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【日本】【重慶バンコク】タイ、鉄道復権占う在来線複線化[運輸](2018/09/10)

中国からラオスを抜けてタイに至る高速鉄道計画。中国の現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」の一環として、タイへの影響力拡大を目指す中国の思惑があるものの、道路インフラが発展し、鉄道輸送が衰退しているタイでは高速鉄道への期待は小さく、その実現に向けては不透明さが残る。その一方で、中国語教育機関「孔子学院」によって文化・人的交流を加速させつつあり、インフラと文化の両面でタイを取り込もうとする中国のしたたかな戦略もみえてくる。

コンケン大学内にある孔子学院。タイに16校ある中で、06年に最も早く創立された=コンケン

コンケン大学内にある孔子学院。タイに16校ある中で、06年に最も早く創立された=コンケン

「高速鉄道事業に将来従事する高等専門学校生を、中国・重慶の学校へ留学させる事業が進んでいる」。タイの国立コンケン大学にある孔子学院のタイ側代表であるウタイバン・ダンビバット・ディレクターはこう話す。同院は重慶にある西南大学や技術系の高等専門学校と提携を結んでおり、タイ東北部の工業人材の育成支援に力を入れ始めた。

「教育支援の場であり、政治とは関係ない」とウタイバン氏。2006年の開設当初は学生数は少なかったが、今では高専の生徒ら200人が登録し、夕刻に2時間、中国語を学ぶ。中国政府が拠出する留学プログラムが若者を引きつけるという。孔子学院ではこのほか、タイ人中国語教師への指導も実施。コンケン大学では近年、日本語学科よりも中国語学科が学生を多く集めており、中国は身近な存在になりつつあると同氏は話す。

「バンコクの大卒初任給は、日本語学習者よりも中国語学習者が2~3割高い」(政府機関関係者)との指摘もあり、中国関連企業の給与の高さが、中国語学習者数を押し上げる要因となっている可能性もある。

東北部最大都市ナコンラチャシマ(コラート)とラオス首都ビエンチャンの中間に位置するコンケンはベトナム、ラオス、タイ、ミャンマーを結ぶ東西経済回廊が交差する交通の要衝だ。緑多いコンケン大学の広大なキャンパスには、メコン地域各国の研究者が集まり政策提言なども行う「メコン研究所」がある。

国際学術機関「メコン研究所」のワチャラス所長=コンケン

国際学術機関「メコン研究所」のワチャラス所長=コンケン

タイとラオス、中国を結ぶ「中タイ高速鉄道」について、ワチャラス・リラワット所長は「現在の需要は少ないと思われるものの、開通すれば鉄道は人口の少ないラオスやタイにとって、一次産品輸出が増えたり中国人観光客が増えたりと市場拡大の機会になりえる」と前向きな見方だ。

ただ、中国はダムや鉄道建設の際に環境や住民に対する配慮が足りないほか、メコン川上流でのダム放流に関して情報開示が徹底していないと指摘。情報をオープンにすることで、メコン地域の人々にとってより身近な存在となる必要があると説く。

■毎日1時間遅れの在来線

タイ国鉄(SRT)のコンケン駅では、在来線の複線化・高架工事が進んでいた。南へ約3キロ離れた仮設駅から、始発の各駅停車に乗る。ナコンラチャシマを経て高速鉄道建設現場に近いパクチョンまで270キロメートル、料金は51バーツ(約173円)と格安だ。

4両編成のディーゼルカーの数少ない乗客は高齢者ばかり。バンコク一極集中が進むため、東北部では若夫婦がバンコクへ出稼ぎ、祖父母と孫が残るという世帯が多い。

普通列車の車内。「高速鉄道」とは無縁の緩やかな空気。日中は高齢者の利用が多い=コンケン―ナコンラチャシマ間

普通列車の車内。「高速鉄道」とは無縁の緩やかな空気。日中は高齢者の利用が多い=コンケン―ナコンラチャシマ間

列車は複線化工事中のタイ東北部の平原を進む。工場はほとんど見当たらない。途中駅で40分停車し、バンコク方面から来る列車を待ち、遅れが1時間に拡大する。単線であることに加え、列車行き違い設備も不足している。夕刻になると通学の高校生が乗ってきて2~3駅で下車する。「毎日1時間の遅れが当たり前」とあきらめ顔で話す。

複線化後は、ほぼ各駅での追い越し施設を設け、駅周辺では道路との立体交差も建設中だ。ただ、各駅停車と急行列車がそれぞれ1日4往復程度の現状で、187キロの区間(コンケン―ナコンラチャシマ市街)に約800億円を投じるのは、過剰投資と感じる。

国鉄のコンケン―ナコンラチャシマ間では複線高規格化工事が進む。コンケン駅(左)、1日8本(4往復)しか列車が停車しない小駅でも過大な投資が進む(右はポンソンクラム駅)

国鉄のコンケン―ナコンラチャシマ間では複線高規格化工事が進む。コンケン駅(左)、1日8本(4往復)しか列車が停車しない小駅でも過大な投資が進む(右はポンソンクラム駅)

高速鉄道が着工されるという今頃になって、タイ政府は、全国で在来線の複線化を進める。ラオスとの国境チェンコンへの新線建設は入札準備中、ミャンマーとの国境メソト(メーソート)への路線建設も事業化に向けた調査を進める。

産業界は強い期待を示す。タイ物流大手Vサーブの社長で、日本の経団連に相当するタイ工業連盟(FTI)副会長を務めていたタニット氏は、「タイの産業界にとって、在来線の複線化は輸送コスト・時間短縮でプラスになる」と指摘。一方の高速鉄道については、「旅客や小口輸送なら良い。しかし、コンテナやバルク貨物を時速200キロ以上で走らせる必要はない」と、貨物利用には懐疑的な見方だ。

■他の交通機関の利便性高い

中国支援によるタイ高速鉄道が昨年12月に本格着工したことが華々しく報じられた。

高速鉄道の建設現場(クランドン―パンアソーク駅間3.5キロ)は本格着工にはほど遠い=ナコンラチャシマ県パクチョン郡

高速鉄道の建設現場(クランドン―パンアソーク駅間3.5キロ)は本格着工にはほど遠い=ナコンラチャシマ県パクチョン郡

それでも、着工したのはわずか3.5キロにすぎない。パクチョン駅から車に乗って工事現場を訪れると、在来線の線路(クランドン―パンアソーク駅間)に並行して北側に複線化用、南側に高速鉄道用の整地工事が進んでいた。パンアソーク駅そばにある建設事務所には、最高時速400キロと書かれた中国車両「復興号」の写真が目立たないようにある。

高速鉄道は観光客誘致につながるのか。パクチョンは野生ゾウが多く生息するカオヤイ国立公園の玄関口。駅そばでゲストハウスを営むボウさんは、「旅行者にとっては列車や乗り合いミニバン、自家用車のほか新たな選択肢が増えるのは良い」と歓迎。しかし、「駅は、市街地から遠くに建設され、移動時間やタクシー代がかさむことに加え、来年にはバンコクからナコンラチャシマまで高速道路(モーターウエー)が開通する。都市間の移動に便利な高速鉄道は必要だが、安くて便利な乗り物として選択されるだろうか」と疑問を投げかける。

■鉄道、利用客は減少

パクチョンからバンコクの180キロは36バーツ、所要時間は4時間9分。8両編成の老朽化した客車列車は終点までがらがら。旅情を味わうには楽しいが、このまま複線化しても投資効果が得られないことは明らかだ。バンコク・フアランポーン駅には15分遅れで到着した。

タイ鉄道史が専門の横浜市立大学の柿崎一郎教授は、国鉄について「バンコク近郊区間の複線化が2000年代前半に完成したが、列車本数も利用者数も逆に減っている」と指摘。鉄道の復権は、せっかく整備したインフラを有効に活用できるかにかかっていると話す。車両・要員不足のため、このまま複線化が進んでも走らせる列車がないほか、駅員や乗員の合理化が課題。「労組の影響が強い国鉄の抜本的な組織改革か、あるいは解体が必要だ」と提言する。インフラが有効に利用できるかは高速鉄道についても同様で、「バンコク―ナコンラチャシマの建設だけがだらだらと進み、本格的な運行開始には相当の時間がかかる」とみる。

重慶から昆明、バンコクまで2,800キロを鉄道と路線バスを使って南下してきた。中国南部からラオス、タイ、マレーシア、シンガポールと結ばれる「アジア横断鉄道(TAR)」は各国の政治・経済事情も異なり、ラオスを除いては中国の思惑通りに一朝一夕ではつながらないことを実感する。

ただ、10~20年の長期でみると建設は前進し、ベトナムやミャンマーへも支線で連結する、中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)を結ぶ大動脈が育つ可能性もある。少なくとも10年後には、重慶を中心とした中国内陸部が製造業の新たなハブとして台頭し始めるだろう。その時、自由貿易協定(FTA)を軸に日本企業がASEANで構築してきたサプライチェーンの見直しを迫られる日がくるかもしれない。(文・写真、遠藤堂太)

<メモ>

■中タイ高速鉄道

バンコクとラオス首都ビエンチャン対岸のノンカイを最高時速250キロで結ぶ。タイの政府資金で建設し、技術を中国から導入することが決定。第1期はバンコクから東北部ナコンラチャシマの253キロ(事業費は約6,000億円、22年に完成予定)、第2期はナコンラチャシマからノンカイ(事業費は約6,600億円)。政府間交渉に目立った進展がなく、報じられているスケジュールでの完成にはほど遠いのが実態だ。第1期の6駅はバンスー(バンコク)、ドンムアン、アユタヤ、サラブリ、パクチョン、ナコンラチャシマ。しかし、バンコクとナコンラチャシマを直通する在来線旅客列車は現在10往復、ノンカイまでは4往復のみで、バスや自家用車、航空機にシェアを奪われている。

なお、バンコク―チェンマイが日本の新幹線方式で建設予定だが、こちらは中タイ高速鉄道以上に先行きは不透明だ。

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