企業価値評価を高める事業計画とは
はじめに
資金調達や事業の成長を図るうえで事業計画書の重要性は広く知られていますが、事業計画書がバリュエーション(企業価値の評価額)に与える影響を理解している経営者は多くないかもしれません。そこで本記事では、事業計画書の有無や信頼性によってバリュエーションが変動する仕組みを紐解きながら、ハイバリュエーションを実現する事業計画書のポイントについても解説していきたいと思います。
事業計画書の概要とその効果
まず初めに事業計画書について整理しておきたいと思います。事業計画書は、一般的には会社や事業の概要、方向性や目標、その達成に向けた具体的な施策・行動、及びその結果に基づく財務数値を内外に示す計画書です。
その効用として、対社内においては、社員の役割・目標・行動指針の明確化、一体感の醸成、士気向上、業績管理・経営における意思決定の拠り所となるものであり、業績や企業価値の向上に繋がることが期待されます。対社外においては、会社の理解や信用力の向上、資金調達・M&A・事業提携時の説明ツールとして活用され、低金利による銀行借入やハイバリュエーションによるエクイティ・ファイナンスやM&Aが期待されます。
3つのバリュエーション手法
次に、企業価値(株式価値)の評価で多く用いられる3つの手法について、事業計画書における収支計画との関係性の観点から、それぞれ特徴を見ていきます。
株式価値を算定する主な手法として、貸借対照表の純資産額に基づく純資産法(コストアプローチ)、評価対象会社と類似する上場企業の株価と財務数値の関係を利用する類似企業比較法(マーケットアプローチ)、将来の想定キャッシュ・フローに基づき評価を行うDCF法(インカムアプローチ)の3つがあります。
純資産法は、今までに株主が会社に出資した金額と会社が稼ぎ出してきた利益の合計である純資産額をもって株式価値とするため、収支計画を使うことはありません。収支計画という将来の予測によらない手法であるため、恣意性が入り込む余地が小さいというメリットがある一方で、ブランド、ノウハウ、技術、人材、のれん等の貸借対照表に計上されていない無形資産を評価に織り込めないというデメリットがあります。通常企業はこれらの経営資源を活用し事業を運営し成長していくことを見込んでいますが、そういった将来の成長性や収益力を評価に反映できないため、算定される株式価値は3つの手法の中で一番小さくなることが多く、最低価額の目線として使われるケースが多いです。
次に類似企業比較法ですが、評価対象会社と類似する上場企業の株式時価総額が当期純利益等の財務数値の何倍になっているかを算出し、当該倍率に通常は評価対象会社の計画1期目の財務数値を乗じて、株式価値を計算します。この方法は類似企業の時価総額/利益等の倍率(マルチプル)を使うことから、一般的にマルチプル法と呼ばれています。実際に株式市場で付されている相場観を反映できるため、説明がしやすい手法であり、比較的達成確度が高い計画1期目の財務数値を使うことから、納得感が得られやすいと言えます。しかし、この手法は評価対象会社の成長性や収益性は選定する類似上場企業と同水準であるという想定を置いているため、上場会社よりも高い成長を見込むことが多いベンチャー企業の評価においては、その成長性を十分織り込めないという欠点があります。
最後に、インカムアプローチの代表的評価手法であるDCF法は、評価対象会社が将来稼得すると想定されるキャッシュ・フローを現在価値に割り引いて評価する手法ですが、「将来稼得すると想定されるキャッシュ・フロー」は、まさに収支計画からの情報となります。ベンチャー企業のように、収支計画において将来大きな成長や収益性の改善を見込んでいる企業の評価にはDCF法を採用することが合理的と言えますが、収支計画には恣意性が入り込む余地があるため、これがDCF法を採用するうえでネックとなることがあります。つまり、投資家から見て、収支計画に合理性、論理性がなく、実現可能性が低いと判断されれば、投資家はこの収支計画を使わず、純資産法で評価したり、計画1期分だけを使って類似企業比較法で評価したり、あるいはDCF法を採用するものの、大幅に下方修正した計画に作り替えたりするかもしれません。
DCF法のもう一つの重要な要素が割引率ですが、これは将来稼得される価値を現在の価値に直すために用いる率を指します。リスク(不確実性)が高いほど割引率は高くなり、結果として現在価値は小さくなります。価値を上げるには割引率を下げる必要があり、割引率を下げるためにはリスクを下げる、つまり投資家にリスクが小さい(収支計画の実現可能性が高い)会社・事業と思われる必要があります。
収支計画を使ってDCF法で評価してもらうには、収支計画を含む事業計画書を買手が納得してくれなければいけませんが、逆に納得してもらえれば、ハイバリュエーションを実現することも可能になってきます。
事業計画書とバリュエーション手法の関係性
将来の収支計画を織り込んだ方が一般的には価値が大きくなるため、3つの手法により算定される株式価値は、DCF法⇒類似企業比較法⇒純資産法の順となります。収支計画の観点から採用する評価手法を検討すると、収支計画がない、あるいは信頼性がないと判断されれば純資産法が採用され、収支計画はあるが、根拠が不明確で信頼性が乏しいならば計画1期目の財務数値による類似企業比較法が採用され、根拠が明確で信頼性の高い収支計画と判断されればDCF法が採用される可能性が高くなります。
増資による資金調達やM&Aを実行するうえで、信頼度の高い事業計画書を準備することは非常に重要であり、それがないと本来評価されるべき価値を享受できないリスクがあることは十分理解しておく必要があります。
事業計画書
それでは、ハイバリュエーションを実現する事業計画書とはどういったものでしょうか?
事業計画書は、経営理念、ビジョン、現状分析、戦略・アクションプラン、収支計画で構成されることが多いですが、論理性、一貫性、達成可能性、さらに経営者の熱意が感じられなければなりません。
経営の根幹ともいえる経営理念という土台のうえに、ビジョンを定め、自社が置かれている現状を認識し、ビジョンとのギャップを埋める手段として、戦略・アクションプランを立案し、戦略・アクションプランを実行した結果期待される収支計画を策定します。
経営理念とは、会社・事業の存在理由や存在価値と定義されます。経営理念のもとに社員が集まったり、経済合理性だけではなく、経営理念に賛同した外部の関係者(販売先、仕入先、株主)が応援したり取引したりすることもあるため、社内外から共感が得られるものであることが重要です。
経営の屋台骨である経営理念の明確化が事業計画書の土台となり、また経営者や社員が判断に迷った時に、何をすべきかの行動指針となります。
ビジョンとは、会社の目指すべき姿、理想の状態と定義され、会社の成長性が見えること、社員のやる気を引き出すものであることが大事になります。将来のあるべき姿や理想を持ち、その理想を実現させるための道筋が見えている会社は成功の可能性が高いと言われています。経営理念を実現するために、将来(例えば5年後に)なっていたい会社の姿、将来(5年後に)達成したい財務数値(売上高や営業利益等)を定めます。
次に現状分析ですが、現状を把握しビジョンとのギャップを理解するための重要な手続きです。戦略・アクションプランの土台となり、収支計画の精度を上げ説得力を高めることにつながります。外部環境分析により、経済・社会、消費者行動・ニーズ、業界・市場、技術革新、競合他社の動向といった自社を取り巻く環境を把握します。内部環境分析では、組織・人員、商品・サービス、技術・ノウハウ、資金力・財務力といった観点で強み・課題を分析し自社内の経営資源を把握します。自社の置かれている現状を分析し、ビジョン実現のための戦略・アクションプランを立てていくことになります。
戦略・アクションプランは、ビジョンと現状とのギャップを埋める手段であり、ビジョン実現のための打ち手となります。誰が/誰に(社内担当者の明確化と顧客ターゲットの絞り込み)、いつ(時間軸の設定)、どんな商品・サービスを(販売する商品・サービスの特定)、どのくらい(販売量・金額の検討)、どのように(提供する手段の明確化)提供するかを検討します。これらを具体的にイメージすることができればできるほど、精度の高いプランとなり、実効性や投資家に対する説得力が高まります。
最後に収支計画ですが、戦略・アクションプランの実行により期待する成果を時間軸に区切って数値化したものです。精度の高い計画を作ることを意識する必要がありますが、そのためにできるだけしっかりとした根拠に基づくことが大切です。
また、収支計画策定の視点として、以下を意識することが肝要です。
- 項目ごとに積み上げ計算を行う一方、目標成長率・利益率から見て、達成すべき水準になっているか
- 過去からの連続性を考える一方、ビジョンから見て、この期までに達成しないといけないという水準になっているか
- 売上・利益計画から見て、投資計画・資金計画は妥当か
- 資金ショートは起きていないか
- 経営理念、ビジョン、現状分析、戦略・アクションプランと整合し、一貫性があるか
- 現状分析、戦略・アクションプランから見て、実現可能な数値になっているか
おわりに
収支計画だけを作成し投資家と交渉を始める会社も存在しますが、ハイバリュエーションを実現するポイントとしては、ただ見栄えの良い財務数値を並べることより、根拠ある数値を作成すること、そしてその前提として共感できる経営理念、ビジョンを立て、納得感のある現状分析を実施し、実効性のある戦略・アクションプランを策定することが大切です。また、各項目が論理的に構成され全体として一貫性があることに加え、事業計画書を通して経営者の熱意が伝わることも重要です。
投資家を納得させられる事業計画書がハイバリュエーション実現のキーとなりますので、入念な準備をして作成していく姿勢が求められます。
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