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IPOにおける決算体制の整備

camera_alt 寄稿者 Shutterstock_DariaRenさん

はじめに

IPOを実現すると、上場会社として株式市場での資金調達が可能となる一方、投資家保護、開示制度の拡充等を目的とした金融商品取引法の遵守が求められます。

その対応を可能とするためにも、IPO準備企業は、準備作業を通じて上場会社に相応しい社内体制を整備していくことが必要です。

そして社内体制を整備していく際の重要事項のひとつが決算体制の整備です。

IPO審査では、準備企業に対して、上場企業として相応しい決算の精度と早さが実現可能な決算体制が構築できているか、慎重に精査します。

IPO審査を無事に通過して上場を実現するためにも、決算体制の整備は避けて通れない課題です。

この記事では、IPOにおける決算体制の整備について詳しく解説します。

証券取引所における決算発表の現状

決算体制の整備について説明する前に、現状の証券取引所における決算発表の状況を、公表資料を使って把握しておきましょう。

JPX(日本取引所グループ)の開示資料によると、上場企業の決算に関する情報は、投資者の投資判断の基礎となる最も重要な会社情報であることを踏まえ、JPXの子会社である東京証券取引所等を通じて、決算短信等の開示について以下のような要請を上場会社に対して行ってきました。

【要請内容】事業年度または連結会計年度に係る決算については、遅くとも決算期末45日(45日が休日である場合、翌営業日)以内に内容のとりまとめを行いその開示を行うことが適当であり、決算期末期30日以内(期末が月末である場合は翌月内)の開示がより望ましい

参照先:JPX/決算短信/決算短信等の開示に関する要請事項

https://faq.jpx.co.jp/disclo/tse/web/knowledge7142...

上記の要請を受け、多くの上場企業は決算体制の整備を行い、決算期末後45日以内の決算発表をめざして早期化の試みを行ってきました。

その結果、東京証券取引所における3月期決算の上場会社の決算発表状況は以下のような実態となっています。

【決算発表所要日数】

参照先:東京証券取引所/2022年3月期決算発表状況の集計結果について

https://www.jpx.co.jp/news/1023/nlsgeu000006fvjw-a...

現状を見る限り、上場企業の決算発表はJPXの早期化要請の水準を超えたスケジュールで進んでいるといえるでしょう。

したがってこれからIPOをめざす準備企業も、既上場会社に準じた決算体制を整備して、JPXの要請水準を実現できる社内体制作りが必要となります。

IPOで決算体制を整備するメリット

では、準備企業がIPOで決算体制を整備するメリットにはどのようなものがあるでしょうか?

大きく分けて4つのメリットが考えられます。

1つ目のメリットは、会社業績の早期把握と経営戦略作成への反映です。

決算の集計が早くできればできるほど、経営者は直近の会社業績を早く把握できるようになります。

また同時に次年度に向けての経営戦略を迅速に練ることが可能になります。

2つ目のメリットは、株主・投資家等、ステークホルダーに対する財務情報提供の迅速化です。

上場会社として株式市場で資金調達を容易にするためにも、株主や投資家等に対して、投資判断の基礎となる会社情報や財務情報の適宜適切な提供は重要です。

決算体制を常に整備しておけば、ステークホルダーに対する財務情報はより迅速に提供できます。

3つ目のメリットは、経理業務の効率化・迅速化による経費削減効果です。

現状未上場で経理業務を現金主義で処理したり、全ての経理業務を外部委託したりしている会社はその分、決算処理も遅延気味だと考えられます。

またそれに掛かる費用もコスト高になっていることでしょう。

しかしIPOを契機に決算体制を整備することは、経理業務を効率化・迅速化するばかりでなく、それまで決算処理に掛かっていた時間・コストを削減できるので大きなメリットが生まれます。

4つ目のメリットは、IPOの実現可能性を上げることです。

IPOをめざし様々な課題を克服して決算体制を整備していけば、会社として上記のメリットが得られるだけでなく、IPO審査に通る可能性も上がります。

決算体制の整備は結局IPO実現のための近道にもなるのです。

IPOにおける決算体制を整備する際の阻害要因とは?

次にIPOにおける決算体制を整備する際の阻害要因を解説します。

阻害要因は主に4つあります。

勘定科目の残高確定

阻害要因の1つ目は、財務諸表における各勘定科目の残高確定に時間を要することです。

決算時、取引先からの納品書や請求書など、いわゆる勘定科目の金額を確定する情報が会社が決算を締める予定期日までに集まらず、結果、売上や原価等の残高を確定するまでに時間が掛かってしまいます。

問題点の改善のため何らかの対策が必要です。

数字の入力作業

阻害要因の2つ目は、IT対応やシステム間の連携ができておらず、数字の入力作業に時間が掛かっていることです。

未上場企業には経理業務を会計事務所などに外部委託して処理している先も多く、また社内処理していてもオンプレミス※で対応して、流行のクラウド会計を利用している先も多くありません。

要するに経理業務に係るIT対応が遅れていて、これらは決算時の対応が遅延する原因になります。

また社内で内部処理していても、給与計算システムや販売管理システム等と会計システムが独立して運用され連携されていないケースもあります。

その結果、勘定科目の仕訳等で手入力作業が頻繁に発生するため、個別決算を行う際に遅延につながるのです。

※オンプレミスとは、サーバーやソフトウェア等の情報システムを、使用者が管理している施設構内に機器を設置して運用すること

毎月締め日作業と決算作業の重複

阻害要因の3つ目は、締日の関係で月末月初に作業が集中して、通常作業が決算作業と重なり業務処理が進まない点です。

通常決算は期末末日に締めますが、一方で月末月初は通常業務も重なり、各種作業が集中するので繁忙状態になります。

処理すべき項目が多くなると個々の作業が遅れてしまうので、決算処理の遅延に直結します。

業務平準化のための決算体制の整備が必要です。

会計監査の遅延

阻害要因の4つ目は、決算作業の遅延による会計監査の遅延です。

IPO審査通過をめざし決算体制を整備していく過程で、欠かせない手続きが公認会計士による法定監査です。

法定監査が義務付けられている計算書類、有価証券報告書等は会計監査人の意見なしに提出することはできません。

決算作業が遅れて、その影響で会計監査も遅延すると、最終的に決算発表の遅延につながるため、そのままだとIPO審査で「決算体制が十分整備されていない」とダメ出しされて、審査がやり直しになったり、IPOが中止されてしまったりするリスクがあります。

会計監査の遅延を防ぐためにも、決算体制の整備過程で決算早期化のための具体的な対策が必要です。

以上、IPOにおける決算体制を整備する際の阻害要因を4つ解説しました。

実はこれらの阻害要因をすぐに解決する安直な方法はありません。

阻害要因をひとつひとつ地道に潰していくことが、結局、決算早期化を実現して決算体制を整備できる近道といえるでしょう。

IPOにおける決算体制の整備対策

決算体制を整備する上で阻害要因が概ね理解できたとして、今度はそれに対する個々の対応策です。

個々の対策が実施できればIPOにおける決算体制の整備も万全となります。

勘定科目の残高確定の対応策

勘定科目の残高を早く確定する対策のひとつは、取引先等に依頼して従来末日だった締め日を数日程度、可能な限り、早めてもらうことです。

こうすれば早めに残高が確定するので決算作業も前倒しできます。

もうひとつの対策としては、これまで紙媒体でやり取りしていた書類を電子化して対応するということです。

これまでの紙媒体では、書類の郵便・FAX等での送受信、印刷、印刷後の数字の再チェック等、処理に多くの時間が掛かってタイムロスがありました。

しかし電子化に移行するとこれらの作業の多くが不要となり、残高確定までの時間も削減できます。

これらの対策が功を奏することで最終的に決算体制の整備が進みます。

手入力作業の効率化対策

手入力作業を効率化することは決算体制を整備するひとつの対策です。

たとえば手入力作業の効率化で使えるメソッドにAI-OCRがあります。

OCRとは光学的文字認識と呼ばれ、手書き及び印刷された文字をスキャナーやデジカメで読み取り、コンピューターが利用できるデジタル文字コードに変換する技術のことをいいます。

さらにAI-OCRは、手書き文字の認識処理工程にAI技術を組み込んで、OCRの読取り精度をさらに大きく向上することができる技術のことです。

そこでこれまでの紙媒体の書類をAI-OCRを使って電子データ化して、そのデータをさらにRPA※で自動入力させれば、これまで手入力で掛かっていた作業を大きく省力化できます。

※RPAとは、Robotic Process Automationの略語で、24時間365日、パソコン上の定型業務を処理してくれるロボットのこと。

手入力作業の効率化において、この改善策が軌道に乗れば決算体制の整備も一段と進みます。

業務のマニュアル化・標準化

決算体制の整備対策では決算業務のマニュアル化・標準化も有効です。

成長途上の未上場の企業では社内のスタッフ数も限りがあり、営業や生産活動等に主たるマンパワーが割かれ、経理業務に専念できる社員の数に限りがあります。

そうすると日常の経理業務や決算作業でも特定の担当者が継続して業務に当るため、どうしても自己流のやり方が定着してしまいます。

しかしそれでは会社の規模の伸びに併せて行う決算業務の対応も難しくなってくるので、決算期等の繁忙期には、常の経理担当者でなくても他の社員に補助・サポートしてもらって業務対応可能な措置が必要です。

それが業務のマニュアル化・標準化です。

決算に係る業務がうまくマニュアル化できれば、担当者が変わっても効率よく業務が進み、さらに業務での無駄やリスクも排除できて決算体制の整備が進みます。

また決算期に行う業務も一度に処理しなければならない業務ばかりでなく、前倒しして処理できる業務も少なくないので、マニュアル化の際、個別具体的にそれらを洗い出して早めに処理しておけば、決算業務の負荷を下げて業務を平準化することができます。

決算早期化及び監査の早期完了による決算体制の整備

様々な工夫で決算を早期化して、できあがった書類をいち早く会計監査人に回し、早めに法定監査を完了させることも、決算体制全般を整備する方策のひとつになります。

IPOに係り準備企業が決算体制をなぜ整備するかといえば、結局は審査を無事に通ってIPOを実現することです。

それ以外の目的は二の次になります。

会計監査を早期に完了させることは、IPO実現の成功率を上げるのにつながるので、そのためにも準備企業は決算体制の早期化へ注力する必要があります。

本記事の当初に「証券取引所における決算発表の状況」で確認していただいたように、3月期決算の上場会社の決算発表状況は、2022年3月期平均で40.3日です。

その集計結果から判断すれば、IPO準備企業でも、タイムスケジュールとして、期末翌月内におおむね会計監査が完力していることが望ましいし、そのためには会社の決算も締め日から8~12日以内、決算結果を踏まえた取締役会の実施も締め日から15日以内に完了する努力が必要でしょう。

終わりに

IPOにおける決算体制の整備について、準備企業として必要な対策中心に解説してきました。

最後に決算体制の整備に関して述べれば、IPO準備企業として最終的にめざすべき目標は、上場申請直前期(N-1期)の本決算で上場企業として最低限求められる決算体制の整備・構築です。

そのためには、上場申請直前々期(N-2期)中に、外部専門家等のサポートも受けて、確実に決算体制を整備しておくことがポイントとなります。

上場までのタイムスケジュールを常に意識しつつ、決算体制の整備を堅実に進めていきましょう。

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