歴史や価値とともに変化する「お値段」⑭ ── ピアノのお値段
ものやサービスの値段は時代によって変わるものです。「高い」「安い」の基準になっている貨幣の価値も時代によって大きく変わります。
さまざまな分野のものやサービスの「お値段」を比較してみましょう。
4月は、新しいことに挑戦する絶好の季節ですが、ここ20年ほどのことでしょうか。中高年の世代で新しく楽器を習い始める人々や、あるいは昔習っていた人があらためて習い始めるといったケースが増えているようです。そのため、音楽教室などではシニア向け楽器入門の講座に力を入れています。
なかでも一番人気はピアノ。昔、家ではピアノが買えなかったけど、春から挑戦してみたい……というシニアの方も多いかもしれません。というわけで、今回はピアノのお値段の変遷を見てみましょう。
歴史や価値とともに変化する「お値段」① ── カラーフィルム
歴史や価値とともに変化する「お値段」② ── カメラ
歴史や価値とともに変化する「お値段」③ ── 初鰹
歴史や価値とともに変化する「お値段」④ ── 古書
歴史や価値とともに変化する「お値段」⑤ ── 夏目漱石の「経済的価値」
歴史や価値とともに変化する「お値段」⑥ ── ビールのお値段
歴史や価値とともに変化する「お値段」⑦ ── 劇場入場料
歴史や価値とともに変化する「お値段」⑧ ── 郵便料金
歴史や価値とともに変化する「お値段」⑨ ── 宝くじ
歴史や価値とともに変化する「お値段」⑩ ──日本語ワープロ
歴史や価値とともに変化する「お値段」⑪ ──外食のお値段
歴史や価値とともに変化する「お値段」⑫ ──鉛筆など文房具のお値段
歴史や価値とともに変化する「お値段」⑬ ── ランドセルのお値段
エリートの給料の20ヵ月分!
ピアノがヨーロッパで発明・試作されたのは、17世紀のこと。イタリア・フィレンツェの大富豪メディチ家に仕えた楽器製作者が製作したものが「ピアノの始まり」ともいわれ、一説によると、ピアノを最初に手にした作曲家はバッハともいわれています。そして時が過ぎ、日本では明治維新の二十数年前にピアノが輸入されています。
国産ピアノが初めて作られたのは、明治31(1900)年のこと。このときの値段は記録に残っていませんが、明治39(1906)年に作られたグランドピアノは750円。当時の大学卒の銀行員の初任給が35円でしたから、現在の貨幣価値から考えると給料の20ヵ月分に相当し、約400万円以上になるでしょうか。もちろん、海外からの輸入品の値段はこの価格の数倍しました。
ただし、ここで比較している大学卒の銀行員とは、当時の超エリートを指します。尋常小学校の教員の初任給が12円程度でしたので、双方を比較してみると、当時のピアノは、大多数の給与生活者の趣味で買えるようなものではなかったことがわかります。
そして、昭和9(1934)年の国産ピアノの値段は950円。小学校教員の初任給が50円程度だったことからも、ピアノはまだまだ高嶺の花でしたが、国産ピアノの普及によって、多少敷居が低くなってきたことは間違いありません。
大衆化するピアノ
ところが、戦争によって国産ピアノの生産は中止されてしまいます。
生産が再開された昭和26(1946)年の、グランドピアノの値段は17万8000円。当時の銀行員の初任給が4000円~5800円でしたので、給料と比較すると、30ヵ月分以上と大きく値段が上がってしまいました。その後もピアノは比較的高い水準を保ちますが、戦後、景気の拡大に伴って給料は大きく上昇しましたから、ピアノの値段も相対的に下がってきます。
昭和41(1966)年のグランドピアノは36万円、アップライトが20万円。
銀行員の初任給が3万500円ほどですから、アップライトでしたら給料の約半年分になり、一般の家庭でも今年のボーナスでピアノを買おうか、という状況になってきました。
さらに、子どものお稽古ごとのひとつとしても急速に普及し、大衆化が進んでいきます。大手の楽器メーカーが全国にピアノ教室を展開するのもこの時期からでしょう。
現在では新品の一般的なグランドピアノが120万円程度で、アップライトは70万円程度です。もちろんコンサートで使われるようなピアノは、数千万円します。
ピアノの大衆化に伴い、弦をハンマーで叩く構造ではあるものの、ヘッドフォンなどを使うことができる電子ピアノが発売されたのは、1970年代のこと(アップライトで11万円程度)。アップライトが発売された理由のひとつには、大きな音が出しにくい住宅事情も影響していたようです。そのため台数的にかなり普及しました。
現在ではご存知じのとおり、シンセサイザーや電子キーボードは非常にたくさんの種類が発売されています。中古楽器も入手しやすいですね。むしろ誰も弾かなくなったピアノや電子ピアノなど楽器の処分に困ることのほうが多いかもしれません。現在ではピアノという楽器に対する敷居は、ぐんと下がったといえるでしょう。
ハーモニカのお値段
日本に輸入され始めたのは明治20年代とされますが、安価なもので25銭ほど。現在の感覚だと3000円~4000円程度でしょうか。高価ですね。
代表的な国産メーカーのハーモニカの、昭和2(1927)年の値段は1円60銭。これも数千円程度と考えられます。
この後、戦後になると小学校教育に器楽が導入され、ハーモニカは数百円程度の値段に下がり、普及とともに簡単で携帯便利な楽器として広く愛好されるようになります。現在でも教育用のハーモニカは1000円を少し上まわる程度ですが、高級なものになると1万円以上しますし、半音階を出せるクロマチックハーモニカなどでは10万円を超えるものもあります。現在でもその響きを懐かしがって、シニアの愛好者も多く存在します。
── ピアノに限らず、高い楽器が存在するのは事実ですが、なにかしら楽器に触れようとするなら、広い選択肢があります。春からなにかひとつ、始めてみてはいかがでしょうか。
≪記事作成ライター:帰路游可比古[きろ・ゆかひこ]≫
福岡県生まれ。フリーランス編集者・ライター。専門は文字文化だが、現代美術や音楽にも関心が強い。30年ぶりにピアノの稽古を始めた。生きているうちにバッハの「シンフォニア」を弾けるようになりたい。
図版01 「ピアノの発表会」は子どもにとって大イベント
02 どこか懐かしいハーモニカの音色