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IPOにおける会計制度の整備(その2)

camera_alt 寄稿者 Shutterstock_MaximPさん

はじめに

IPOにおける会計制度の整備について、「その1」では、会計制度の種類や違い、現状の会計制度の実態、IPO準備企業が整備すべき会計制度など説明しました。

引き続き本記事「その2」においては、「その1」の章3「IPO準備企業が整備すべき会計制度」を踏まえて、「会計制度の整備で留意すべき主な項目」「会計制度の整備スケジュール」について詳しく解説します。

IPO準備企業が会計制度の整備で留意すべき主な項目

IPOをめざす企業では、IPO実現後、自社株式の売出や新規発行が可能となり、多くの利害関係者を有することになります。

そのため、IPOをめざしていないときには会計制度も法人税法に基づく税務会計によっていたとしていても、IPO後は多数の利害関係者に対して有用な財務情報を提供するため、本来のあるべき会計制度に切り替える必要があります。

以上より準備企業としては、法人税法では容認していない減損会計、資産除去債務等含め、「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」全てに対応しなければなりません。

また日本では、上場企業や会社法における大企業に対して2021年4月以降に開始する事業年度から収益認識に関する会計基準及び収益認識に関する会計基準の適用指針が適用されているので、IPOの準備企業もまたこの新会計基準に対する対応が必要です。

この章では、上記の項目中心に、IPO準備企業が会計制度の整備で特に留意しておくべき項目を5つに絞り詳しく解説します。

収益認識

企業の収益(売上)認識に関し、上場企業に対しては2021年4月以降に開始する事業年度から収益認識に関する会計基準及び収益認識に関する会計基準の適用指針が適用されるようになりました。

またこの新基準はIPO準備企業にも適用されるので早めの対応が必要です。

従来日本では、収益(売上)認識に関して統一した会計基準はなく、一部個別の会計基準を除き、企業会計原則における実現主義の原則に従って売上を計上してきました。

また、非上場企業においては、収益と費用を現金の受け渡しの時点で計上する「現金主義」で処理している場合もありました。

しかし企業がIPOをめざすのであれば、今後は全ての収益及び費用に関して、収益については収益認識会計基準を適用して計上することが基本となります。

そして全ての上場企業(含む準備企業)は売上高の計上について、企業会計基準委員会から公表された「収益認識に関する会計基準及び収益認識に関する会計基準の適用指針」に従う必要があります。

この会計基準においては、企業は顧客との契約内容に合わせて、以下の5つのステップを検討するようになります。

(STEP1)契約の識別

(STEP2)履行義務の識別

(STEP3)取引価格の算定

(STEP4)履行義務への取引価格の配分

(STEP5)履行義務の充足時点(または充足につれて)収益を認識

なお(STEP1)~ (STEP5)の詳しい内容については、以下の「企業会計基準委員会/収益認識に関する会計基準」を参照のこと。

以上の点から、2021年4月以降に開始する事業年度からはIPOをめざす準備企業も収益認識会計基準を見据えた対応が必要です。

しかし収益認識会計基準は規定内容に抽象的概念が多く含まれており、実務面で個々の取引に当てはめるには様々な困難が伴うことが予想されます。

それだけに自社への導入に際しては、監査法人や外部アドバイザー等の専門家からの指導も受け、準備期間のできるだけ早めの段階から対応に着手されることを強くおすすめします。

参照先:企業会計基準委員会/収益認識に関する会計基準

https://www.asb.or.jp/jp/wp-content/uploads/denshi...

参照先:日本公認会計士協会/IPO事前準備ガイドブック/収益認識会計基準の適用

https://jicpa.or.jp/news/information/IPO-Guidebook...

各種引当金

収益面に続き、費用項目で留意すべきトップバッターは引当金です。

IPO準備企業は会計制度の変更に際し、各種引当金の取扱いについて慎重に留意する必要があります。

引当金とは、将来の支出に備えてあらかじめ費用計上される見積金額のことです。

各種引当金のうち、決算書によく見られる事例としては、賞与引当金、退職給付引当金、貸倒引当金などあり、相当数の引当金種類があります。

しかし引当金のほとんどは税務上、損金(費用)として認められていません。

その理由は、例えば、賞与引当金の場合、会社がその事実を従業員に告知しない限り、労働債務として確立しないため、税務当局が損金として安易に認めると、企業側がこの項目を恣意的に使って課税所得を調整する余地を与えてしまうからです。

そのような理由から、各種引当金は税務上損金として認められていない上に、会計上、引当金として計上する場合には、企業が企業会計原則に基づき以下の4つの条件を満たす必要があります。

【引当金の4条件】

①将来の費用または損失となること

②発生が当期以前の事象に起因していること

③発生の可能性が高いこと

④引当金金額を合理的に見積もることが可能なこと

なお、引当金に関しては、計上する場合、損益計算書に費用として計上するとともに、貸借対照表に負債として計上する会計処理が必要です。

さらに引当金の金額は一般的に多額になるケースが多く、決算の準備不足等で期末に監査法人から指摘されて急に計上すると、会社の損益額が大きく変動するリスクがあります。

そのような可能性を少なくするためにも、会社としては日頃から引当金の処理に関してはしっかりしたアンテナを張って、適宜適切に対応できるようにしておきましょう。

減損会計

IPO準備企業が会計制度変更に際し、引当金同様、留意しておかねばならない費用項目が減損会計です。

減損会計とは、固定資産の減損に関する会計のことをいい、名前の通り、固定資産の資産価値を減少させる会計処理のことをいいます。

減損会計も引当金同様、これを税務当局が認めると、会社の独自の見積もりで安易に損金処理して恣意的に課税所得を調整する余地を与えるため、税務会計では認められていません。

しかし会計制度を財務会計に変更しなければならない準備企業としては、減損会計にも対応していく必要があります。

減損会計は、会社が有している固定資産の時価や資産が生み出す収益性が著しく低下している場合、当初の帳簿価額を切り下げて資産の評価を適正にして、将来に損失を繰り延べしないために行います。

減損会計の処理は、手順として、まず対象となる資産を決定し、次に減損の兆候があるかどうか判定します。

そして減損の兆候ありと判断したら減損損失を計上するかどうか判定します。

減損損失の計上では、減損対象の固定資産が生み出す将来キャッシュフローの総額が重要であり、その見積もり次第で減損損失の計上額も大きく変わってきます。

見積額の精度に関しては、監査法人の事前監査でも厳しく確認されるため、安易にキャッシュフロー額を見積もらないよう注意が必要です。

資産除去債務

各種引当金や減損会計同様、IPOで会社が留意しておかねばならない費用項目が資産除去債務です。

資産除去債務とは、有形固定資産の取得、建設、開発及び通常の使用によって生じ、当該有形固定資産の除去に関して法令又は契約で要求される法律上の義務及びそれに準ずるものを対象として行う会計処理のことをいいます。

ただし資産除去債務はあくまで財務会計特有の処理であり、税務上、費用(損金)計上は認められていません。

一方で多くの会社が事業で建物を借りるなどの理由から、実際に資産除去債務を決算書上に計上しています。なぜなら建物を借りた場合、将来、事業から撤退して建物を所有者に返却する際、原状回復して返すのが基本だからです。

原状回復には事業で使用した設備や備品等の除去費用が発生することから、資産除去債務を計上しています。

なお、資産除去債務は通常の使用によって生じ、法令又は契約で要求されるものが対象となることから、異常原因に基づくものは除かれ、それらは別途引当金の計上で対応します。

また資産除去債務を計上する場合、資産除去債務として貸借対照表に負債計上するとともに、対応する除去費用を固定資産として貸借対照表に資産計上します。また、資産除去債務の時の経過による利息と、除去費用の減価償却費を損益計算書に費用計上します。

そしてなぜ資産除去債務を財務諸表に計上するかというと、有形固定資産の除去に関する将来の負担を財務諸表に反映させることは、投資家等のステークホルダーに対して投資情報として有用だからです。

そのためこれからIPOをめざす準備企業は、投資家保護の観点からも、この資産除去債務への対応が必須になってきます。

税効果会計

税効果会計とは、財務会計(企業会計)と税務会計の違い(ズレ)を調整して、税金費用を適切に期間配分する会計上の手続きをいいます。

IPO準備企業はこの取扱いに関しても対応が必要です。

「財務会計と税務会計の違い」で説明したように、両会計制度はそれぞれめざす目的が異なり、収益(益金)・費用(損金)の取扱い上の違いから、財務会計上の税引前当期純利益と法人税法上の課税所得は通常一致しません。

しかしこれが一致しないままだと、損益計算書上の利益と税金費用の対応関係に相違が生じて、税引後の当期純利益が会社の業績を適切に反映しないということになります。

そこで両者を調整する目的で利用されるのがこの税効果会計という会計手法です。

税効果会計の算出手順を簡単に説明します。

手順①会計上の利益計算に使用する収益と費用、及び税法上の課税計算の計算に使用する益金と損金の計上時期の差異を計算します。

手順②差異に対して法定実効税率を乗じることで繰延税金資産(※1)または繰延税金負債(※2)を算出します。

(※1)会計と税法でズレが発生して、税法の儲けが会計の儲けより増えるのが「繰延税金資産」

税効果会計ではこれを「税金の前払い」と見なし、貸借対照表上の処理勘定は「繰延税金資産」を使う

(※2)会計と税法でズレが発生して、税法の儲けが会計の儲けより減るのが「繰延税金負債」

税効果会計ではこれを「税金の未払い(後払い)」と見なして、貸借対照表上の処理勘定は「繰延税金負債」を使う

手順③繰延税金資産や繰延税金負債の差額を期首、期末で比較して増減額を算出(決算書上は両者は相殺して表示される)、その額を「法人税等調整額」として損益計算書に計上します。

なお、税効果会計には、上記利益と所得の差による他、財務会計と税務会計の資産と負債の差によるものもあります。

このように企業は税効果会計を通じ、上記の手順を経て、会計上の利益と税務上の課税所得を調整する必要があります。

会計制度の整備はいつまでに?

IPOにおける会計制度の整備に関して、収益及び費用中心に準備企業として留意しておかねばならない重要項目中心に解説してきました。

では会計制度の整備はいつまでに完了させておけば良いのでしょうか?

IPOに際して準備企業は、少なくても上場する期の2年前、N-2期から「中小企業の会計に関する指針」を脱却して、既存の上場企業と同じ「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」に従い、決算を開示できる体制を整えておく必要があります。

また審査までには「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」に従って「適正に決算が作成されている」という監査法人の監査意見の表明も取れるよう段取りしておかねばなりません。

さらに2021年4月以降に開始する事業年度から、上場企業に適用されている新収益認識基準についても、IPO準備企業として特に留意すべきで、早めの検討及び対応が望ましいです。

終わりに

IPOにおける会計制度の整備について、その1、その2を通じて詳しく解説してきました。

IPOを検討する段階に入った準備企業としては、会計制度も一日も早く「中小企業の会計に関する指針」から脱却して、「本来あるべき一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」に準拠するよう体制整備しなければなりません。

しかしながら会計制度の整備には、会社としての一定の準備期間や監査法人やアドバイザリーのようなそれぞれ会計制度に精通した外部専門家の支援も必要です。

また社内でも外部専門家のアドバイスをきちんと理解できて実行に移せる専任スタッフの養成にも時間がかかります。

会計制度の整備に当っては、会社として十分な準備期間を取って、緻密なスケジュールのもと、計画的に整備を進めていきましょう。

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