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【日本】【食とインバウンド】 日本で対応が迫られる「食の多様性(フードダイバーシティ)」[食品](2019/07/31)

第1回

「TOKYO2020」まであと一年、いよいよビックイベントが迫ってきました。観光立国を目指す日本にとって一つのクライマックスを迎えることになります。訪日客は東アジアからが70%超という現状を脱し、より広範な地域から誘客できるのか。伸び悩む訪日客の消費単価を引き上げることができるのか。それには食が大きなポイントになっているのです。

■ムスリム、ベジタリアン、牛肉と刺し身NGの団体客が一度に来たら

「ハラール」「ベジタリアン」「ヴィーガン」「グルテンフリー」――。インバウンド市場を語る時、10年前は見聞きもしなかったこれらの言葉を目にしない日はなくなりました。これまでどこか遠くの国のものと捉えていた事業者でも、今では日常的に接しているのが現実です。これらの市場の拡大につれ、こうしたいわば食の多様化(フードダイバーシティ)対応はもはや必要不可欠になっています。

こうした実例があります。「ムスリム(イスラム教徒)5人、ベジタリアン3人、牛肉NGと刺し身NGが1人ずつ」という団体客です。あなたが食事をアレンジするとしたら、どんなお店を選ぶでしょうか。「ムスリムということは豚がNGである上、アルコール添加物にも気をつけなければならない。しかしベジタリアンはお肉そのものがNG。いっそうのこと野菜中心にするか。いや、それではお肉を食べたいムスリムに満足してもらえないかもしれない。ならば牛肉NGという人もいるから魚料理にするか。いや、刺し身がNGという人もいるな……」

慣れていない方は、なんと面倒な案件だと感じられたかもしれません。全員を満足させることなどできないと思われたかもしれません。しかしこの案件、1人当たりの予算は1万円でした。10人で合計10万円です。アルコールを飲まない団体でしたので飲み物代は含みません。比較的高額というのに、私に相談するまで3軒のレストランに断られたそうです。

■インバウンドで求められる「フードダイバーシティ」とは

食の多様性には3つの背景があります。(1)主義によるもの、(2)アレルギーによるもの、(3)好き嫌いによるものです。まず主義によるものとは、宗教の規律や禁忌によるものと、昨今世界的に広まっている環境保護や動物愛護などの考えによるものです。次にアレルギーは体質によるもので時には命に関わりますので、ハラールやベジタリアンとは一次元異なる対応が求められます。最後の好き嫌いは心理的なものですのでここでは割愛します。

チャート1は食の多様性をイメージしたものです。ここでのポイントは3つあります。(1)プラントベースが基本である、(2)プラントベースにハラール肉と魚を加えればハラールになる、(3)フリーフロム食材に配慮する。

まず「プラントベース(Plant-Based)」とは植物性食材のことを指します。聞き慣れない言葉かもしれませんが、要はベジタリアン食材です。ただ日本ではベジタリアン食材というとサラダしかイメージしない方が多いのですが、そうではありません。今や世界では植物肉や代替乳製品といったプラントベースの食品が増えているのです。これを食するのが「ヴィーガン」です。

プラントベースには「五葷(ごくん)」と呼ばれる野菜が含まれています。五葷とはネギ、ニラ、ニンニク、ラッキョウ、アサツキといった匂いが強い野菜を指します。ヴィーガンはこの五葷を食べますが、「オリエンタルヴィーガン」と呼ばれる人たち(華人、特に台湾人に多い)はこれらを食しません。これって精進料理のことか?と思われた方は正解、そのイメージで合っています。プラントベースにタマゴ、ハチミツ、乳製品などを食す方の総称がベジタリアンです。一概にベジタリアンといってもさまざまな形態があることがご理解いただけると思いますが、なぜこうなっているのかは後日改めて解説します。

プラントベースの食材にハラール肉と魚介類を「使う」ことができるのが「ハラール」です。「ハラール肉」とはムスリムが食肉処理した肉(牛肉、鶏肉、羊肉など)の事で、一般的にはハラールの認証品であることが必須です。ハラール化するにはその他に調理器具、食材の保管、その他について論じられることが多いのですが、実際のムスリム訪日客は何を重要視して食材や店舗などを選んでいるのかについては、来月の本コラムでお話する予定です。

「フリーフロム(Free from)食材」とは、「何々を使わない」食材を指します。チャートにあるように、それはアルコールだったり、グルテン(小麦などに含まれるタンパク質)だったり、MSG(グルタミン酸ナトリウム: うま味調味料)だったりします。特にハラールの場合は、プラントベースからアルコール添加物を「使わない」ことに留意しましょう。実際、訪日ムスリム客で気にしている人は少ないというのが私の実感ですが、念のため「使わない」のに越したことはありません。なお以上は、食の多様性をご理解いただくための一般的なイメージをまとめたものです。宗教の会派、国・地域、そして個人でも差があることをあらかじめご理解下さい。

■放棄しない、「ぶっちゃける」ことで見つかる解決策

さて先述の10人の団体客ですが、どこへお連れしましょうか。食の禁忌が異なる団体客には、実はビュッフェが最適です。この団体客の場合は全員がベジタリアンですので、まず野菜料理が豊富なビュッフェレストランを探します。そしてそのレストランがハラール肉や焼き魚を提供しているかどうかを事前にチェックするのです。提供していないのであればレストランに依頼する。提供できないのであればお客様にはっきりとお伝えし、ご納得いただいてからお連れするのがベストでしょう。誰の禁忌に合わせるのかではなく、状況をお伝えして各自で好きなものを取って食べてもらうのです。

「そんな対応でいいのか?」「それでおもてなしといえるのか」という声が聞こえてきそうですが、食の多様性対応においては、「ないよりはマシ」というのが今の日本です。もちろん大都市圏は対応店舗が増えていますが、まだベジタリアンやハラールの対応食が必ず一品はあるという諸外国レベルではありません。日本はしっかりもてなしたいと思う気持ちが強いばかりに、どうしても対応に時間がかかってしまっています。「完璧に準備してから始める」という事業者が非常に多く、結果としておもてなしを放棄してしまっているのです。

そんな事業者にとっての解決策は情報開示です。「この食材を使っています。こう調理しています。これで良かったらどうぞ」とお客様に判断を委ねるのです。「これはベジタリアンです。ハラールです」と言うと、突っ込まれる可能性があります。それよりも「うちはこういう基準でやっています。ベジかハラールかは知らないが、よろしかったらどうぞ」と、もちろんそれら理解した上でお伝えするのです。つまり「ぶっちゃける」ことが食の多様性対応の解決策なのです。

本コラムは、The Daily NNAシンガポール&ASEAN版で2016年2月から19年6月まで全41回に渡って連載した『ハラールという戦略上の選択肢』の後継シリーズです。今シリーズでは筆者が独自に収集・集計しているデータを用い、ハラールをはじめとする食の多様性について、インバウンド(ここでは訪日観光市場と定義します)の最新情報とともに毎月1回解説します。

<プロフィル>

横山真也

ヨコヤマ・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役

フードダイバーシティ株式会社 共同創業者

1968年兵庫県生まれ。2010年日本で独立開業後、12年シンガポールで法人を設立。国内外の企業買収、再生、立ち上げ、撤退プロジェクトを運営管理するかたわら、14年ハラールメディアジャパン株式会社(現フードダイバーシティ株式会社)を共同創業。16年シンガポールマレー商工会議所から起業家賞を受賞(日本人初)。米トムソン・ロイター系メディアSalaam Gatewayから”日本ハラールのパイオニア”と称される。ビジネス・ブレークスルー大学大学院経営学研究科修了(MBA)、同大学院ティーチングアシスタント、同大学ラーニングアドバイザー

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