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IPOの労務管理その1

camera_alt 寄稿者 Shutterstock_22 TREE HOUSEさん

はじめに

労務管理とは、求人・採用、配置や異動、人材育成や人事評価、賃金及び労働時間管理など、会社が社員に対して行う全ての管理の総称をいいます。

会社に所属する人材の生産性の向上を目的として、社員の活動をサポートしつつ、労働環境を適切な状態に管理維持することが主な労務管理の意義です。

また労務管理はIPO(上場)審査においても最重要項目のひとつと見なされています。

近年IPO審査では、コンプライアンスの遵守状況が重要視されていますが、その中でも労務管理のコンプライアンスは大きなテーマのひとつです。

審査の結果、労務管理で問題点が多く指摘されれば、審査が通らなかったり、上場が延期されたりというリスクがあります。

また労務管理については留意すべき点が多々あり、IPO準備では多くの会社で悩みの種になっています。

その点を踏まえ本記事では、IPOの労務管理について、「その1」~「その3」まで3部シリーズにして、IPOの労務管理のポイントや留意点を詳しく解説します。

IPOの労務監査と実施タイミング

労務監査とは、会社が労働関係の諸法令を遵守しているかどうかを、社会保険労務士等の外部専門機関に委託して調査することをいいます。

この章ではまずIPOをめざす会社が受ける労務監査と実施タイミングについて説明します。

労務監査では、具体的には、労務帳票・規程等の書面が社内で整備されているか、就業規則等のルールがきちんと実態で運用されているかなど、社員に対してkヒアリングやアンケートを実施・調査して、専門家がその監査結果を評価します。

労務監査は、一般的に実施準備、労務監査、労務監査報告の流れで実施され、主にこの分野の専門家である社会保険労務士から監査を受けます。

ただしIPOにおいて労務監査は必須項目ではありません。

労務審査をやらなくてもIPO審査は受けられます。

しかし近年のIPO審査では、コンプライアンスの遵守状況が重要視されていることから、主幹事証券会社から社労士等専門家の労務監査を受けておくことを奨められることも多く、会社としても指導に従ったほうが良いと思われます。

IPO準備企業における労務監査の実施タイミングについては、主に「直前々期(N-3期)に入る前」と「直前期(N-1期)」の2回がベストです。

「直前々期(N-3期)に入る前」に労務監査を受けるのは、監査法人からのショートレビュー前に「労務コンプライアンスを重視している企業である」ことをアピールできて、監査法人への印象を良くする効果が期待できるからです。

また「直前期(N-1期)」に再度労務監査を受けるのは、労働関係諸法令は頻繁に法改正があるので、IPO審査直前の時期に「企業として最新の法改正内容に対応できているかどうか」チェックする意味合いもあります。

労務審査1 就業規則・規程の整備及び適正運用

労務審査で留意すべき項目の1点目は就業規則・規程の整備及び適正な運用です。

IPO審査時における労務監査では、形式的な就業規則・規程を整備しただけでは審査は通過できません。

就業規則・規程に沿った適正な運用とそれを担保する勤務実態が必要です。

しかしIPOをめざす準備企業の中には、単に就業規則・規程を整備しただけで、その実態が伴わず規則等と乖離してしまったため、内部管理体制未整備と判定されて、審査を通過することが難しくなるケースがあります。

とりわけ就業規則との関わりで、IPO準備企業が留意しておかねばならない項目が36協定です。

36協定とは、その根拠が「労働基準法36条」にあることから通称36協定と呼ばれている契約で、会社が従業員に時間外勤務または休日勤務をさせる場合、その文言を必ず就業規則の中に明記するとともに、労使間で合意内容を明文化して労使協定を締結、その書面を所轄の労働基準監督署に届け出るようになっています。(定期的に更新が必要)

36協定を結ばず、届けをしないまま所定の労働時間を超えて従業員を働かすと、もちろん労働基準法違反となりその会社は処罰されることになります。

また企業の中には、36協定を結んでいても定期的な36協定の更新を怠ったり、勤務実態が伴わずに、労働基準監督署から是正勧告を受けたりするケースがあります。

仮にIPO準備企業がこのようなケースに該当したときには、IPO審査で影響を受けることが予想されるので、事前に労務監査の機会にしっかりと自己管理しておく必要があります。

労務審査2 サービス残業の排除

労務審査で留意すべき項目の2点目はサービス残業の排除です。

就業規則で決めた労働時間(法定労働時間の場合、上限1日8時間・1週間で40時間)を超えて社員に労働(残業)させる場合、前述の通り、事前に労使間で36協定の締結が必要です。

しかし企業の中には36協定を締結しないまま従業員にサービス残業を強いたり、36協定を更新せず有効化しないまま時間外労働をさせていたりするケースがあります。

もちろんIPO準備企業がこれをやっていたら、審査は通りにくく上場計画に影響を受けるので、会社として日頃から適正な労働時間の管理をするとともに、できるだけサービス残業を排除するような努力が必要になります。

以下サービス残業の排除の方法について3点詳しく解説します。

①過重労働対策及び労務時間の適正管理

サービス残業を排除する方法のひとつは会社による労務時間の適正管理です。

労務時間を適切に管理することで最終的には過重労働対策にもなります。

またIPO審査準備でも最も大きな課題なのがこの労務時間の適正管理です。

たとえば労務監査では、「社員のタイムカードの記録が労働実態と合っているのか」という点が審査されます。

もちろんタイムカードと労働実態があっていれば何ら問題ありませんが、企業の中には、所定の定時時間の終わりや、深夜労働に入る直前などに、上司が社員に対して指示して勤怠管理システムに退勤の打刻をさせ、打刻後も勤務を続けさせているケースなどあります。

もちろんこういう行為は会社側の違法行為なので、後々社員側から労務訴訟を起こされ、会社が敗訴すれば、社員に対して未払い賃金を支払わねばならなくなります。

そしてこのような未払いの労務債務がIPO準備企業に残ったままなら、審査は通りにくくなり上場も延期されてしまいます。

さらに会社が労働基準監督署から36協定の是正勧告を受けても同様で、IPO審査が通らなくなる可能性が上がるので、対策として会社は、社員が事前に打刻修正などしても打刻時刻が上書きできない勤怠管理システムの導入や、36協定の是正勧告に沿ってできるだけ早く対応を行って労働環境を改善しておく必要があります。

②割増賃金計算の過誤チェック

IPO審査に係り、サービス残業を排除する方法として、時間外労働及び休日労働に対する割増賃金計算の過誤チェックも有効です。

IPO審査に係る労務監査では、社会保険労務士等から未払い残業代の問題を指摘されることも少なくありません。

未払い残業代の問題を残したままでは、解消しない限り、IPO審査は通過しないといっても過言ではないです。

未払い残業代が発生する原因としては、賃金取扱い実務担当者の作業漏れや認識違いによる割増賃金計算の過誤があります。

たとえば割増賃金計算時に、基本給だけで残業代金を計算して本来算入すべき手当を入れていない、あるいは残業の単価を一律定額で計算して割増賃金を下回っている場合などです。

割増賃金計算の過誤要因は上記以外にも様々ありますが、いずれも会社としてこのような実態を放置すれば、将来従業員から労務訴訟を起こされ判決が確定した際には、会社として未払い残業代を精算するまで上場は難しいと考えるべきでしょう。

さらに労務債務が多額に膨らみ、その金額が会社の財務状況を悪化させるレベルにまでなれば、それもまたIPO審査での上場阻害要因となります。

会社は、賃金実務担当者への教育訓練を通じ、時間外労働及び休日労働に対する割増賃金計算の過誤をなくし、未払い残業代の発生防止を図る必要があります。

③管理監督者の要件チェック

サービス残業を排除する方法として、管理監督者の要件をチェックすることも大事です。

近年のIPO審査では、「名ばかり管理職」の問題がよく指摘されています。

本人が会社組織の中で部下を持つ「管理職」という位置づけになっていたとしても、労働基準法上の「管理監督者」でなければ、会社は本人が残業をした際には、労働者として残業代を支払う義務を負います。

仮にIPO審査で本人が「名ばかり管理職」であると指摘されれば、過去に行った残業に対して本来支払うべき残業代が未払い状態となってしまうので、その問題を解消しない限り、上場審査は通らないリスクがあります。

ここでその管理監督者が「労働基準法上の管理監督者」なのか、「名ばかり管理職」なのかは、社内での役職名(呼び方)に関係なく、就いていた職務内容、与えられていた職務権限、総合的な待遇(報酬)、そして勤務実態など、総合的に判断されることになります。

IPO準備企業としては、審査で後に「名ばかり管理職」と判断されないよう、自社の管理監督者へも十分な配慮を払っておく必要があります。

終わりに

「IPOの労務管理その1」では、労務監査と実施タイミング、労務審査のチェック項目として、就業規則・規程の整備及び適正運用、サービス残業の排除などに焦点を当て、詳しく解説してきました。

次回の「IPOの労務管理その2」では、引き続き労務審査のチェック項目として、社会保険の適正加入及び法改正による適用拡大、またIPO労務監査における社会保険労務士の役割等について詳しく解説する予定です。

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