熱狂のラグビー大会にまつわる、経済効果とお金の話
4年に一度開催されるラグビーの世界大会。日本の地で開催されることが発表されてもラグビー人口が少ないことから、当初はイマイチの盛り上がりだと思われていましたが、いざ大会が開幕すると、日本代表は1次リーグを4戦全勝で突破するという素晴らしい戦績をもたらしました。
ラグビーになじみがない人も思わず引き寄せられ、ルールを知らずとも応援に力が入ることに。
最後まであきらめない前向きかつ屈強な選手たちの勇姿に感動し、日本中を沸かせることとなったのです。準々決勝こそ強豪・南アフリカに敗れたものの、1次リーグトップで決勝トーナメントに進出し、初の「ベスト8」という快挙は、数多くの「にわかラグビーファン」を生みだしました。
日本大会組織委員会は、大会が始まる前にその経済波及効果を4372億円になると予測していましたが、実際には日本代表の大活躍で、さらに上振れするに違いありません。とはいえ、TV観戦に熱が入り、家庭でのビールの消費は増えたものの、私たちの日常生活のなかでこの数字がいまひとつ、ピンとこないのも実感ではないでしょうか。
そこで、全国民を熱狂と感動の渦に巻き込んだ日本大会にまつわるお金の話をさまざまな角度から検証してみましょう。
経済波及効果の内訳は?
今回のラグビー大会の経済波及効果は4372億円と発表されていますが、これを2019年10月の人口推計の1億2614万人で割ると、国民一人あたりでは3466円となります。
「なるほど、ビール17本ほどの数字か。TVを見ながらそれくらいは呑んだかも」……。そう考えた諸兄、その計算はちょっと早計です。スコットランド戦の瞬間最高視聴率が20.3%に達したとはいえ、視聴者は未成年者を含めて2000万人程度。ビールの消費が増えただけで、これほどの数字に跳ね上がるわけがありません。
経済波及効果には、次のような費用が含まれています。
① 約1917億円/スタジアム建設費など、大会開催前の費用と開催期間中の会場運営費や、訪日外国人が落とす外貨などを合わせた直接効果
② 約1565億円/TOTOが各会場に設置したウォシュレットが評判を呼び、輸出拡大が期待できるなど、大会後に派生する需要拡大の第一次間接効果
③ 約890億円/雇用が増えることによる消費増の第二次間接効果
直接効果の内訳では約40万人と見込まれる外国人訪日客の消費が断トツであり、その額は1057億円と55%強を占めています。一方、大会期間中の日本人の消費増は約160億円(缶ビールにすると約8億本)にしか過ぎません。
こうした検証結果から、ラグビーの大会では長期にわたる日本滞在で、ホテル代や飲食費など外国ラグビーファンが落とすお金が膨大だということがおわかりいただけるはず。
ちなみに、2020年に東京で開かれるスポーツの祭典における経済波及効果は東京都の試算によると、32兆円。ケタ違いの大きさであることがわかりますね。
大会の運営にかかるお金は?
今回のラグビー大会の予算は当初より膨らみ、開幕直前の2019年8月、630億円が組織委員会で承認されました。内訳はチケット収入が350億円、協賛宝くじ収益金100億円 日本スポーツ振興センター(JSC)助成金79億円、開催都市負担金39億円に加えてスポンサー企業からの寄付金となっています。好調なグッズの売り上げも収入予想を押し上げる結果に。
一方の経費については563億円と見込まれ、大会運営費180億円、国際統括団体(WR)への大会開催保証料135億円、会場の改修費100億、その他となっています。これだけを見ると黒字だと思うかもしれませんが、実際には選手の5つ星ホテル滞在費、停電後の復旧スピードを1秒にするシステム改修費用などが膨らみ、大会運営費がかなり上振れすることが予想されています。
結果としては、日本戦のチケットや最高額10万円の決勝戦などのチケットが軒並み完売となり、絶好調のチケット販売によってそれなりにおさまった、というのが実態に近いのではないでしょうか。
なお、2020年に東京で開かれるスポーツの祭典における世紀の祭典の予算を見てみるとその額は1兆3500億円。全体支出はなんと3兆円に達するとも報じられています。
日本代表に支払われる報奨金はいくら?
ベスト8という快挙を成し遂げた日本代表。私たちに夢と希望を見せてくれた大活躍の選手たちには高額の報奨金を支払うべきだ、と思われている方も多いかもしれません。
日本ラグビー協会は今回の大会が開幕する前の理事会で、日本代表の選手とスタッフ約50人に対し、報奨金を設定しています。
●優勝した場合は、ひとりにつき500万円
●4強入りでは、ひとりにつき300万円
●8強入りでは、ひとりにつき100万円
今回はベスト8になりましたので、報奨金は100万円ということになります。身体を張ったあのプレーに対しこの報奨額が見合うかどうかは、考え方次第でしょう。ちなみに、日本代表選手の日当は約1万円で、イングランド選手の約300分の1という水準。この格差が、今後の大きな課題となることは間違いないでしょう。
ところで、このラグビー大会には、優勝賞金がないことをご存じでしょうか。
優勝チームが得られるのは優勝カップと選手たちに授与される純金製のメダルのみ。これぞ、まさに栄誉を懸けて争う命がけの試合であり、勝っても負けても、試合が終われば両者の戦いを褒め称えあう「紳士のスポーツ」ならではの特徴といえるでしょう。
ラグビー選手の年俸は?
日本のラグビーにはまだプロチームはなく、社会人チームの強豪が集まるジャパンラグビートップリーグがリーグ戦で競い、プレーオフでラグビー日本選手権を争っています。助っ人である外国人選手はプロ契約ですが、日本人選手の多くは、所属企業の社員選手で構成されています。
日本におけるラグビー選手の年俸は公表されていませんが、目を世界に転じると、2018年当時ワラターズ(オーストラリア)のフルバックだったイズラエル・フォラウの約1億6000万円がラグビー選手の第1位となっています。これは一般人の私たちから見れば破格の年俸ですが、世界の一流選手で“1億円強”という数字は、他のプロスポーツと比べると10分の1以下という低水準にすぎません。
プロスポーツの頂点に立つNBA(アメリカのプロバスケットボール)の平均年俸は約7億9000万円、2018~19年の最高年俸は、オクラホマシティ・サンダーのPGラッセルウエストグルックの約46億円です。
また、MLB(メジャーリーグ野球)の平均年俸は約4億9000万円で、2019年の第1位はワシントン・ナショナルズのピッチャー、マックス・シャーザーの約41億円、日本選手ではシカゴ・カブスのダルビッシュ・有投手が20位で約23億円、というレベルで、ラグビー選手は遠くおよびません。
その意味でも、ラグビーは「金銭ではなく栄誉のために戦うスポーツ」と言いきってよいのではないでしょうか。
ラグビー人気を、日本でも定着させるために
日本代表が歴史を塗り替える素晴らしい結果を残した今大会。観客数は準々決勝までに144万人を超え、国民的な熱狂を巻き起こしました。ラグビー界ではせっかくのこの盛り上りを一過性のものにせず、国民的なスポーツとして認知されるように努力を続けていくべきだと考えている人は、きっと膨大な数におよぶことでしょう。
実際のところ、高校でのラグビー競技人口はここ20年で半数近くまで減ったといわれています。普及につなげる施策として、日本ラグビー協会は幼児や小中学生を対象として「全国一斉体験会」を開く予定としていますが、残念なことに台風19号の河川氾濫の余波を受け練習場が使えなくなる、という窮地にあります。
とはいえ、幼いキッズが地元のラグビー教室の門をたたいたり、公園でラグビーボールを持って遊んでいる子どもたちが、いま急増しているといいます。ラグビーに国民の関心が寄せられているいまだからこそ、企業や自治体、ボランティアによる支援を期待し、次世代につなげる選手も生み出していきたいところ。
ラグビーのおもしろさに目覚めた「にわかラグビーファン」が、将来、真のラガーマンとなるか、あるいはラグビーファンになるか、それはこれからが正念場かもしれません。
参考URL:https://www.rugbyworldcup.com/news/321850 組織委員会公式サイト
≪記事作成ライター:山本義彦≫
東京在住。航空会社を定年退職後、介護福祉士の資格を取得。現在は社会福祉法人にて障がい者支援の仕事に携わる。28年に及ぶクラシック音楽の評論活動に加え、近年は社会問題に関する執筆も行う。