連載:IPO市場の健全な拡大に向けて (最終回) 

59e2f9c6 c8be 497d a226 d624b95439dd camera_alt Oleksii Sidorov/Shutterstock.com

 今回で本連載は最後であるから、過去の話と重複するが、経営者の話題で締めくくりたい。色々な文献で、優れた起業家の条件が語られているが、技術系ベンチャーの経営者に限定して、論じている書は少ないと思われる。
 一般に、人の能力や適性を見分けることは難しいし、意見も分かれている。
 セコイア・キャピタルのマイケル・モリッツや、ヤンキーテック・ベンチャーズのハワード・アンダーソンは、優れた起業家を見分けることは「不可能」である、と述べている。一方、「15分も話せば、その人物が起業家的素質をもっているかどうかわかる」と主張するベンチャーキャピタリストもいる(インターネット・キャピタル・グループのビル・ハスケル)。
 以下、見分けることは可能という前提で、技術系ベンチャーの経営者に向いた人物像について述べたい。(作成:南青山FAS株式会社)

【1】 明るい人

 苦しいときに、悲観的になったり、下ばかり向いていては、運気が逃げる。困難な状況で明るく出来る人は、生まれついての性格もあるかもしれないが、後天的な要素のほうが大きいと思う。
 タフな環境で、なぜ、明るくできるかというと、不退転の覚悟を決めているからである。後ろを振り向かないからである。前だけ見ていれば、進むしかない。明日に賭けるしかない。そう覚悟を決めると、明るくなれるのである。細かい計算をしたり、逃げることを考えていると、明るくなれない。
 そういう腹をくくれる度量(胆力)のある人間が、技術系ベンチャーの経営者には相応しい。

【2】 技術者の心理がわかって、技術者の行動をハンドリングできる人

 技術者が作りたがる製品の傾向というのがある。複雑なこと、あるいは困難なことを達成して初めて、技術者は達成感を得るし、自分の存在意義も主張できると考えがちである。その結果、顧客のニーズを無視した、往々にしてオーバースペックの製品が作られる。こういった製品は市場に受け入れられることがないことは、旧聞に属することである。
 自分のやりたいことをやるために、ベンチャーを作った(参画した)のに、と抵抗されても、納得させられる(納得できる)経営者が必要である。

【3】 柔軟性がある人

 CEO技術者は、技術に思い入れがある。手掛けたアプリケーション(製品)にも思い入れがある。しかし、製品に市場性が無いとわかった時、すぐに撤退しなければならない。ズルズルと、後に引きずってはいけないし、現場の担当技術者にも切り替えるように指示して、納得させなければならない。
 いつかは、市場が立ち上がるかもしれないという考えは避けたほうが良い。金融ビジネスでは損切りすると決めたら、迷わずにすばやく実行する。これは、トレーディングの鉄則であるが、ベンチャー経営にも当てはまる。手持ち資金とバーンレートからベンチャータイム(資金が尽きるまでの時間)を算出して、市場が立ち上がると予想されるまでの時間を比べてみると、たいてい後者の方が、遥かに長い。

【4】 本質的でないことにも気を配れる人

 優秀な人ほど、本質的なことに拘る。というより、本質的でないことに、手間隙かけることを忌み嫌う。しかし、ビジネスとして成功するには、本質的でないような細かいところに、手間隙かける必要がある。
 よく、トイレが汚い会社はダメだ、などと言われるが、当たらずとも遠からずである。実際、トイレはどうでも良いのだが、提出資料に誤字脱字が多いとか、excelのスプレッドシートの縦横計算が合わないとか、パワーポイントの資料が見栄えしない、といった点に注目するだけでも良い会社と悪い会社の区別は、結構つく。本質にのみ拘る本質至上主義者は、上記のような細かな点は、取るに足らない些細なことであり、注意を払わないのである。
 本質至上主義者かどうかは変な話、例えば、その人の作ったスプレッドシートを見ても、容易に判別がつく。
 ①入力変数が、別の箇所に、まとめられていない。つまり、各セルにベタ打ちされている。これは、他人の使用、あるいはメンテナンスを全く意識していない。
 ②各セル内の計算式が、等価な形で単純化されている。冗長な表現であっても、単純化しないほうが、他人は理解しやすい。
 ③コピー・ペーストができない。Excelシートでは、セルの端を、縦でも横でも、引っ張って、適当な場所(セル)で止めれば、そこまで、コピーが自動的に行える。しかし、どこかのセルが、ベタ打ちであったり、あるところだけ計算式が異なっている場合は、コピー・ペーストを行うと、悪くすると(しかも往々にして)、オーバーフローを起こす。スプレッドシートが複雑で、数枚に及ぶ場合、かなり困ったことになる。こういう事態をさけるために、通常は、たとえダミーを使っても、コピー・ペーストが機能するように、スプレッドシートを作る。

 本質至上主義者は、こういう「通常」の作り方は、しないのである。そして困ったことに、こういう人たちは、例外なく、極めて優秀なのである。その業界でも、屈指の実力者だったりする。
 もう少し、簡単な例を挙げよう。5月1日に会社訪問したとき、提出資料の日付が、**年4月、となっているベンチャーは多いと思うが、たまに、これが**年5月となっているベンチャーが存在する。こういうベンチャーは、実は有望である。しかも、大名行列を引き連れたような訪問団に対してではなく、名も知れないような個人訪問者に対しても、こういった対応ができるベンチャーであれば、IPOはかなり現実的である。
 これは、「細かいところに目を配れる」企業文化が末端まで浸透している証左であり、こういった企業文化が成功を果たすためには、結構重要なのである。
 投資を検討しているベンチャーキャピタリストが新幹線に乗って遠路遥々訪問したとしても、「そんなこと、聞いていなかった」といって、1時間も外で待たせるようなベンチャーでは、どんなに優れた技術を持っていても、成功は100%無理である。
 話が脱線したように思えるかもしれないが、優秀な研究者―技術系ベンチャーの創業者であり、経営に隠然たる影響力を持っている―は、こういった細かいこと、あるいは、優れた企業文化が成功に重要であることを理解できない。あるいは、理解しようとしない。
 本質的に重要なことは、新しい優れた技術が、これまで解決できなかった問題を解決することであると信じて疑わない。それ自体、正しいが、残念ながら、正解の10%にも満たない。ビジネスとしての成功を考えたとき、その要因は全体の10%にも満たないのである。
 本質至上主義者が、マネジメントとして集まると、細かいところに気を配る人たちは、冷や飯を食うことになる。無能呼ばわりされることも稀ではない。こうなると、不成功は必然となる。

最後に

 (0)から始まって(18)までの19回にわたり、拙文を最後までお読み頂いた方には、感謝申し上げます。本連載の原文を個人メモとして残していた2006年当時とベンチャーを巡る環境は大きく変わっています。当時はなかなか理解して頂けなかった以下の3点は、2019年現在、当然のことと受け取られています。
 <1>ベンチャーのexitとしてM&Aが、IPOと並ぶ二枚看板となる。
 <2>大企業との協業(コーポレートベンチャリング含む)が、ベンチャー成長戦略の主役となる。
 <3>モノ作りベンチャー周りにエコシステムを構築することこそが、日本のインキュベーション・システムにとって最重要施策である。

 イノベーションをベースとして国富を増強するためにやるべきことは山積みですが、方向性さえ正しければ、いつかは達成できるはずだと信じて、本連載を締めくくりたいと思います。
 ありがとうございました。

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