【中国】ニッコー広州が隔離者受け入れ[観光](2020/08/25)
中国政府が新型コロナウイルスの防疫対策として海外からの渡航者全員に隔離措置を実施する中、広東省広州市の日系ホテル「広州日航酒店(ホテル・ニッコー広州)」が隔離対象者の受け入れを行っている。これまでに累計で約2,600人を受け入れた。同ホテルが受け入れ施設に指定されるまでの経緯や防疫体制、また日系ならではの隔離対象者に対する「おもてなし」の工夫を紹介する。【広州・川杉宏行】
ニッコー広州は3月下旬から隔離対象者の受け入れ業務を開始した。これまで受け入れた隔離対象者のうち、9割は海外から帰国した中国人留学生という。日本人は1割ほどで、全員が広州日本商工会などが手配したチャーター便に搭乗した日系企業の関係者。7月10日に到着したチャーター便第1便の約160人、8月7日の第2便の約190人は全てニッコー広州で隔離観察を受けた。
木佐貫満総支配人によると、ニッコー広州が隔離対象者の受け入れ施設となった背景には、地元政府からの強い働きかけがあったという。広州市では新規に受け入れが必要な隔離対象者が1日に3,500人に達する日もあり、施設がひっ迫していたのだ。
■ホテルの構造を強みに
隔離対象者の受け入れ施設となるためには、当局の認可が必要となる。受け入れ施設に指定されると、原則として宿泊できるのは隔離対象者のみで、一般宿泊客の受け入れはできない。ただ、ニッコー広州は同市天河区で唯一、隔離対象者と一般宿泊者を同時に受け入れることができるホテルとして認可された。
同時受け入れが可能な理由は建物の構造にある。ニッコー広州は来客用、従業員用、隔離対象者用の入り口がそれぞれ分かれており、エレベーターやフロアも隔離対象者専用を確保しているため、館内で互いが誤って遭遇することがない。ニッコー広州の担当者によると、3月下旬に隔離対象者の受け入れを始めてからこれまで、館内での接触によって新型コロナに感染したとみられる事例は1件も報告されていないという。
■一般客や従業員の不安も
一方、隔離施設となったことでマイナス面もある。ニッコー広州では宿泊の問い合わせがあった際、必ず「当ホテルは隔離対象者を受け入れている」と伝えている。受け入れ当初はこのことを告げると、ほとんどの問い合わせ客が抵抗感からか宿泊を見合わせたという。
抵抗感は宿泊者だけでなく、従業員にもあった。当初は感染を恐れて隔離フロアでの業務に積極的に向き合えず、「中には家族から隔離業務を行わないよう求められた従業員もいた」と担当者は当時を振り返る。
またホテルの売上高の約3割を占める宴会や会議などの事業も打撃を受けた。隔離施設となったことで、企業などがリスク管理を意識して利用を避けるようになったため、売り上げが立たなくなった。
木佐貫氏は、それでも隔離対象者の受け入れはホテルにとって「必要だった」と考えている。新型コロナの感染拡大が本格化した1月下旬から2月にかけて、中国のホテル業界では客室稼働率が一気に下がり、ニッコー広州でも稼働率が最も低いときで5%まで落ち込んだ。こうした苦境の中、一定の収益確保につながったのが隔離対象者の受け入れ事業だった。
ニッコー広州では地元政府との契約により一定数の客室を隔離者向けに確保し、いつでも供給できるよう準備している。当局は空港に到着した隔離対象者を各施設にそれぞれ割り当てていくが、割り当てに過不足がないよう調整が図られるため、隔離対象者の受け入れ人数は安定し、一定数以上の客室が常時稼働している状態になるという。
隔離対象者の受け入れは、もともとは地元政府の強い要望で始まったものだが、結果的に収益を支える存在となった。また、隔離事業を続けているうちに状況も変わっていった。
当初は「隔離ホテル」を敬遠していた問い合わせ客も、5月の労働節(メーデー)連休を境に、隔離ホテルであることを理解した上で宿泊を申し込む人が増えていった。木佐貫氏は「中国で感染者の発生がある程度抑制されたこと、一般の中国人が新型コロナの防疫措置に慣れてきたことなどが要因ではないか」とみている。
従業員の意識も変化が見られた。経営陣が隔離事業の重要性を説明し、叱咤(しった)激励したことで、従業員の姿勢が前向きになったという。
宴会や会議などの事業は低迷が続いている。木佐貫氏は「全てよし、とはならない」と覚悟を決め、同事業の回復については状況を見ながら時機を待つ構えだ。
■食事評価「味もメニューも申し分ない」
これまでさまざまな業務をこなしてきたホテルの従業員といえども隔離業務と向き合うのは初めてで、悪戦苦闘の日々が続いているが、チャーター便の第1便、第2便を利用した日本人駐在員のホテルへの評価は上々のようだ。
第2便で広州に到着した製造業企業の日本人駐在員はホテルの印象について「日本的な心遣いが感じられる」と評価。食事についても「味もメニューも申し分ない」と話す。
食事はホテルで調理した弁当が1日3食用意されている。ホテル内の日本料理店で腕を振るう岩井友則調理長が陣頭指揮をとる。岩井氏によると、メニューが重複しないよう意識しており、飽きさせない工夫をしているという。隔離対象者には40代や50代といった年齢層が多いことから、栄養バランスにも気を配っている。
隔離者向け昼食メニューの「とんかつ弁当」を試食したが、とんかつはあえて脂身が少ない部位を使用し、やさしい味に仕立てていた。隔離対象者は極端に運動量が少なくなるため、配慮しているのだ。こうした気遣いが伝わるのか、食事に関しての評価は総じて高い。
ホテルの対応について、第1便を利用して到着した日本人駐在員からは「14日間無事に過ごせたのは従業員の温かい“おもてなし”があったからこそ」との声が聞かれた。第2便で到着した別の日本人駐在員は「新型コロナで赴任が遅れてしまったが、遅れた分をこれから挽回したい」と意気込んだ。
木佐貫氏は日本人の隔離対象者の受け入れについて「同胞の方々の宿泊ということで、いつもとはある種違った使命感を持って仕事に当たっている」と語った。
日本と広州を結ぶ国際定期便の運航状況を見ると、7月26日から深セン航空の成田―深セン便、8月12日からは中国南方航空の成田―広州便がそれぞれ再開した。今後はこうした便で広州を訪れる日本人駐在員も増えるとみられるが、空港到着後にどのホテルに向かうかは当局の判断で決まるため、ニッコー広州を直接指定することは難しいという。ホテル側も隔離対象者を選ぶことはできないといい、空港から移送されてくる隔離対象者を常に「おもてなし」の気持ちで迎え入れられるよう、準備している。