今回が最後の刷新になる可能性も?──キャッシュレス時代に向けた紙幣刷新
政府は今年(2019年)4月9日、2024年度上期をメドに1万円札・5千円札・千円札の新紙幣を発行すると発表。500円硬貨についても、素材や意匠を変えた新硬貨が2021年度上期に発行されることになった。
紙幣の刷新は2004年以来、20年ぶりとなる。新元号「令和」の公表からわずか1週間というタイミングでの刷新発表に、お祝いムードに乗じた政略だと批判の声も聞かれるが、関連業界では紙幣の切り替えによる「特需」の期待も高まっているようだ。ただ、現金を使わないキャッシュレス決済が急速に広まる中、その経済効果は限定的とする見方も強い。
そこで今回は「キャッシュレス時代に向けた紙幣刷新」と題して、その背景や目的とともに、新紙幣が社会経済にもたらす影響について考えてみたい。
現代的なデザインと最新鋭の3次元ホログラムを採用
今回の紙幣刷新について、財務省では昨年の夏から水面下で本格的な準備を進めていたという。
お札の顔となる肖像の人選については、「写真が残っている明治期以降の文化人」「政治色の強い人物や軍人は外す」「男女のバランスに配慮する」「昭和以降の人物は、評価するにはまだ早い」という観点から選考。日本史の教科書や出典数なども調査した上で、1万円札には「日本の資本主義の父」と称される渋沢栄一、5千円札には津田塾大学を創設した津田梅子、千円札には血清療法を確立した北里柴三郎が選ばれた。
表面の肖像とともに裏面のデザインも一新。1万円札は東京駅の丸の内駅舎、5千円は藤の花、千円札は葛飾北斎の富嶽三十六景「神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)」が採用された。また、外国人観光客が使うことも考慮して、表裏両面に洋数字の額面(10000,5000,1000)を大きいサイズで表示。角度を変えると画像が回転して見える3次元ホログラムを新採用するなど、偽造対策もさらに強化している。
全体の印象としては、和モダン調の現代的なデザインにまとめられた感があるが、額面を示す洋数字のフォント・サイズに関しては、ネット上で「ダサイ・デカイ・安っぽい・違和感がある」との声が続出しているようだ。さて、皆さんはどう感じただろうか。
新元号と紙幣刷新の発表は、たまたま重なっただけ?
4月9日の刷新発表は改元直前のタイミングと重なり、政府としては祝賀ムードを盛り上げる格好のパフォーマンスにもなった。同日の会見で麻生財務相は、「紙幣のデザインは偽造防止の観点から、おおむね20年ごとに変えてきた」とした上で、新元号の発表とは「たまたま重なった」と強調。一方、野党からは「新元号も、新紙幣も、新天皇の即位も、安倍政権は支持を集めるために何でも利用している」と批判の声も上がっている。
たしかに、前回(2004年)の紙幣刷新は発行の2年前に発表されたが、今回の発表は5年前と大幅に早い。ただ、前回は新紙幣の導入時に自動販売機や両替機の半数が対応に間に合わず、社会的な混乱や消費者からの苦情が相次いだという経緯がある。
こうした教訓を踏まえ、財務省は「印刷の原版を作って見本品が完成するまで2年半、民間企業が対応を進めるのにも2年半を要する」として、今回の「5年前」が妥当との立場を示している。新紙幣の流通にともなって、ATMやシステム改修などの対応に迫られる金融機関でも、準備期間が5年に伸びたことに安堵が広がっているようだ。
「特需」は約1兆6000億円と試算されているが……
では、20年ぶりの紙幣刷新によって、どのような経済効果が見込めるのだろうか。
発表があった4月9日の東京株式市場は、紙幣識別機など特需への期待から、関連機器メーカーの株価が軒並み高騰。前日終値より7.9%高で取引を終えた国内最大手の紙幣処理機器メーカー「グローリー」は、前回の刷新時に前後3年間で売上高が約900億円拡大する特需に沸いたという。
今回の刷新でも同社をはじめとする機器メーカーのほか、さまざまな関連業界に相当の特需をもたらすと期待されている。第一生命経済研究所の試算によると、新紙幣と500円硬貨の発行に伴う原材料・インクなどの需要で6114億円、機械の改修と買い替えでATMメーカーに3724億円、自販機メーカーに6064億円と、合計で約1兆6000億円の経済効果が見込めるという。
一方で、日常生活の中で現金を使う機会は少しずつ減り、銀行はATMの削減に動いている。最近はQRコードによるキャッシュレス決済も急速に広まり、現金お断りの飲食店すら登場する時代となった。新紙幣が出まわる5年後には、現金を扱う自販機やATMがさらに減っている可能性も高く、前回と同様の特需となるかは不透明との見方も強い。
家庭で眠る約50兆円の「タンス預金」をあぶり出す
とはいえ、日本はまだまだ現金志向が根強く、キャッシュレス化の流れが強まる中で、紙幣の流通量はむしろ増えている。日本銀行によると、1万円札の発行高は2019年3月時点で99兆7000億円。現在の紙幣に切り替わった2004年当時の約65兆円から5割増、ここ10年間でも3割増加している。
現金流通が多い背景には、日銀の超低金利政策のもとで、銀行に預けられずに家庭で眠る「タンス預金」の存在がある。現在、国内のタンス預金の残高は約50兆円とみられ、現金の全流通量の約半分を占める。今回の紙幣刷新は、あくまでも最新の偽造防止策を講じることが一義的な目的だが、政府はこの巨額なタンス預金をあぶり出し、消費や投資を活性化させる副次的な効果も狙っているようだ。
新紙幣導入はキャッシュレス化の追い風になる可能性も
一方、政府は2025年までに国内のキャッシュレス決済の比率を、現在の20%から40%に上げる方針も掲げており、今年10月の消費税増税に伴うポイント還元の対象もキャッシュレス決済を条件にしている。
紙幣刷新とキャッシュレス推進……一見、相反する動きのように思えるが、新紙幣の導入によってお金に新たな流れが生まれ、年間2兆円とされる現金の運用コストにあらためて注目が集まれば、キャッシュレス化の追い風にもなるだろう。そうした意味で、今回の刷新はこれまでのような「特需」だけではなく、「キャッシュレス推進による経済活性化」につながる可能性も秘めているのだ。
いずれにしても、20~30年後には世界的に現金の存在感が薄れ、日本でも紙幣の需要が減っていくことは間違いないだろう。経済産業省は時期を明示していないものの、将来的にはキャッシュレス比率を80%まで高める目標を掲げており、今回が実質的に最後の紙幣刷新になると指摘する声も多い。
「これで最後?」と聞くと少々寂しい気もするが、時代とともに変わっていくお金の姿やあり方について、この機会にあらためて考えてみるのもいいかもしれない。
※参考資料・HP/財務省、経済産業省、第一生命経済研究所、日本経済新聞、朝日新聞、
≪記事作成ライター:菱沼真理奈≫
20年以上にわたり、企業・商品広告のコピーや、女性誌・ビジネス誌・各種サイトなどの記事を執筆。長年の取材・ライティング経験から、金融・教育・社会経済・医療介護・グルメ・カルチャー・ファッション関連まで、幅広くオールマイティに対応。 好きな言葉は「ありがとう」。