IPOの労務管理その2
はじめに
IPOの労務管理に関して、審査を受ける上場準備企業として、従業員の社会保険の加入状況にも配慮しておく必要があります。
IPO審査に関する労務監査では、社会保険の適切な加入も重要なチェックポイントです。
近年は働き方改革や仕事に対する価値観の多様化等から、正社員だけでなく、会社は多くのパートタイマー、アルバイトなども雇用しており、このような時短勤務労働者でも一定の条件を満たしていれば、本人を社会保険に加入させる義務を負っています。
しかし会社側の認識不足、ケアレスミス等から、本来社会保険に加入させるべき従業員を加入させていない例もあり、当然このような状態は法令違反になることから、放置すればコンプライアンス違反と判断されてしまいます。
また会社がIPO準備企業だった場合、IPO審査に影響を受けてしまう可能性があるので、事前の労務監査では一日も早く問題点を是正しておく必要があります。
本記事では、「IPOの労務管理その2」として、社会保険の加入に焦点を当て、どのような状態が社会保険の適正加入となるのか、さらに社会保険適用範囲の拡大についても詳しく解説します。
労務審査3 社会保険の適正加入及び法改正による適用拡大
この章では、労務監査の重要ポイントのひとつ、社会保険について、その適正加入、及び法改正による従業員の加入対象範囲の拡大等について詳しく説明します。
社会保険とは、通常、年金保険、医療保険、介護保険、雇用保険、労災保険の5種類の国が運営する公的保険制度のことをいいます。
しかし一般的に社会保険というと、会社勤務の従業員を対象にした健康保険(けんぽ等)と厚生年金保険の2つを指すことが多く、社員が社会保険の加入条件に当てはまると、加入義務が発生します。
また社会保険に加入すると、保険料の支払が必要ですが、その場合、保険料は、雇用者本人、あるいは雇用者(会社)、または両者で折半して負担するようになります。
社会保険に加入すると、加入者には会社に勤務している間のみならず、退職後も様々なメリットが得られるので、国も制度をバックアップしながら社会保険への加入を促しているのです。
以下さらに詳しく社会保険について解説します。
①社会保険の適正加入
まずは社会保険の適正な加入についてです。
その事業体が法人の場合、加入すべき社会保険は、雇用保険、労災保険、健康保険、介護保険、厚生年金保険があります。
しかしその中でも保険料を多く支払う割合等から見て、社会保険といえば、健康保険、厚生年金保険を指すのが一般的です。
では一体保険料はどれぐらい掛かるかというと、たとえばその社員の月給が月30万円とすれば、保険料は月額ベースで社員負担、会社負担、各々3万7千円ほどとなり、合計で7万4千円程度になります。
ただし加入者の年齢、職業の種類、所属する組合等で保険料の負担額に差が出てきます。
また本来社会保険に加入する義務があるにも関わらず、会社が加入資格のある社員を社会保険に加入させていないと、後で厚労省からチェックされ指摘を受けた場合、その会社は該当者全員の社会保険料を過去2年間にさかのぼって追徴されてしまいます。
さらに指摘を受けた会社には、過去2年分の支払という大きな金銭的負担が発生するだけでなく、社会保険未加入の罰則もあるため、その事実が取引先や金融機関等に知られると会社が受ける社会的ダメージも大きいです。
保険料の訴求や罰金の支払を避けるためにも、会社としては自発的かつ早急に該当する社員を社会保険に加入させることが必要でしょう。
これが上場をめざす企業の場合、労務管理に関する対応項目も多いため、失念して社会保険の加入義務がある社員の加入を怠ってしまうこともあるかもしれません。
しかしそれではIPO審査で、労務管理に係るコンプライアンス違反を指摘されるリスクも上がるので、そのような事態はぜひとも避ける必要があります。
事前に行う労務監査の機会を通じて、会社としても、加入義務のある社員の加入漏れがないか、加入状況は適正かなど、十分チェックしておきましょう。
②社会保険の適用拡大
IPOをめざす準備企業が社会保険で留意しておくべき、もうひとつの点は社会保険の適用拡大です。
法律面でいえば、2016年(平成28年)にはすでに従業員数501名以上の会社を対象に、正社員だけでなく、パート・アルバイト等、社会保険の加入で一定条件を満たす時短勤務労働者に対しても、加入の義務化が制定されていました。
※社会保険の加入要件
会社は、社会保険に関して、正社員のほか、労働時間や労働日数が正社員の4分の3以上のパート・アルバイト等も加入させる義務がある
多くの場合、正社員の労働時間は週40時間であり、週に30時間以上働くパートタイマー等も社会保険の加入対象となる
それが今般さらに法改正され、この短時間労働(パート・アルバイト)の社員に関して、2022年10月(令和4年)と2024年10月(令和6年)に、段階的に社会保険適用の範囲が拡大されて、加入対象者が増える予定です。
法改正の要点は主として事業所規模と使用期間の2つで、以下のように要約できます。
<2022年20月(令和4年)の改正内容>
事業規模…501名以上から101名以上へ
使用期間…1年以上から2ヶ月を超える期間へ
<2024年10月(令和6年)の改正内容>
事業規模…101名以上から51名以上へ
使用期間…2ヶ月を超える期間(変更なし)
上記のように、今後、段階的に短時間労働社員の社会保険の加入条件が変更され対象者が拡大していくので、社員の中でパートタイマーなどの比率が多い業種などについては特に注意して、会社として法律違反しないよう加入漏れを防ぐ配慮が必要です。
さらにIPOをめざす企業の場合、スタッフの忙しさ等から段階的に実施される改正内容にうまく対応できず、審査準備期間中に社会保険の加入漏れ等が指摘されると、結果によっては上場スケジュールにも影響を受けてしまいます。
さらにこれまで社会保険に加入してなかった社員も、法改正で加入が必要となれば、社員自身の保険料負担に加えて、会社の保険料負担が増えるということになります。
すると経費増から会社のキャッシュフローにも影響してくるので、IPO準備企業としては、その影響を最小限に抑えるべく、先を見通したキャッシュフロー管理や予算実績管理にも特段の配慮が必要になってきます。
IPO労務監査における社会保険労務士の役割及び選定について
社会保険労務士(以下社労士)は、社会保険や労働関連の法律の専門家として、一般的に外部から会社の人事や労務管理に関わる仕事をしています。
社労士はカバーしている業務範囲も広く、たとえば会社の健康保険、厚生年金などの関連書類を作成して、代行して労働基準監督署等の行政官庁に書類を提出しています。
あるいは労働社会保険諸法令に基づく帳簿書類の作成も社労士の独占業務であり、具体的には企業内の就業規則、労働者名簿、賃金台帳等も作成しています。
また近年、働き方や労働に対する価値観の多様化から、会社内でも正社員に加えて短時間労働者(パート・アルバイト・契約社員)の数も増えており、それに伴う人事労務の問題も複雑化・高度化してきています。
そのような諸課題の解決に対しては、社内スタッフだけで対応するのは難しくなっており、人事労務の専門家である社労士に頼る面も多く、今後も社労士に対する需要は高まることはあっても減ることはないでしょう。
しかしこれがIPOに係る労務監査となると話は別です。
いくら人事労務の専門家である社労士といえども、IPOの労務監査にすぐに対応できる社労士となると数が限られてきます。
さらにIPOの労務監査を信頼して任せられる大規模な法人となると、さらにその数は限られてくるのではないでしょうか。
一方で上場実現後は、その企業がIPOの労務監査時に支援を受けた社労士が引き続き会社の労務顧問を務めることも多いです。
それだけにIPOの労務監査を得意とする社労士を得られれば、上場準備企業にとって、後々の企業の発展にも大きく寄与することにもなります。
IPOの成功をめざす企業としては、上場準備にできるだけ早く取組み、かつ幅広く情報アンテナを張って、労務監査を得意とする社労士をいち早く見つける努力をする必要があります。
終わりに
本記事では、「IPOの労務管理その2」として、社会保険の加入に焦点を当て、社会保険の適正加入、対象者の適用範囲の拡大、IPO労務監査における社労士の役割及び選定方法などについて、詳しく解説してきました。
次回は、「IPOの労務管理その3」として、引き続き、労務審査の重要チェック項目として、パワーハラスメント対策、働き方改革関連対策、テレワーク勤務など解説します。
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