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【日本】【ハノイ重慶】「ASEAN工業団地」がブーム[経済](2018/12/24)

中国の南西部に位置する広西チワン族自治区を知る日本人は多くない。しかし、自動車生産台数は東南アジア諸国連合(ASEAN)最大のタイを上回るのに加え、最近は「東盟商務地区(ASEANビジネス地区)」などASEANの名を冠した地域開発に沸いている。巨大産業集積地である広東省から広西チワン族自治区を経由してチャイナプラスワンの投資が進むベトナム首都ハノイへはわずか1,000キロ。そして中国内陸部・重慶から同自治区を経由してASEANをつなぐ鉄道と海運の複合輸送も始まった。同自治区は、中国とASEANの産業・人材・情報が交わる「結節点」となりつつある。【文・写真=遠藤堂太】

ベトナム国境から車で1時間半の距離にある中国―タイ崇左工業団地=広西チワン族自治区

ベトナム国境から車で1時間半の距離にある中国―タイ崇左工業団地=広西チワン族自治区

「低賃金のベトナム人労働者を採用する計画だ。宿舎も提供する」。中国―泰国崇左産業園(中国―タイ崇左工業団地)の担当者がこう説明する。ただ、タイやベトナム企業が入居する予定は現段階ではなく、台湾系や地場の工場、オフィスビルが建設中だった。人件費高騰に苦しむ広東省で操業するメーカーを、当面のターゲットとしているのは明らか。ここでベトナム人を雇用すれば人件費を抑え、労働力を確保しやすいという考えだ。

広西チワン族自治区の首府である南寧とベトナム国境(約230キロメートル)のほぼ中間に位置する崇左。「なぜタイの工業団地が?」。多くの人は首をかしげるかもしれないが、ASEAN製糖最大手であるタイ企業のミトポンが事業に参画しているためタイの名を冠する。同自治区は中国一のサトウキビ生産地であり、同社は1990年代から崇左で製糖工場を経営している。担当者は「外国企業にも進出してもらいたい。珠江デルタにつながる河川港が工業団地の隣接地にあるほか、中越国境や北部湾にある欽州港など国際海運港にも近く、戦略的な拠点になり得る」と魅力をアピールする。

■欽州港に中国マレーシア工業団地

電子や自動車産業の集積が急ピッチで進む重慶市と、シンガポールを含むASEAN間を鉄道と海運などで複合輸送する「南向通道」事業は、中国が提唱する巨大経済圏構想「一帯一路」の一環だ。欽州港から車で10分のところに「中国―マレーシア欽州工業団地(CMQIP)」がある。中国マレーシア両国政府案件の工業団地ということもあり、マレーシア系のハラル食品産業や病院も誘致する。ASEANとの産業協力を重視する地元政府の熱意がうかがえる。

「中国―マレーシア工業団地」で操業するメーカーの工場内=欽州

「中国―マレーシア工業団地」で操業するメーカーの工場内=欽州

ただ、入居契約済み企業約60社のほとんどは地場企業だ。広東省深センから生産移管して操業中のある地場メーカーは入居理由について、「法人税率9%の優遇措置が進出の決め手だ。ベトナム進出も検討したが、生産設備を移設するコストや外国操業のリスクは大きい」と話す。韓国サムスン電子のベトナム工場(ハノイ近郊バクニン省)向けに携帯電話のカバーを生産しているほか、カバンや衣類を製造し米国に輸出している。米中貿易摩擦の影響もあり、業界では「原産地表記をベトナムへと変更できないか」という話で持ち切りだと話す。

CMQIPでは住居や商業施設も建てられつつある。ただ、CMQIP内で稼働している拠点はまだ少なく更地が目立つ。地場新興電気自動車(EV)メーカーの帝亜一維が14億人民元(約226億円)を投じる計画も、資金難から着工が延期されている。

■シンガポール海運PILが物流拠点

「欽州港経由の南向通道は上海港の混雑を回避するメリットもある」と話すCSILPのエン・ジム・ウィー氏=南寧

「欽州港経由の南向通道は上海港の混雑を回避するメリットもある」と話すCSILPのエン・ジム・ウィー氏=南寧

中国とASEANを結ぶ物流工業団地として南寧で建設中なのが「中国シンガポール南寧国際物流園(CSILP)」だ。シンガポールの海運大手パシフィック・インターナショナル・ラインズ(PIL)が出資。保税倉庫・工場用地を建設中だった。ターゲットは中国の内外を結ぶ貨物の取り扱いや、加工製造を行う企業の誘致だ。PILは欽州とシンガポール間などを結ぶコンテナ船を就航させている。

CSILP運営会社の広西新中産業投資で最高執行責任者(COO)を務めるエン・ジム・ウィー(翁錦輝)氏によると、中国ASEAN間で、半完成品や完成品を組み立て製造したり、検品したりする拠点としての活用も想定。鉄道貨物駅も併設の予定だ。電子や食品、自動車、縫製などあらゆる産業の利用が考えられると話す。ASEANの物流業界団体、ASEANフォワーダー協会(AFFA、本部ジャカルタ)の支所もここに開設し、ASEANの物流人材の研修機能も設ける。

「自治区政府は企業のニーズを常に把握し、即断即決で協力してくれる。用地も提供してくれた。こうしたバックアップはベトナムなどほかの新興国ではあり得ない。成長スピードが速い南寧での事業は、企業が成長する『時間を買う(時は金なり)』ことにもなる。日本企業もここでビジネスチャンスを広げてほしいし、協業もしたい」と秋波を送る。

■情報・高度人材も集積

「中国―ASEANインフォメーション・ハーバー(中国―東盟信息港)」は南寧市内にある展示場の名前でもあり、会社名でもある。案内してくれた女性は「中国国内のありとあらゆるデータがここに集まっている。ゆくゆくはASEANのデータも集め、共有し、『デジタル・シルクロード』を建設。ASEANと共栄していく」と説明した。展示場では各地のモバイル決済取引額やサトウキビ売買高、病院の受付人数などがリアルタイムで表示されていた。

国境貿易やモバイル決済取引額などがリアルタイムで表示される「中国―ASEANインフォメーション・ハーバー」の展示場=南寧

国境貿易やモバイル決済取引額などがリアルタイムで表示される「中国―ASEANインフォメーション・ハーバー」の展示場=南寧

中国とASEANをサイバー空間で結ぶというこの事業は、中国政府機関である国家インターネット情報弁公室が主導して15年にスタート。ミャンマー、マレーシア、カンボジア、ラオスの企業とも協業している。集めたデータについて尋ねると「現在は企業に販売している」と答えた。

自治区当局がASEANの高度人材を雇うように呼び掛けている。地元企業によると、英国でMBA(経営学修士)を取得したタイ人などが採用可能リストに挙がっていた、という。政府は1人当たりの採用に対し毎月20万円相当を企業に補助。これに企業が上乗せした金額を給与として支払う仕組みだ。

この地場企業の幹部は、「中国語ができないMBAよりも、優秀な日本人エンジニアの雇用に補助金を付けてほしいね」と笑ったが、高度人材までもASEANから引き込もうとする地元政府のグローバル戦略に驚く。

■華越経済圏、ベトナム南北より存在感

日本の報道を見ると、中越関係は南シナ海をめぐる領土問題で冷え込んでいる印象がある。しかし、巨大な経済格差がある中越間では今、人・モノ・情報が大きく動いている。グーグルマップの衛星写真で中越国境をたどると、あちこちで山を切り崩しトラックターミナルを建設しているのが分かる。タイからラオス、ベトナムを経て広西自治区へと4カ国をまたぐコンテナ輸送のトラックも多く走る。

華南・ベトナムの製造業に詳しい専修大学の池部亮准教授は「賃金高騰などのリスクによって、広東省の製造業が西へと移動している。エンジン製造をはじめ産業集積がもともと厚かった広西チワン族自治区を経てハノイに至る約1,000キロが『華越経済圏』として事実上の経済統合を果たしつつある」と指摘する。

一方、ハノイとベトナム最大都市ホーチミン市は1,700キロ以上も離れ、途中の都市に産業集積はない。仮に国内物流の効率性が向上しても、南北に細長い国土は不利なだけに、「巨大な経済力を持つ中国南部とベトナム北部の結びつきがますます強まる」と池部氏はみる。

ハノイから広西チワン族自治区を経由して重慶までの1,600キロ。沿線の様子をシリーズで伝える。

(次回は12月27日掲載予定)

関連特集「重慶バンコク2800キロ」

https://www.nna.jp/topics/2342

<メモ>

■中国―タイ崇左工業団地

12年に着工。50平方キロを開発する予定。17年に一部が完成。ミトポンと中国食品最大手の中糧集団(COFCO)が協業して開発。

■中国―マレーシア工業団地

両国政府の旗艦事業であり、55平方キロを開発し人口50万人の都市を建設する計画。12年4月に温家宝首相とマレーシアのナジブ首相(いずれも当時)が参加して起工、15年に第一期15平方キロが完成した。用地販売価格は1畝(ムー、約667平方メートル)当たり10万人民元以下。マレーシアには「マレーシア中国工業団地(MCKIP)」があり、中国系企業が多数入居している。

■中国シンガポール南寧国際物流園

17年9月着工。総面積2.1平方キロのうち第一期0.4平方キロは19年完成予定。

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