経営コンサルタント×ベンチャーキャピタリスト×インキュベータから見た、ベンチャー成功の条件
雇用の創出あるいは雇用の維持は、政治家の国内向けの仕事として、重要度・優先度ともに高い。しかし、日本企業は従来、家族的企業制度を採用し、終身雇用制度を維持してきたため、日本の政治家あるいは日本社会において、新しい雇用を生み出す施策に関する関心は低かった。
平成バブルの崩壊は、もともと制度疲労を起こしつつあった日本経済を大きく傷つけ、デジタルエコノミーへの経済システムの変化に追いつく暇を与えなかった。
企業再生では、まず不採算事業を切り離す。その後、新しい事業を作り、再成長を目指す。国に置き換えると、国際競争力が乏しい産業セクターを縮小し、成長力の高い産業セクターを伸長させることに相当する。
日本では、主に経済産業省が音頭を取り、大企業がコンソーシアムを組むことで、成長力の高い産業セクターを伸長させてきた。理由はともかく、そのアプローチが徐々に効力を失ってきたため、日本でも、高い成長が期待できるベンチャー企業を輩出させる仕組みを整備する、というアプローチに転換しつつある。これが、ここ数年のベンチャー周りのマクロ事情であろう。
以下は、経営コンサルタント×ベンチャーキャピタリスト×インキュベータという立場から、ベンチャー(最近は米国風のスタートアップという言葉も市民権を得ている)の経営を、見て・聞いて・経験して得た、ベンチャー育成の成功率を上げる条件である。
米国の著名なベンチャーキャピタリストは、ほぼ例外なく、経営者及び経営チームの「人柄」を最重要視する。人柄重視は、ベンチャーへの投資判断のスタンダード基準となっている。経営コンサルタントを経てベンチャー投資を始めた頃は、どうしても、その物差しに納得がいかなかった。接客サービス業であれば納得はいく。しかし技術系のベンチャーであっても、人柄が成功を左右する最重要ファクターなのか?
結論を言えば、それは経営コンサルタントの思考の限界であった。
言わずもがな、日々の経営判断の積み重ねが経営である。一つ一つの経営判断が良手か悪手かで、累積結果は大きく変わる。経営に唯一無二の正解はないが、良手と悪手の違いは存在する。経営巧者になれば、悪手を打つ回数は減る。それは苦しんで経営判断を行ってきた血と汗の結晶であって、座学で学べるものではない。
然は然り乍ら、常に良手は打てない。経営的に言えば、悪手を打ったとき、如何に素早くカバーできるかがカギとなる。リーン・スタートアップやリーン経営は同じ文脈にある。悪手のカバーが遅れれば、経営を長期的な成功に導くことは難しい。
ベンチャーの経営を成功に導く「人柄」とは、他者の意見に耳を傾けるという素直な姿勢(虚心坦懐)と、スピーディーな行動力である。キャラクターで言えば、知的なやんちゃ坊主が相応しい。虚心坦懐を、個人を超えて長期間継続させるために、柔軟な組織が必要である。スピーディーな行動力を組織で実現させるには、ピボッティングという考え方が参考になる。
【1】 柔軟な組織
実に、創業経営者はスーパーマンである。営業、資金繰り、採用、得意先とのお付き合い(冠婚葬祭)、人事労務管理(従業員の愚痴聞き)その他諸々、一人でこなしている。学業優秀者がスーパーマンになることを嫌ったか否かは不明であるが、長らく日本では、彼ら は創業経営者とはならなかった。それは、ある意味正解であった。
学業優秀者が、スーパーマンでなければ務まらない創業経営者になり、さらに成功すると、神になる。神は、過ちを修正しない。自分の考えに固執する傾向が強くなり、仮に、誤りが第三者の意見から、合理的と思える状況であっても、一周回って正解になるケースを考え始める。そうなれば、悪手のカバーは至難である。悪手のカバーが遅れるようでは、それまでの良手の積み重ねで経営が順調であっても、失速することは間違いない。
組織論的に言えば、回避策は、組織を柔軟に保つことである。そして組織を柔軟に保つためには、多様性が重要である。価値観多様で様々なバックグラウンドを持つ人材で経営チームを作ることで、悪手を素早くカバーすること、経営の失速を避けることが期待できる。
ところが、日本ではわかっていても、多様性の確保が難しい。日本は米国などに比べて、人種や国籍が様々でないから、多様性確保にかかるコストが大きいことは事実であろう。しかし、実際はそういうレベルではなく、同じ会社の出身者で経営チームが構成されていることがほとんどである。その理由は、多様な人材を採用したくても、採用できないからである。日本のベンチャー経営者の最重要業務は、前職の同僚と夜の宴会をすることだという話もある。IPOを前提とした株式型報酬を手土産に、宴席にて、ベンチャーへの移籍を口説くのである。大企業等からベンチャーに人が移動する環境の整備は極めて重要である。
【2】スピーディーな行動力
ピボッティングは、リーン・スタートアップ・アプローチにおける考え方である。球技のバスケットボールでは、軸足を動かしてはいけないが、軸足ではない足は自由に回転できる。同様に、経営の根幹となる志や目的はブレさせないが、それ以外は、如何様にも変化させるという「刀折れ矢尽きるまで」とは対極の発想である。
ちなみに、近年のリストラクチャリングでは、日本の大企業であっても経営者が、「創業者の教え以外はすべて破壊する」といった趣旨の発言をすることも珍しくなくなった。これは、聖域をなくすという宣言であり、抵抗勢力への宣戦布告であるが、スピーディーな行動力を引き出すことにもつながる。
結論は、技術系のベンチャーであっても、人柄が成功を左右する最重要ファクターであることは、ほぼ間違いない。いくつかの失敗をして、チームで困難を乗り切った経験を持っている知的なやんちゃ坊主は、創業経営者に最も相応しい。そのような起業家を支援していきたいと思う。
(南青山リーダーズ株式会社)