【韓国】「与党圧勝はもろ刃の剣に」[政治](2020/04/17)
15日投開票の韓国総選挙(定数300)は、革新系与党「共に民主党」と同党が設立した事実上一体のミニ政党「共に市民党」が、改選前の計128議席から50議席以上伸ばし、単独で法案を処理できる180議席を確保した。「巨大与党」の誕生は今後の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の政権運営や混迷する日韓関係、2022年の大統領選挙にどのような影響を与えるのか。神戸大学の木村幹教授に聞いた。
――革新系与党が圧勝した理由は。
「新型コロナウイルスの感染拡大を抑えた韓国の対策が世界で評価されている」という高揚感と「ここで気を緩めたら感染が再び広がり、これまでの努力が元のもくあみになってしまう」という危機感が、「現政権を支えなければ」という有権者の団結につながったと見るべきだろう。
――与党自体もこれほどの圧勝は予測していなかったようだ。
選挙が1カ月遅くても、1カ月早くても、違った結果になっていたはずだ。総選挙の実施は与党にとってこれ以上ないタイミングだった。雰囲気的には、200トンを超える金の寄付など、国民が団結してアジア通貨危機を乗り切った金大中(キム・デジュン)政権当時と似ている。
■「フリーハンド」手にした文政権
――文大統領は安定した政権運営を行えそうだ。
与党圧勝は文政権にとって「もろ刃の剣」だろう。180議席を確保して単独で法案を処理できるという「フリーハンド」を得た一方、財閥改革や検察などの権力改革といった公約が達成できなかった場合に、もはや言い訳ができない状況になってしまった。
残りの任期2年は、文政権にとって政権運営の真価を問われる期間となる。
■対日関係改善の動きも
――与党圧勝を受けて、文大統領はさらに対日姿勢を厳しくするか。
韓国の歴代大統領は任期終盤にレームダック(死に体)に陥り、支持率を回復しようと反日的な発言や行動を取ることが多かったが、文大統領には少なくともその必要がない。むしろ次期大統領の負担を軽減しようと、文大統領が関係改善に動く姿勢を見せてくるかもしれない。
ただし、両国の関係に大きな影響を与える元徴用工問題での譲歩を期待するのは難しいだろう。
――文政権は北朝鮮寄りの姿勢をさらに強めるのではないか。
文政権の外交はこれまで、北朝鮮との融和路線に多くのエネルギーと時間を割いてきたのは事実だ。一方で、今回の新型コロナへの対応が海外で評価されたことで、文政権は「韓国は国際的にもっと大きな役割を担えるのではないか」と自信を深めたように見える。
今後は視野を広げて、これまでの北朝鮮一辺倒から、米国や中国、東南アジアなどの周辺国の視線を意識したバランスの取れた外交を展開してくるかもしれない。
■2年後の大統領選も有利に
――次期大統領選の候補者レースについてはどうみるか。
李洛淵(イ・ナギョン)前首相が存在感を高めたことは間違いない。しかし、共に民主党内での李氏の基盤は強いとは言えず、文氏に近い勢力との紛争の火種がくすぶる。李氏が足をすくわれることもあるだろう。
――保守系野党勢力の立て直しは可能か。
選挙結果を見れば、一定の支持基盤は存在する。ただ、人材難は深刻なレベルだ。当面は、立て直しに向けた「党の顔」を探すのに精一杯で、2年後の大統領選挙を意識する余裕すらないだろう。
――大統領再任制を盛り込んだ憲法改正の実現の可能性は。
権力の根本に関わる問題だけに、文政権としての本気度が問われる。憲法改正を含め、文政権には国をどのように運営していくかという「グランドデザイン」が求められるようになった。
革新系はこれまで既得権益層に対する「抵抗勢力」として存在感を示してきたが、今後は「革新とは何か」とアイデンティティーを問われかねない。(聞き手=坂部哲生)
<プロフィル>
木村幹
神戸大学大学院・国際協力研究科教授、法学博士(京都大学)。京都大学大学院法学研究科博士前期課程修了。専攻は比較政治学、朝鮮半島地域研究。政治的指導者の人物像や時代状況から韓国という国と韓国人を読み解いてみせる。受賞作は『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(ミネルヴァ書房、第13回アジア・太平洋賞特別賞受賞)など。近著に新潟県立大学大学院の浅羽祐樹教授との共著 『だまされないための「韓国」 あの国を理解する「困難」と「重み」』(講談社)がある。