【ミャンマー】与党政権信任も、手放しで評価せず=有権者[政治](2020/11/16)
8日に行われたミャンマーの総選挙では、アウン・サン・スー・チー氏が率いる与党・国民民主連盟(NLD)が前回を上回る396議席を獲得する大勝利を収めた。スー・チー氏人気と、軍事政権への逆戻りを拒否する民意が反映されたが、票を投じた有権者は、これまでのNLD政権の実績を手放しで評価しているわけではない。次期政権では、目に見える成果が強く求められる。
NLDは今回の選挙で、ビルマ族の多い7管区で99%の議席を獲得。最大都市ヤンゴンは国軍の基地がある1選挙区を除く全議席を確保、特に第2の都市がある北中部マンダレー管区では、国軍系の最大野党・連邦団結発展党(USDP)が現有6議席を失う圧倒的な勝利だった。
それでも、有権者の思いは「政権交代一色」だった5年前とは異なる。「NLDに投票したが、全てに満足してはいない。病院も足りないし、新型コロナウイルスの影響で働けない人がたくさんいる」と、8日午後6時過ぎから最大都市ヤンゴンの投票所に並んだ船員の男性、ミョー・コー・コーさん(29)。小売店を経営する女性、オン・マーさん(57)は「零細企業をもっと支援してほしい」と話す。
実際、16年からの第1次スー・チー政権は、公約の多くを実現できたとはいえない。経済政策は政権移行した16年当初、全面的に停滞し、外国直接投資(FDI)も2年連続で前年割れした。
■「組織づくりより忠誠」
政権後半の18年以降に新たな規制緩和にも踏み切るなどしたことで経済は上向いたものの、ミャンマー商工会議所連合会(UMFCCI)のマウン・マウン・レイ副会頭は「組織の強化よりも忠誠が優先され、政策停滞への対応は積極的に進まなかった」と言う。ただ、現行憲法が定める国軍側の政治介入が足かせになっている状況では、最善を尽くしたとの見方だ。連邦議会では今年3月、憲法改正案が出されたが、上下院25%の軍人議員枠削減も、それを定める憲法改正の要件緩和も否決された。
スー・チー政権は、政権交代当初に最重要課題に掲げた武装勢力との和平交渉でも成果が乏しかった。4年半で停戦協定(NCA)を結べたのは2勢力で、前テイン・セイン政権時の8勢力に比べ実績が劣る。選挙結果こそ、少数民族政党の獲得議席は全体で47議席にとどまったが、東部モン、カヤー州を拠点とする少数民族政党は、上下院合わせてそれぞれ4、5議席を新たに積み上げた。
■地方の州政とのひずみ
今回の総選挙では、少数民族政党が強い一部選挙区(上下院22議席)の投票が、治安上の問題を理由に見送られた。状況が整い次第、補欠選挙が行われる見通しだが、利害の大きい少数民族側は反発している。NLDは12日、総選挙に参加した39の少数民族政党に対する声明を出し、選挙後の和平交渉への協力をさっそく要請した。
ある外交筋は「NLD政権が、ビルマ族の中央集権国家をつくったのは事実」と指摘。現政権下では、大統領がNLD所属の地方議員を州・管区政府の首相に指名するが、地元に固有の主要政党がある州の地方政治では民族同士の対立があり、火種は残る。適切な人選と丁寧な対応が肝要だ。
民主化の最前線である都市部でも、国軍を除き1党が圧倒的に支配する政治体制に、疑問の声が生まれつつある。ヤンゴンを本拠地に生まれた2つの民主化新党は、議席を得ることができなかったが、一定の存在を有権者の心に刻んだ。大学で建築を学び就職先を探す男性、トゥレインさん(23)は「NLD政権を評価しないわけではないが、勝つと分かっていた。1党だけの政治では良くなっていかない」。無駄な努力だと思いながら新党に投票したという。
5年後、NLDの屋台骨であるスー・チー氏は80歳。15年の歴史的な政権交代時に8歳だった国民が、10年を経て有権者になる。国はどう進み、審判はどう下されるか。未来への胎動は、もう始まっている。