【カンボジア】旧野党党首が帰国表明、逮捕ならEU制裁も[政治](2019/11/05)
カンボジアの旧野党党首で国外滞在中のサム・レンシー氏が、同国の独立記念日である11月9日に帰国する意向を示している。政府は同氏が入国次第、直ちに逮捕する方針だ。一方、カンボジアの主要な貿易相手の欧州連合(EU)は、野党弾圧を理由にカンボジアへの関税優遇措置の一時中止を検討。中止が決定されれば、カンボジアの主力製品である縫製品の輸出への影響が懸念される。
サム・レンシー氏は、2017年にフン・セン政権によって解党に追い込まれた旧最大野党・カンボジア救国党の元党首。15年の外国訪問中にカンボジアで名誉毀損(きそん)容疑により逮捕状が出て以降、海外で事実上の亡命生活を続けている。
地元紙によると、同氏は今年8月に帰国する意思を表明。10月18日には米国営放送ラジオ・フリー・アジア(RFA)の取材で、「11月9日に多くの支持者らとともに徒歩でカンボジア入りする」と発言し、自身のフェイスブックを通じて、タイに居住するカンボジア人にともに、帰国するよう呼び掛けた。
10月31日には、動画サイト「ユーチューブ」で国際社会に向けたメッセージを発信。フン・セン首相を「残酷な独裁者」と非難し、これまで複数の反政府活動家が暗殺、逮捕されたと主張した。その上で、「これがおそらく私が自由の身として記録される最後の映像となる」「(民主主義の実現のため)私の自由、人生までも犠牲にする覚悟はできている」との決意を表明した。
同氏の一連の動きを受けて、カンボジア政府は国内の警備を増強。サル・ケン内相は10月30日、各州と地方自治体に、サム・レンシー氏とその支持者らの逮捕に向けた準備を進めるよう指示した。同相は11月中旬まで、警備の厳戒態勢を敷く方針を示している。
プノンペンポストによれば、当局は10月27日までに45人を逮捕し、さらに55人を逮捕する準備を進めている。これに加え、既に143人がサム・レンシー氏による「反逆計画」に関わった疑いがあるが、司法当局に協力することを条件に処罰を免除したとしている。
■「パフォーマンス」との見方も
一方でサム・レンシー氏の逮捕は、フン・セン政権にとって「もろ刃の剣」にもなりかねない。欧州連合(EU)は今年2月、カンボジアでの人権侵害や野党弾圧を理由に、カンボジアに適用している全品目を数量制限なしに無関税でEUに輸出できる「EBA協定」の一時停止に向けた手続きに本格着手したと発表した。来年2月に公式な決定が発表される見通し。EUは、カンボジアの縫製品輸出の約4割を占めることから、もし停止されれば影響は深刻だ。
ただ、サム・レンシー氏はこれまでもたびたび帰国の意向を示してきたが、いずれも実現しておらず、今回も国際社会に向けたパフォーマンスの可能性が高いとの見方も出ている。カンボジア総合研究所の鈴木博・最高経営責任者(CEO)兼チーフエコノミストは、同氏が実際に帰国するかどうかは不透明との見方を示した上で、「サム・レンシー氏は、このまま海外にいるだけではどうにもならないと感じるところもあるのだろう」と指摘。EUが関税優遇措置の停止手続きに関する報告を11月11日に発表するのを前に、「なんらかの動きをして、存在感を示す必要があるとの考えでは」との見方を示した。
カンボジア救国党解党後の18年に行われた下院議会選挙では、フン・セン首相率いる与党・カンボジア人民党が全125議席を獲得して圧勝。少数野党は存在感を示せず、カンボジア救国党を支持していた有権者の受け皿になれなかった。ただ、今もフン・セン首相の強権的な政治に反発している野党支持者は一定数いるとみられ、11月9日に野党支持者によってなんらかの動きが起こることは否定できない。国の混迷を深めかねないXデーが近づいている。