資本政策における具体的な手法とは(中編)
はじめに
資本政策とは、資金調達等において、会社が株式の発行や売却で集める資本と、資本の出資者である株主の構成割合をどうするか、計画及び検討することをいいます。
特に将来、株式上場を目的としてIPO(株式公開)を行ったり、M&Aで会社・事業を売却したりするつもりなら、経営者は会社の将来を見据え、より綿密な資本政策を立てておくことが必要です。
資本政策においては活用できる具体的な手法が様々あります。
また、手法を導入する際には色々な面に配慮が必要です。
前記事においては、資本政策における具体的な手法について、手法の種類と概要を解説しました。
本記事(中編)では、引き続き、各手法の主な目的、実行に当っての留意事項を詳しく解説します。
各手法の主な目的
本章においては、各手法を使う主な目的について解説します。
主な目的は以下の通りです。
- 資金調達
- 発行済株式数の増加
- 株主構成の是正
- インセンティブ報酬の実現
- 創業者利益(キャピタルゲイン)の実現
- 事業承継対策(相続対策)
資金調達
目的の1つ目は、資金調達です。
資金調達するためには、株主割当増資、第三者割当増資、公募増資等の増資の手法が使えますが、その際には株主の割合に変化が生じます。
資本政策上、重要な点は増資前、増資後の株主の持株比率の管理です。
増資後の持株比率を、エンジェル投資家やVCなど外部の第三者に多く握られ創業者や経営者の持株比率が下がりすぎると、経営者として会社経営のハンドリングが難しくなります。それを防ぐためにも、創業者・経営者としての持株比率を維持しつつ、資金調達する必要があります。
目安としては、株主総会において、持株比率が2分の1超なら普通決議を、3分の2超なら普通決議だけでなく特別決議も単独で決議できるので、経営者として普通決議、または特別決議に必要な持株比率は押えておきたいものです。
発行済株式数の増加
目的の2つ目は、発行済株式数の増加です。
たとえば、資金調達の手法に第三者割当増資を使うと、新しく株式が発行されるので、その結果、会社の発行済総株式数が増加します。
その他にも株式分割や種類株式の発行、新株予約権の行使なども全て発行済株式数の増加要因です。
もちろん、各手法ともその都度、必要性があって実施するのですが、資本政策をしっかり立てて実行しないと、やみくもに発行済株式数だけが増えてしまい、株価が下落することにつながってしまいます。
株価は高すぎてもよくありませんが、下がりすぎもまた別の弊害があります。
それだけに発行済株式数に関しては、会社が成長する各ステージできちんとコントロールして、各施策と整合性を持たせつつ調整していく必要があります。
株主構成の是正
目的の3つ目は、株主構成の是正です。
株主構成の是正は「適切な株主構成の管理」とも言い換えれます。
会社経営を行う場合、会社を成長させつつ、同時に長期的に安定した経営を行うことが重要なので、資本政策上も、長期的に「どのようにして安定的な株主を確保するか」という点が重要です。
一般的に株主が多い企業ほど物言う株主も増えて、長期的な事業計画に基づく安定経営が難しい面があります。
その点からも資本政策上、意図しない、あるいは会社経営に不安定要因をもたらす株主の増加は避けるべきです。
もし会社経営の途上において、意図しない株主が増えてくるようなら、株式移動や自己株式の取得、あるいは金融機関、取引先等への株主割当増資等の手法を通じて、安定株主対策を行い、経営者が経営の意思決定をスムーズに行える対策を練っておく必要があります。
インセンティブ報酬の実現
目的の4つ目は、インセンティブ報酬の実現です。
資本政策の手法のひとつに新株予約権(ストックオプション)の発行があります。
これは主に役員・従業員に対するインセンティブ設計の役割を担っています。
資本政策の一環として、役職員に対して新株予約権を付与すると、役員や従業員の働く意欲が向上するだけでなく、成長して上場を目指す会社の目的に合致させることも可能です。
インセンティブを付与するには、給与・賞与等の直接的支給方法によることもできますが、株式上場によるキャピタルゲインの実現は、付与者にとって非常に大きなインセンティブになります。
この点からも新株予約権の発行及び付与は、資本政策の中に組み込んで適切に設計運用していく必要があるでしょう。
また、上場をめざす企業なら、新株予約権と並び、従業員持株会の設置も資本政策上の効果的なオプションとなります。
創業者利益(キャピタルゲイン)の実現
目的の5つめは、創業者利益(キャピタルゲイン)の実現です。
創業者利益とは、会社の創業者が保有している自社株を売却・譲渡して得られる利益のことです。
IPOやM&Aで保有株式を売却・譲渡する機会に創業者利益として実現できます。
ただし、創業者がキャピタルゲインを得るため保有株を大量に市場等に売却すると、その割合によってはオーナーとしての議決権が低下したり、株価や上場後の経営に大きなダメージを与えたりすることもあります。
それらの影響を最小限にするためにも、事前にきちんとした資本政策を立てておかねばなりません。
加えて、経営者が保有する株式の売却タイミング次第では、インサイダー取引に抵触する恐れから売却が困難になったり、株価の低下を引き起こして十分な創業者利益を実現できなかったりします。
資本政策の設計過程において、保有株式の売却でどれぐらいの創業者利益が得られるか、その売却割合も含み、事前に想定及び計算して、しっかり準備しておく必要があります。
事業承継対策(相続対策)
目的の6つ目は、事業承継対策(相続対策)です。
事業承継対策とは、経営している会社・事業を後継者に引継ぐ際、事前に発生しそうな諸問題を予め想定して対策しておくことをいいます。
事前に対策しておくことで、相続上発生する後継者の問題や税金支払を未然に防止できます。
例えば、株式移動でオーナーが保有する自社株を資産管理会社に移行する、事前に株式の一部を後継者に移転しておく、自社株買い実施で経営者の議決権力を上げるなどの対策ができます。
後継者に会社・事業をスムーズに移行するためにも、利用できる各手法を使って綿密に事業承継対策しておきましょう。
実行に当たっての留意事項
資本政策の各手法を実行する際の留意事項は以下の4つです。
- 各関係者とのバランスを取って実施する
- 客観性のある株価を設定する
- 資本政策と関連する法律やルールに注意を払う
- 資本政策の計画は、将来、上場する際の審査基準を踏まえて作る
各関係者とのバランスを取って実施する
各手法は、成長ステージごと、各関係者(ステークホルダー)とのバランスを取って実施する必要があります。
資本政策では、会社の成長・株主価値の拡大を図る点で関係者は協力関係にありますが、一方で互いの利害が衝突する場面も多くあります。
たとえば、株式を高く買ってもらいたい経営者と安く売ってもらいたいエンジェル投資家・VCなどです。
そこで成長へのステージごとに、各手法は関係者間のバランスを取って利害関係を調節しつつ行っていく必要があります。
特に創業時、資金調達で第三者に対して多くの株式を渡してしまうと、後々の経営とかキャピタルゲインの取得に支障を来して、経営者として後悔することにもなるので、各自の持株比率への配慮が必要です。
また創業者が複数いて持株比率が均衡している場合、一部が途中で退職することに備えて、事前に創業者間契約を結んでおくことも必要です。
退職時に会社が退職者の持株を買い取るという契約をしておくことで、株式が第三者に渡るリスクを避けて経営権を維持できます。
客観性のある株価を設定する
各手法の実施に際しては、客観性かつ妥当性のある株価を設定しておく必要があります。
第三者割当増資、新株予約権の発行、M&Aや事業譲渡等を行う際、適正な株価が設定されていないと関係者間で混乱が生じるからです。
特に、非上場株式を取扱いする場合は、売買市場がなく明確な株価というのが存在しないので、会計事務所など専門家に依頼して、できるだけ客観性の高い株価を計算してもらう必要があります。
資本政策と関連する法律やルールに注意を払う
各手法を実施する際には、資本政策と関連する法律やルール(会社法、金融商品取引法、税法、上場前規制(※)ほか)に注意を払って行うことが必要です。
資本政策の各手法は様々な法律・ルールの規制を受けています。
そこに経営者が法律や規制を何も知らない状態で経営を続けていくと、資金調達やIPO等の場面で大きな支障を受けることになります。
経営者が全ての法律に詳しくなる必要はないものの、それぞれ専門家のサポートも受けて、概要について把握しておけば、スムーズに各手法が実施できると考えます。
(※)上場前規制とは、株式上場に係り、基準事業年度の末日の2年前の日から上場日の前日までの株式の移動、第三者割当増資などに係る開示義務、基準事業年度の末日の1年前の日以後の第三者割当増資などの継続保有義務について、取引所が定めた規制のこと
資本政策の計画は、将来、上場する際の審査基準を踏まえて作る
各手法の実施前、資本政策の計画は、将来、上場する際の審査基準(形式基準及び実質基準)を踏まえて作る必要があります。
資本政策は、策定されると各手法を実施することになります。
しかし、実施後、あとでまずいと判断しても実施済みの施策は後戻りできないので、そのためにも資本政策は事前に綿密に作り込んでおかねばなりません。
特に会社として将来上場を目指すつもりなら、なおさら、上場時の審査基準を意識して資本政策を策定しておく必要があります。
上場審査では、形式要件と実質基準の2つを満たすことを求められます。
形式要件では、各市場において最低限守らなければならない条件が設定されています。
例えば、株主数、流通株式、時価総額などです。
形式要件について、詳しくは以下のサイトをご覧下さい。
一方、実質基準の審査では、上場申請する企業が上場企業に適しているか、その内容が見られることになります。
会社は利益体質か、内部管理体制は整備されているか、公正な情報公開が行われているか、などの点です。
実質基準の審査では、目標とする数値的な条件はありませんが、書類審査、ヒヤリング、実地調査などの多面的審査が行われます。
おわりに
資本政策における具体的手法(中編)では、各手法の主な目的、実行に当っての留意事項を詳しく解説しました。
次回、資本政策における具体的手法(後編)では、各手法の法務手続(決議など)と日程の目安、金融商品取引法の開示義務がある場合とその内容など、解説します。
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