資本政策における具体的な手法とは(後編)
はじめに
資本政策とは、資金調達等において、会社が株式発行や売却で集める資本と、資本の出資者である株主の構成割合をどうするか、計画及び検討することをいいます。
特に将来、株式上場を目的としてIPOを行ったり、M&Aで会社・事業を売却したりするつもりなら、経営者は会社の将来を見据え、より綿密な資本政策を立てておくことが必要です。
資本政策においては活用できる具体的な手法が様々あります。
また、手法を導入する際には色々な面に配慮が必要です。
前記事においては、各手法の主な目的、実行に当っての留意事項を解説しました。
本記事、資本政策における具体的手法(後編)では、各手法の法務手続(決議など)と日程の目安、金融商品取引法の開示義務がある場合とその内容など、詳しく解説します。
各手法の法務手続(決議など)と日程の目安
本章では、資本政策の手法のうち、第三者割当増資と新株予約権発行のケースを取り上げ、その具体的な法務手続き(決議等)や日程の目安について解説します。
第三者割当増資の場合
第三者割当増資における手続きは、以下の通りです。
- 募集事項の決定
- 株主総会招集手続き
- 株主総会の特別決議
- 募集株式を受ける者への通知及び株式の申込
- 申込者への割当決定
- 出資の払込履行
- 法務局への登記
1. 募集事項の決定
第三者割当増資を行うには、まず募集事項を決定します。
また、募集事項の決定は取締役会で決定します。
募集事項の内容は、以下の通りです。
- 募集株式の数
- 募集株式の払込金額、その算定方法
- 現物出資を行う場合にはその可否、出資する資産の内容、金額
- 出資申込金の払込期間と払込期日
- 株式を新たに発行するときは、増加する資本金や資本準備金に関する内容
2. 株主総会招集手続き
取締役会で募集事項の決定をしたあとは、株主総会の招集手続きに入ります。
招集手続きの目的は募集事項の決定承認ですが、招集手続きは株主総会開催日の2週間前までに行います。
3. 株主総会の特別決議
第三者割当増資に係る募集事項の決定承認は、株主総会の特別決議をもって行います。
特別決議では、議決権を行使できる株主の過半数(議決権数の過半数)が出席し、出席した株主の有する議決権の3分の2以上の賛成で決議する必要があります。
なお、募集事項の決定は、株主総会の特別決議によって、取締役会設置会社であれば取締役会に委任することができます。
取締役会設置会社であれば、株主総会で「募集株式数の上限」及び「払込金額の下限」の決議を行い、それ以外の募集事項の決定を取締役会に委任することもできます。
ただし、この場合、払込期日は決議の日から1年以内であることを要します。
4. 募集株式を受ける者への通知及び株式の申込
株主総会で募集事項の決定承認がなされたら次は出資希望者(引受人)へ通知します。
通知内容は以下の通りです。
- 募集する会社の商号(社名)
- 募集事項(株主総会で決めた条件)
- 払込を行う場所(振込口座)
また、通知を受けた引受人は「募集株式申込書」を会社に提出して株式の申込を行います。
5. 申込者への割当決定
申込を受けて、会社は申込者の中から、誰に何株割当るか、決定します。
この決定する機関は、定款に特別の定めがない限り、以下のルールで行います。
- 取締役会設置会社→取締役会
- 取締役会非設置会社→株主総会(特別決議)
申込者の割当内容に関して機関決定が終了したら、その旨を引受人に連絡して出資を履行してもらいます。
6. 出資の払込履行
引受人に指定した会社の銀行口座に出資金の振込みをしてもらいます。
増資等の手続きにおいて、株券不発行の会社がほとんどなので、増資を受けた会社として、株券交付の代わりに、「株式払込金受入証明書」を発行して引受人に交付するようしましょう。
また、増資完了後は遅滞なく株式名簿の更新も忘れないようにして下さい。
7. 法務局への登記
第三者割当増資で株式を発行したときには、資本金や発行株式数の増加に関する変更登記を法務局に行う必要があります。
この登記は払込期日、または払込期日の末日から2週間以内に行います。
新株予約権発行の場合
次に新株予約権の発行手続きを解説します。
なお、本章での解説は、「非公開会社」が新株予約権を発行するときの手続きです。
新株予約権の発行手続きの流れは、以下の通りになります。
- 募集事項の決定
- 株主総会での決議
- 新株予約権の申込と割当
- 新株予約権原簿の作成
- 法務局への登記
1. 募集事項の決定
まず、新株予約権の募集事項を決定します。
募集事項の内容は以下の通りです。
- 新株予約権の対象者
- 新株予約権を行使した際、発行される株式の種類と数
- 権利行使価格
- 権利行使期間
- 払込が必要な場合、その詳細(金額、払込日等)
- 社債が付いている場合、その取扱いについて
2. 株主総会での決議
募集内容が決定したら、株主総会の特別決議、または取締役会の決議で機関決定します。
また、株主総会開催日の1週間前には開催の通知を行います。
株主総会の特別決議における決定条件は、上記、第三者割当増資の場合と同じです。
3. 新株予約権の申込と割当
株主総会の特別決議(または取締役会の決議)を経て機関決定されたら、次は新株予約権の対象者に対して申込の受付を開始する旨、通知します。
そして、申込を受けて、誰にいくつの新株予約権を割当てるか決定します。
対象者の各々の割当数が決まれば、発行日の前日までに通知を行い、新株予約権契約書を締結します。
※募集株式の発行では、金銭の払込がなければ、株主になれません。しかし、新株予約権の発行では、発行と引き換えに金銭の払込を要するケースでも、その払込の有無に関係なく、割当日に新株予約権者となります。
4. 新株予約権原簿の作成
会社法では、株式会社は新株予約権を発行した日以降、遅滞なく、新株予約権原簿を作成しなければならないとされています。
新株予約権原簿は新株予約権の管理書類です。
5. 法務局への登記
新株予約権を発行した会社は、割当日から2週間以内に法務局への登記申請を行うことを義務付けられています。
早めに書類を準備して期限内に登記を済ませましょう。
金融商品取引法の開示義務がある場合とその内容
資本政策に係り、会社が増資や新株予約権の発行を行う場合、人数や金額によって金融商品取引法による開示義務が伴うケースがあります。
たとえば増資の場合、株式の募集や売出があるので、どうしても金融商品取引法を意識した上で行わないと、場合によって金融商品取引法違反となってしまいます。
またIPOを目指す会社が、過去に行った増資で金融商品取引法の開示義務を失念して、上場審査がストップしてしまうというケースも見受けられます。
そこでこの章では、金融商品取引法の開示義務がある場合とその内容について解説します。
金融商品取引法の開示義務とは
会社が株式・社債等、有価証券の発行等を行う場合、金融商品取引法におけるディスクロージャー制度(企業内容等開示制度)により、有価証券届出書等の開示書類の提出を義務付けられる場合があります。
有価証券届出書等の提出が必要にもかかわらず、無届けで有価証券の募集、売出を行うと金融商品取引法違反になります。
有価証券の発行等に際しては、有価証券届出書等の提出の要否について十分な注意が必要です。
開示義務の内容
有価証券届出書(または有価証券通知書)は、有価証券の発行をしようとする会社が、一定金額以上の有価証券の募集または売出を行う場合に提出することを義務付けられており、発行(売出)価額の総額及び勧誘のための対象人数によって、以下の表のように規定されています。
参照先:金融庁:社債等を発行する場合の金融商品取引法の開示規制について
参照先:財務省(関東財務局)/有価証券通知書について(概要)
有価証券の募集・売出の共通点と違い
開示義務の内容に沿って、有価証券の募集・売出の共通点と違いを説明します。
増資や新規上場の際、株式の募集・売出が行われることが一般的です。
募集または売出は単独で行うこともできますが、多くの場合、募集と同時に売出が実施されます。
募集も売出も不特定多数の投資家に対して企業の株式を取得する機会を与える点は同じです。
一方で以下の点で違いがあります。
募集とは、不特定かつ50名以上の投資家に対して、「新たに」発行される有価証券の取得の申込を勧誘する行為をいいます。
募集を行い、不特定多数の投資家に新株を発行し、それに対応した金銭の払込を受けます。
主に会社の資金調達が目的です。
一方、売出は、すでに発行済みの有価証券の売付の申込、または買付の申込の勧誘のうち、50名以上の投資家に対して行う行為をいいます。
通常売出は、役員や大株主など、既存株主の保有する株式を不特定多数の投資家に向けて販売するので、その対価は既存株主に帰属します。
有価証券届出書・有価証券通知書の違い
開示義務の内容に沿って、有価証券届出書及び有価証券通知書の取扱いの違いを解説します。
有価証券届出書とは、金融商品取引法の規程に沿って、会社が有価証券の募集または売出を行う際、事前に内閣総理大臣(財務局)に届出が必要な書類です。
有価証券届出書の記載内容は、企業内容等開示ガイドラインに準拠するとともに、財務内容の表示方法は財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則に従っておく必要があります。
一方、有価証券通知書は、同じ金融商品取引法の規程に沿って作成される書類で、一定の要件を満たす場合(上記開示義務の内容一覧表参照)、財務局等への届出が必要です。
有価証券届出書が投資家の投資判断に資するため提出が義務付けられているのと異なり、有価証券通知書は行政が投資の情報収集を行うため提出を義務付けられている点で違いがあります。
つまり、開示書類としての重要度からいえば、有価証券届出書のほうが有価証券通知書より重要度が高いといえます。
そのため、有価証券届出書の内容はEDINET(※)を通じて誰でも閲覧が可能ですが、有価証券通知書はEDINETで閲覧できません。
(※) EDINETとは、金融庁が公開している「金融商品取引法に基づく有価証券報告書等の開示書類に関する電子開示システム」のことです。有価証券報告書、四半期報告書、有価証券届出書などの開示書類をWEB上で自由に閲覧することができます。
新株予約権に係る開示義務
株式の募集(売出)同様、会社が新株予約権を発行する際にも、新株予約権は金融商品取引法上の有価証券に該当するため、一定条件の下、開示が義務付けられています。
すなわち、新株予約権証書の発行の有無にかかわらず、新株予約権の発行が金融商品取引法上の募集に該当する場合、有価証券届出書等の提出が義務付けられているのです。
ただし、新株予約権の権利行使により株式を発行する場合は有価証券の募集とならないので注意して下さい。
また、開示会社の新株予約権証書は、株券と同様、転売を通じて多数の者に譲渡される恐れのある場合に該当するため、勧誘の相手の人数が50人未満でも募集に該当します。
さらに、非開示会社であっても、新株予約権証書に一括譲渡以外の譲渡禁止の制限が付されている必要があるので留意して下さい。
会社が新株予約権を発行する際、通算規程にも配慮が必要です。
一定期間内で通算して、発行した金額または人数が一定の基準を超えた場合、有価証券届出書の提出が必要な場合があります。
おわりに
本記事(後編)では、資本政策における具体的手法に係り、各手法の法務手続きと日程の目安、金融商品取引法の開示義務がある場合とその内容など、詳しく解説しました。
資本政策における各手法は、いったん実施すると後戻りが困難なため、様々な面に配慮しつつ、慎重かつタイムリーに実施していく必要があります。
また資本政策も一度作れば終わりという性質のものでなく、企業の成長に沿って適宜見直しや修正も必要です。
そのためにも、資本政策を考える際には、上場後も見据えて、逆算型で立案していくというポイントを外さないことが大事でしょう。
資本政策が的を射て策定されていれば、各手法はリスクを最小限に抑えて実施できると考えています。
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