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【日本】【重慶バンコク】高付加価値化を目指す重慶[運輸](2018/09/03)

中国の重慶市では、従来の二輪車に加え、2000年以降に自動車、10年以降にパソコン生産が発展した。20年までには半導体関連や産業用ロボット製造へと高付加価値型産業へのシフトを目指す。しかし、日本企業はその存在感を示していない。重慶市や周辺省区は東南アジア諸国連合(ASEAN)との結び付きが強いだけに、在ASEANの日本企業は、中国内陸部を「奥地」とは考えず、急ピッチで進む物流インフラや産業集積の動向を注視する必要はありそうだ。【文・写真=遠藤堂太】

重慶両江新区の展示場で展示されている長安汽車のEV(左)とスズキ合弁の長安鈴木の黄色いタクシー車両(右)。長安鈴木は年産能力100万台以上にもかかわらず、17年度の販売は約7万9千台で生産撤退を検討中だ=重慶

重慶両江新区の展示場で展示されている長安汽車のEV(左)とスズキ合弁の長安鈴木の黄色いタクシー車両(右)。長安鈴木は年産能力100万台以上にもかかわらず、17年度の販売は約7万9千台で生産撤退を検討中だ=重慶

成田空港から春秋航空日本の直行便で重慶までは4時間半。離陸後ちょうど半分の2時間15分で上海の長江河口の上空を通過した。重慶は遠い、と思う瞬間だ。

重慶江北国際空港から車で25分。めざましい発展を遂げた国家級新区「上海浦東新区」の重慶版ともいえる「重慶・両江新区」の工業開発区展示場に入ると地場の長安汽車の電気自動車(EV)とダンスする小型ロボットが出迎えてくれた。高付加価値の製造業でさらに進化したい重慶市政府の意気込みが感じられた。

両江新区は、長江と嘉陵江の2つの川が重慶中心部を流れていることにちなんで名付けられた。総面積1,200平方キロメートルと広大で、市中心部の金融街から郊外の工業団地も含む。かつてのすすけた街並みが近代的なビル群に生まれ変わり、夜景も素晴らしい。坂も多いことから「ミニ香港」とかつては言われていたが、最近では言わないという。中国内からの観光客が坂を登って汗をかきつつ名物の辛い火鍋を楽しむ光景があちこちでみられる。

10年以前はパソコン工場がなかった重慶だが、重慶市共産党委員会の薄熙来書記(当時)が、米ヒューレット・パッカード(現HP)のノートパソコンの生産を誘致。この結果、10年の重慶の域内総生産(GDP)成長率は17%を超えたほどだ。

賃金が高騰していた江蘇省をはじめとする沿海部から鴻海精密工業傘下の富士康集団(フォックスコングループ)など台湾系OEM(相手先ブランド生産)世界大手メーカーも進出した。一時は東芝のノートPCも製造されていた。

重慶市は世界のノートPCの3割、約6,000万台を製造する世界トップ級の拠点とされる。「ノートPCの世界市場が伸び悩んでも、メーカーが重慶に生産集約しようとする流れが強い」と関係者は話す。

中国日本商会の「中国経済と日本企業2018年白書」によると、重慶の昨年のノートPC生産は前年比9.9%増の6,095万台、スマートフォンは19.3%増の2億5,800万台、集積回路は38.5%増の4億6,323万個、液晶パネルは131.2%増の9,128万枚で、関連産業の集積も進む。

重慶は、中国が目まぐるしくイノベーションを遂げていくショーウインドーのようだ。両江新区の資料によると、重慶市は20年までに液晶パネルと半導体関連生産額をそれぞれ1,000億元(約1兆6,250億円)とする目標だ。産業用ロボット需要が高まることを見越し、川崎重工業や独クーカなど内外大手約20社の誘致に成功した。産業のさらなる高度化を狙う重慶だが、その担い手の多くは地場や日系以外の外資だ。

「重慶を知らない日本企業は、世界の潮流から取り残されつつある」。三井物産コンシューマービジネス本部の内山正男次長はこう警鐘を鳴らす。

同社と日揮、地場デベロッパーD&Jの共同事業体(JV)は市東部にある魚復龍興工業園で賃貸工場7棟を昨年完工しすべて入居企業が決まった。しかし、日系の進出はデンソーだけという。JVは現在、第2期分を造成中で、日系の進出に期待を寄せる。

■デンソー、非日系狙い進出

デンソーの現地法人、カーエアコン製造のデンソー広州は今年7月、分工場を重慶で稼働させた。1996年に二輪部品製造拠点を重慶に構えたが、自動車関連の重慶進出は初めて。三井物産などのJVの賃貸工場(1万平方メートル)で、まずは年産40万台を目指す。顧客は長安汽車と米フォードの合弁、長安フォードだ。需要に応じて年間100万台まで対応可能とする。

デンソー広州の黄係長。現地調達や従業員の現地化などの課題を解決したい、と話す=重慶・同社工場

デンソー広州の黄係長。現地調達や従業員の現地化などの課題を解決したい、と話す=重慶・同社工場

広州から赴任してきた製造系部門の黄詩ジエ係長(ジエ=おんなへんに捷のつくり)は、「部品のほとんどは広州など重慶以外からの調達です」と現状を述べる。広州からの部品輸送に関しては、鉄道は需要の波に対応できず、一定量を常に確保する必要があるため、トラック利用が現段階では合理的だ、と話す。

日本通運も重慶での主要顧客層は非日系の電子関連企業だ。電子製品の中間財を輸入し完成品を輸出、また液晶や半導体関連の物流需要も増加傾向にある。これらの完成品は世界中へ航空便で輸送される。ただ、欧州向けは現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」の一翼を担う中国―欧州のコンテナ鉄道輸送「中欧班列」へのシフトが顕著だという。

■「内陸から輸出」の発想ない日系

重慶の日系企業進出数は159社あるが、在留邦人数は359人と少ない。日本人がいない拠点も多いからだ。300キロさらに内陸にある重慶のライバル、四川省成都市も、自動車生産は重慶の半分の約150万台にも達するが、似たような状況だ。成都では近年、電子産業やソフトウエア関連で、台湾系企業の進出が顕著だ。両省市で1億人を超える市場なのに、日本企業は大きな存在感を示していない。欧米自動車メーカーのように中欧班列を使ったサプライチェーンも構築されていない。

日本貿易振興機構(ジェトロ)成都事務所の田中一誠所長はこの理由について、「日本人は、中国内陸部を『奥地』と考える。しかし、陸続きで考える欧州企業は、重慶や成都、西安を中国市場の『玄関口』とみており、販路やサプライチェーンも欧州と中国は繋がったものとして考える」と企業文化の違いを指摘する。また、日本企業の現地機能は中国での内販であり、輸出する発想にはなっていないとコメント。「日本本社では販路・サプライチェーンの考え方が、欧州、ASEAN、中国とそれぞれ部署ごとに分断されているためではないか」と推察する。

■在タイ日系にもチャンスか

重慶からバンコクまでの移動中、実は中国とラオスを結ぶ高速鉄道への期待は、ラオス以外ではほとんど聞かれなかった。21年末の開通後、何を輸送するかも見えてこない。

日本総合研究所の大泉啓一郎・上席主任研究員は、ラオス高速鉄道について「本当にタイまでレールが繋がれば、加速する中国ASEAN貿易にも寄与するだろう」と話す。

大泉氏が注目するのは、重慶を含む中国南東部・西部の各省市区の貿易相手国だ。ASEANからの輸入比率が中国で最も高い地域なのだ(雲南省73%、重慶市27%、貴州省25%、広西チワン族自治区24%)。順調な成長を遂げるこの地域が、ASEANで最も日系企業が集積するタイと鉄道で繋がれば、日系の販路拡大のチャンスにもなる。

■中国メーカーとは競合・協業の時代

鉄道輸送の優位性は重量物や大型で付加価値がある程度高いものだ。中国発の鉄道を利用した貨物は、重慶からの二輪車や自動車、農機などの車両関連製品、雲南省の青果物が有力かもしれない。実際、ラオス国境では、雲南省ナンバーの次に重慶ナンバーの中国車両を多く見たが、農業用トラクターを積んだトラックも走っていた。

重慶の二輪車産業はどうか。16年には788万台が生産され、市レベルとしては世界トップ級の生産量だ。価格競争力があり、ASEANを含む世界各国へ輸出されている。自動車部品輸出を手掛ける重慶の地場商社の幹部は、「重慶の自動車部品は、沿海部の広東省のメーカーに価格競争力や品質では勝てない」と自社の商材を例に説明。一方、二輪車部品は重慶で良質なものが調達できると話す。

重慶では、嘉陵―本田発動機(嘉陵ホンダ)が二輪車から汎用(はんよう)エンジン生産にシフトしたが、他の地場二輪メーカーも生き残りをかけて、二輪車生産を軸足に、技術転用しやすい汎用エンジン生産も展開。日米欧の企業とも協業しながら、技術を磨き、進化し続けている。重慶では、米住宅設備コーラーやヤマハ発動機ブランドの汎用エンジン、BMWの二輪車エンジンのOEMを、地場メーカーが手掛けている。

地場メーカーの技術力は向上している、と話す嘉陵ホンダの福島部長=重慶

地場メーカーの技術力は向上している、と話す嘉陵ホンダの福島部長=重慶

嘉陵ホンダの営業・物流部長の福島豊文氏は、中国に計4回、15年間駐在しているが、汎用エンジンで中国の地場は技術面で実力を付けていると指摘。「価格はホンダより3割以上安い。(ホンダの)コピーメーカーと言っていた時代はとうに終わり、競合・協業の時代に入っている」と話す。

ASEANの市場では、中国製の二輪車や自動車は低品質のイメージが根強い。しかし、若い世代は中国ブランドに抵抗感がない。中国系メーカーが実力を付け相次ぎASEAN進出を果たす中、日本ブランドの優位がいつまで続くのかは分からない。「奥地」とみられていた中国内陸からの物流インフラと産業集積が急ピッチで進む中、チャンスをつかむのは中国企業なのか、日本企業なのか、外資企業なのか。将来の変化に向けた備えが必要だ。

<メモ>

■重慶進出の日系・外資系主要企業・ブランド

・車両=いすゞ、ヤマハ、フォード、現代自動車

・車両部品=日立オートモティブシステムズ、エクセディ、矢崎総業、ハンコックタイヤ

・パソコン製造=HP、エイサー、フォックスコン、クアンタ

・ロボット関連=川崎重工業、ファナック、クーカ、ABB

・金融・サービス=三井住友銀行、セブン―イレブン、ローソン

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