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【ベトナム】RCEP、15カ国が合意と署名[経済](2020/11/16)

東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の首脳会合が15日にテレビ会議方式で開催され、インドを除く15カ国が協定に合意し、署名した。インド抜きでも域内人口22億人、国内総生産(GDP)の総額が26兆米ドル(約2,720兆円)を超える「世界最大の自由貿易圏」への参加には、各国の期待と不安が交錯する。日本にとっては中国・韓国と初の自由貿易協定(FTA)となり、新政権が発足する米国のアジア戦略にも影響を与えそうだ。

RCEP参加15カ国は15日、オンライン形式での署名を実施した=ハノイ(新華社=VNA)

RCEP参加15カ国は15日、オンライン形式での署名を実施した=ハノイ(新華社=VNA)

世界銀行などの試算によると、RCEPによる参加国(インドを含む)のGDP押し上げ効果は、2030年までで平均1.5%。中国の押し上げ効果が2.0%と最も大きく、韓国(1.7%)、マレーシア(0.8%)も比較的大きな経済の底上げが期待できる。交渉開始から8年で署名に至ったRCEPだが、発効までのプロセスについては「2国間でも国内で批准すれば発効の可能性もあれば、15カ国での批准が必要な可能性も」あり、「実際にはこの中間で、国の数やGDP・貿易額の合計などを指標に発効要件が定められていると考えられる」(RCEPに詳しいアナリスト)という。

中国の地元紙では、「世界最大のFTA」に自国が参加することを好意的に評価し、特に東南アジア諸国連合(ASEAN)との貿易や投資が拡大することに期待する論調が目立った。中国とASEANは03年にFTAを発効させており、貿易額は今年1~9月で前年同期比5%増の4,818億米ドルに達している。中国にとっては最大の貿易相手で、RCEPの発効によって一層の拡大が期待できる。

みずほ総合研究所の菅原淳一主席研究員は「日本にとってRCEPは、中国・韓国との初めてのFTA」とし、「インド太平洋地域のサプライチェーン(生産・部品の供給網)を考えたとき、日中間、日韓間にFTAがなかったことは大きなミッシングリンクだったので、それが埋まることは重要」と話す。また、米中摩擦が続くなか、「日本と中国が一定水準の同じ法的枠組みの中に入ることは、日中経済関係の安定と日中ビジネスの予見可能性の向上に資する」と評価する。

■日本にとって初の中韓とのFTA

「FTA大国」を自認する韓国にとっても、RCEPを通じて受ける恩恵は小さくない。聯合ニュースによると、韓国とASEANはRCEPを通じて、輸出品目の関税撤廃率をこれまでの79.1~89.4%から91~94.5%に引き上げるなど、ASEANとの貿易拡大に向け文在寅政権が推進する新南方政策との相乗効果も期待できる。韓国政府系シンクタンクの対外経済政策研究院(KIEP)の延元鎬(ヨン・ウォンホ)博士は「中国のASEAN向け最終財の輸出拡大が予想され、中国に中間財を供給している韓国の間接輸出の拡大が見込める」と話す。

中国の地元紙では、RCEPの意義を日米中の3カ国関係の文脈から分析するコメントも引用された。中国現代国際関係研究院の劉軍紅氏は「RCEPに日本と中国が入っているため、米国は日本との貿易交渉などで協力的な姿勢を取らざるを得なくなる」と指摘。今後の日米の経済交渉や日本が求める環太平洋連携協定(TPP)への復帰では、RCEPは日本の有効な「カード」になるとした。

中国にとってRCEPは、ASEANや韓国とのFTAに続く大型の経済連携協定だ。TPPへの参加は以前から議論されており、経済強化への期待は高い。一方、米国が新政権発足後にTPPに復帰した場合には「中国の参加が受け入れられるかどうかが未知数となる」(中国の地元紙)と警戒感を示す。特に「労働者の権利やプライバシーの保護、政治的な問題までも貿易交渉に織り込まれる可能性がある」(同)。RCEPでは、TPPが定める政府調達の透明化や国営企業改革に関する基準が盛り込まれておらず、中国やベトナムにとっては「使いやすい」側面がある。

■「スパゲティボウル現象」の解消に貢献

みずほ総研の菅原淳一氏はRCEPについて、「GDPや人口の規模と共に、今後も経済発展を期待できる国が多く入っていることが大きな特徴」と話す。8日に総選挙を終えたミャンマーも、今後の伸びしろが大きい国の一つだ。同国のバラッ・シン投資・対外経済関係副相は今年7月の時点で、11月のASEAN首脳会議でミャンマーがRCEPに署名する意向を示し、早期に旗幟(きし)を鮮明にした。バラッ・シン氏は「RCEPへの参加により、より大きな市場にアクセスし、投資を呼び込める」と強調し、先進国との枠組みに入ることで、国のイメージを高め、国内の法整備、経済環境の改善を図ることにも意欲を示した。同国では13日までに国民民主連盟(NLD)の政権が継続することが確実となっており、12日のASEANオンライン首脳会議でアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相が参加国から祝福を受けた。

ASEANの議長国としてRCEP署名を迎えたベトナムにとって、同協定の経済押し上げ効果は30年までに0.4%。今年1月に発効した環太平洋連携協定(CPTPP)が1.1%、今年8月に発効した欧州連合(EU)とのFTA(EVFTA)が2.4%経済を底上げすることに比べると効果は小さい(日本総合研究所の塚田雄太副主任研究員)。一方、輸出依存度が高く、多くの国とFTAや経済連携協定(EPA)を結ぶベトナムや韓国にとっては、いわゆる「スパゲティボウル現象」(異なるルールや規制が多数存在し、複雑に入り組んでいること)を解消し、手続きを簡素化する利点がある。タイはすでにRCEP参加国とはFTAやEPAを結んでおり、「RCEPによる関税削減効果が、他のFTAやEPAをどの程度上回るかは未知数」(日本総研の熊谷章太郎氏)。ただ、さまざまなFTAが統合すれば、原産地証明の手続き・計算法などが簡素化される。全体としてFTAの利用率が上がる場合、RCEPの影響は全般的に表れる見通しだ。熊谷氏はRCEPにタイが参加することで「中国、ASEAN、日本への輸出に影響が大きい」とし、「品目では自動車部品、ゴム、化学製品が恩恵を受ける可能性がある」との見通しを示した。

■東南アに期待と不安も

ASEANの一部の国では、RCEPに参加することに、期待と不安が入り交じる。インドネシア商工会議所(カディン)のシンタ副会頭(国際関係担当)は、「ASEANと中国の自由貿易協定の中でも、インドネシアは中国との間で大きな貿易赤字を抱えている」と述べ、RCEP参加はそれを拡大させる可能性があると説明した。「国内で協定に対する準備、産業競争力ができていないと、相手国のみを利することになる」(民間シンクタンク、経済改革センター/COREのピーター・アブドゥラ研究調査部長)との声もあり、国内の産業基盤や国際競争力の強化が先決との見方が根強い。

マレーシアでは、市場を開放することで国内経済にとってプラスになるとの意見が多い一方、企業が国際的な競争にさらされることによる「痛み」をどう乗り越えるかが課題となる。社会経済研究センター(SERC)のエグゼクティブ・ディレクター、リー・ベンギー氏は、「RCEPによって国全体の収入と生産性が向上し、消費者が幅広い製品を選択できるようになる」とした一方、「競争力のない企業は淘汰(とうた)されることになる」と指摘。「国内の企業は、効率性と競争力を高めることを強いられる。マレーシアという、居心地の良い小さな市場から抜け出す覚悟が必要」と厳しい見通しを示した。

■インド、対中関係悪化で復帰困難に

今回、署名をしなかったインドについて関係者は「近いうちに、RCEPの交渉の席に着くことはない」と口をそろえる。インドは対中貿易赤字が5兆円規模に達しており、中国とのFTAに参加することに対する国内世論の反発は根強い。交渉の過程では、日本を中心にさまざまな妥協案が示されたとされるが、中国との軍事衝突を経た現状では、復帰は遠い。インドは米国や日本、オーストラリアとの外相会合「クアッド」の枠組みを重視しており、「米国や日本などとの貿易協定はインドにとって利点があるが、中国は除外されるべきだ」(インド・マニパル大学のMadhav Das Nalapat教授)との声も出ている。

インドはRCEPへの参加を回避したことで、対中貿易赤字の拡大は免れた一方、機会損失も大きいという試算もある。日本国際問題研究所の研究員、柳田健介氏は「RCEPに参加しないことでGDPの押し上げ効果を失うほか、参加国の間で輸入先をインドから他の参加国に切り替える『貿易転換効果』が生じる」可能性を指摘する。米国でバイデン政権が発足すれば、世界貿易機関(WTO)をはじめとした国際機関を重視する潮流が強まることもあり、「RCEP交渉の中心を担うASEANやその他のパートナー国が、インドの懸念に配慮することもありうる」(シンクタンクRISのSachin Chaturvedi教授)。インドにとっては、当面は国内経済の強化に注力することが優先課題となる。

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