画でバリュエーションしました。独自事業計画の大きなポイントは、「2015年まで、業界全体と同じ成長率で、Cogentは成長する」としたことです。裁判所は、
  a) 2006~2009年の間、Cogentの成長率は、業界全体の成長率に劣後
  b) 第3四半期までのペースでいくと、2010年の成長率はマイナス
と述べて、原告案を棄却しています。その一方で、Cogentの事業計画も怪しいと指摘しました。
  ① Cogentは、単年度を超えた事業計画をこれまで作っていなかった
  ② 事業計画は、3MがCogentに口頭でオファーした後に作られた
  ③ 事業計画は、Cogent創業者が期待する売却価格を、3Mに知らせた後に作られた
  ④ 事業計画は、F/Aであるクレディスイスが作成支援した
 本案件では、原告・被告のどちらかの事業計画を選ぶことになり、裁判所は止むを得ず、Cogentの事業計画を認めました。

M&Aにおける事業計画書の役割

 誤解を恐れずに言うならば、M&Aにおける最大のブレーク要因は買収価格(価値)です。そして、買収価格算定のスタートポイントは、ベース計画書です。M&Aにおいて、事業計画書は公正な価格を算出するために用いられます。
 財務、ビジネス、IT、知財、環境といった各種デューデリジェンス(話す上での略語はデューデリ。書く上での略語は、DD)を経て、ベース計画書は修正されます。修正されるデータは一般に、P/L(損益計算書)お数値ですが、投資金額と投資タイミングが修正されることもあります。M&Aでは、DDの結果を反映した修正事業計画書で事業価値を評価(バリュエーション)することが基本となります。
 グルッポ・メヒコの子会社で、銅、モリブデン、亜鉛、金、鉛を採掘・精錬する企業ミネラ社の公正な買収価格が争われた案件では、ミネラ社が作成した事業計画は、専門コンサル会社Anderson&Schwabによって下方修正されました。ビジネスDDの結果です。その修正された事業計画を基にバリュエーションが行われました。修正されたのは、銅の価格とEBITDAでした。
 M&Aではなく、単に事業価値算定というケース(例えば、新株予約権、株主割当増資で公正な株価を算定するというケース)では、企業から提示された事業計画書をベースに、粛々と評価作業が進みます。事業計画書の修正はありませんし、DDもありません。第三者割当増資であれば、DDはありえますが、スコープを限定した簡易版であることが多いです。
 なお、修正事業計画書ではなくベース計画書で価値評価する (あるいは修正事業計画書を使用することができない) 場合は、計画値を修正する代わりに割引率を修正します。1999年6月と古い例ですが、見てみましょう。

【事業計画ではなく、割引率が争われたケース】
 バイオベンチャーであるPharma Sciences Inc(PSI)の公正な買収価格が争われた案件です。この案件で被告側は、次にように主張しました:財務アドバイザーF/A(メリルリンチ)がDCF法で用いた価値評価は、「PS社経営陣が作成した事業計画書を額面通りに受け取っており、有望新薬であるED(勃起不全治療)薬が承認されないというリスクを考慮していなかった。このため、採用すべきではない。」
 一方、裁判所は『F/Aは、
  ・臨床試験のフェーズと候補物質の開発成功確率
  ・パイプラインの分散度
  ・対象市場の競合水準
  ・大手薬品メーカーとのコラボレーションand/orパートナーシップの存在
  ・すでに上市している製品があるか、もしくは見込みがある等
を考慮して割引率を決定している』として、被告の主張を退けました。

修正した事業計画書に基づくバリュエーション

 M&Aにおいて事業計画書は価格の算出に用いられますから、修正した事業計画書に従って、バリュエーションが行われます。修正した事業計画書に、計画数値を実現するための主要施策がセットとなっていると、買い手側からすると使い勝手が良いです。加えて、各施策がアクションプランにまで、ブレークダウンされているとさらに良いです。
 事業計画書の修正ポイントは、買い手によって異なります。ファンドが買い手の場合スキームはLBO(MBOでも同じ)になりますが、ファンドは、アップサイドの余地と業務改善によるEBITDA増加の余地を文字通り血眼になって探します。アップサイドの余地とは、事業価値が上振れする可能性あるいは事業機会を指しています。バイアウトのケースでは、EBITDAに対してマルチプルを掛けることで、事業価値を評価します(市場も同じ技法で価値評価します)から、EBITDAをアップさせることがファンドのKPIであるIRRに直結します。ファンドは、金主に約束した基準値をIRRが超えるかを確認するために、事業計画書を用います。
 バイアウトの場合、有利子負債の出し手(レンダー)も重要なプレイヤーですが、レンダーは、毎期のDSCRが1以上という基準を満たすかを確認するために、事業計画書を用います。

 最後の話題として、バリュエーションにおける悩ましいイシューを取り上げます。それはターミナルバリューの算出です。安定成長期に入るまではキャッシュフローを予測するのが、DCFの作法ですが、実務上、それは難しい場合がほとんどです。
 実は米国の裁判で、評価対象企業のマネジメントが作成した事業計画の最終年度を越えたプロジェクションを使ってバリュエーションしたケースが存在します。PFPCホールディングスとPFPCワールドワイドの合併において、PFPCワールドワイドの公正価値を争った事件です。裁判所は、最終年度の成長率が高い(20.3%)ために3年間プロジェクションを延長して(3年間の成長率は等しく8%と設定されました)、永久成長率5%に繋げています。

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