【日本】医療危機、邦人に高まる不安[経済](2021/07/21)
東南アジアで新型コロナウイルスによる死者が急増している。域内10カ国では7月に2万2,000人を超え、前月を大幅に上回るペースで推移している。各地で爆発的な感染拡大が起きた結果、病床や医療従事者、医療用酸素などの不足が深刻化している。医療崩壊の瀬戸際に立たされている国では、在留邦人の帰国の動きが広がっている。
英オックスフォード大学の研究者などでつくる「アワ・ワールド・イン・データ」によれば、7月1~18日の死者数は、インドネシアの約1万5,100人を筆頭に、フィリピン(約2,100人)、マレーシア(1,800人)、ミャンマー(1,700人)と続く。6月末までの累計が約80人にとどまり、「感染対策の優等生」といわれてきたベトナムも、わずか2週間余りで170人超に上った。
死者数が加速度的に増えている国も多い。インドネシアは、7日間平均で6月30日に人口100万人当たり1.5人だったが、7月18日には3.7人と2.5倍に増えた。マレーシアは1.6倍の3.8人、ミャンマーは17.8倍の3.1人、カンボジアは1.6倍の1.7人、タイは2.3倍の1.3人だった。
国軍統制下にあるミャンマーでは、実態は公式統計よりはるかに深刻との指摘がある。電子メディアのイラワジによれば、最大都市ヤンゴンに4カ所ある主要な墓地では、15日だけで700人の遺体が埋葬された。慈善団体の関係者は、「埋葬を待つ遺体が、床にいくつも置かれていた」と明かす。
死者急増の背景にあるのは、感染の急拡大だ。7月1日以降に10カ国で新たに確認された感染者は123万人を突破した。これまで感染を抑制できていた国でも、ワクチン接種の遅れや、インド由来の変異株「デルタ株」のまん延などで市中感染の連鎖に歯止めがかからなくなった。各国で医療体制が圧迫され、入院できずに自宅で死亡する感染者が続出している。
■酸素需要、1カ月で数倍に
死者が増えた要因の一つが、医療用酸素の逼迫(ひっぱく)だ。国際支援団体PATHのまとめによれば、インドネシアの医療用酸素の需要は16日時点で189万立方メートルと、1カ月前の5倍程度に膨れ上がり、途上国ではブラジルに次ぐ規模だ。ミャンマーも20万立方メートルと、前月の約10倍に拡大した。インドネシアやミャンマーでは、自宅で療養する患者の家族が、酸素を確保しようと販売店の前に行列を作っている。
死者が多い国に共通するのが、医療インフラの弱さだ。世界保健機関(WHO)の直近のデータによれば、人口1万人当たりの医師の数は、日本が25人なのに対して、マレーシアは15人、タイは9人、ミャンマーは7人、インドネシアは5人にとどまる。23人と充実しているシンガポールは、7月に入って死者は確認されていない。同国では、1回以上ワクチンを接種した人は人口の7割に達しており、感染者の重症化を防いでいるとみられる。
■「#日本大使館でワクチンを」
現地在留の邦人の間で、感染に対する危機感が高まっている。インドネシアやミャンマーなどでは駐在員や家族の引き揚げが始まった。両国からは、日本への退避便も運航される。ミャンマーでは、現地の日本大使館が在留邦人に対し、帰国の可能性を検討するよう繰り返し呼び掛けている。
ヤンゴンを拠点とする日系投資会社トラスト・ベンチャー・パートナーズ(TVP)の後藤信介代表は、「爆発的な感染拡大が起きている」と話す。後藤氏の周辺でも多くの陽性者が確認されており、「感染予防はもはや難しいかもしれない。かかっても重症化しないよう免疫を高めるようにしている」。8月の全日空(ANA)便で一時帰国を予定しているという。
邦人の死亡が確認されているタイでは、ツイッター上でハッシュタグ「#在外邦人の現地日本大使館でのワクチン接種を希望します」が拡散している。
加藤勝信官房長官は16日の会見で、海外にある大使館での接種について言及。「大使館の医務官は赴任国の医師免許を持っておらず、赴任国で医療行為を行うことができない」などと説明し、実現には「さまざまな課題がある」との認識を示した。