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【台湾】【肖像】マスク購入システムの立役者[IT](2020/04/30)

世界的に注目される台湾の新型コロナウイルス感染症対策の中でも、特に独自の進化を続けているのがマスクの実名制購入制度だ。3月12日からはマスクのオンライン予約購入システム「eMask 口罩預購系統」の運用を開始し、薬局の長蛇の列は消えつつある。わずか5日で同システムを構築した関貿網路(トレード・バン・インフォメーションサービス)の許建隆董事長が、「国家級」プロジェクトにかける思いを語った。

――口罩預購系統の開発の経緯は。

当社が台湾の税申告システムなどを長年担っていたことから、適任と判断された。口罩預購系統で政府側の責任者を務める唐鳳(オードリー・タン)政務委員(無任所大臣)とは3年前、税申告システムのアップグレードについて話し合ったことがある。そうしたつながりもあり、3月5日の夜に政府から1本の電話を受け、すぐに開発に取り掛かった。

はじめに運営、情報セキュリティー、カスタマーサービスなどの各分野を担当する約50人のチームを組成した。メンバーは全て当社の従業員だ。24時間体制でシフトを組み、不眠不休で開発に当たった。

社内の環境も整えた。開発本部に当たる「戦情中心」を設置し、予約を完了した人数やシステムのステータスがリアルタイムで確認できるようにした。遠方の従業員には付近のホテルを借り上げ、社内にも休憩室を設けて休ませた。

口罩預購系統は「国家級」のOtoO(オンライン・ツー・オフライン)プロジェクトだ。オンラインで予約と支払いを行い、オフラインで配送、受け渡しまでを行う。まずは本人確認のため健康保険システムと連結する必要がある。さらに政府部門では財政部(財務省)、交通部(交通省)、経済部(経済産業省)、衛生福利部(衛生省)中央健康保険署(健保署)が関わり、支払いは銀行などの金融機関、通知は中華電信などの通信会社、配送は中華郵政、受け渡しはコンビニがそれぞれ担当する。これらを一本化することは困難を極めた。

5日間でシステムを構築し、2日間のテストを実施した上で、12日に運用を始めた。

――現在取り組んでいることは。

実名制購入制度は毎週のようにルールが変更されるため、逐一対応する必要がある。

例えば、4月15日から予約受け付けを開始した第5タームでは、新たに子ども用マスクの予約購入が始まった。4月9日からは海外に住む二親等以内の家族にマスクが送れるようになった。マスクの購入可能枚数も、当初の7日間に3枚から、14日間に9枚と変更された。こうした変更点をシステムに反映する必要があり、任務に着手してからきょうまで、1日も休まずにアップデートを続けている。

関貿網路の許建隆董事長は、マスク購入システム開発に当たりOtoOを一本化するのが最大の困難だったと説明する=台北(同社提供)

関貿網路の許建隆董事長は、マスク購入システム開発に当たりOtoOを一本化するのが最大の困難だったと説明する=台北(同社提供)

――ノウハウを海外に共有する計画はあるか。

われわれの技術を日本や他の国・地域にシェアすることはできるが、システムだけを開発して完成するわけではない。一連のOtoOを構築するためには政府部門や企業との連携が必要で、どの国でもできることではない。

ただ台湾ではそれができた。これこそが台湾の「IT力」が強固である理由だろう。

■政府部署から民営化

――関貿網路は元々、政府の一部署だった。民営化のきっかけは。

通関に関する各部門の手続きを一本化することを目的に、1990年に行政院(内閣)に設置されたグループ「貨物通関自動化規画推行小組」が始まりだ。台湾は“島国”であることから貿易に頼る部分が多い。ただ通関には20以上の政府部門の承認を得る必要があり、とても面倒だった。世界の潮流に合わせて電子化を進め、利便性を向上することが同グループの任務だった。

96年に民営化した。民間と協業することでさらに効率を上げたかったからだ。上場企業だが、現在も出資比率は財政部が36%、兆豊銀行が4.1%と政府系が40%を占める。

――通常時の主要業務は。

輸出入の通関システムに関する業務だ。全ての通関システムを電子化した。

99年からは税申告システムも手掛けている。台湾では総合所得税(個人所得税に相当)、営利事業所得税(営所税、法人税に相当)など計17種類の税申告を5月に行う。他の国・地域では大量の紙の資料を作らなければならないが、台湾は全てをオンラインで行うことができる。

他にも、交通部の港湾業務システム、内政部(内政省)の土地登記データ検索システム、衛生福利部食品薬物管理署(食薬署)の食品トレーサビリティーシステムなど政府各部門のシステムを手掛けている。

4年前には外国人旅行者向けの税還付システムを開発した。空港にある赤い税還付の端末はわれわれが開発したものだ。

民間では、ほとんどのコンビニや量販店などが当社の流通管理システム「E―HUB」を導入している。流通業でのわれわれのシェアは約8割だ。

戦情中心では約50人のチームが日夜システムの管理・更新を続ける=台北(関貿網路提供)

戦情中心では約50人のチームが日夜システムの管理・更新を続ける=台北(関貿網路提供)

■教職から企業トップに

――元は大学で教職に就いていた。関貿網路の董事長になったきっかけは。

関貿網路に来る前は、台北市の徳明財経科技大学で5年間、マーケティングと情報管理を教えていた。政府からの打診で、2016年8月に出向という形で董事長に就いた。

教員は人の才能を伸ばす仕事だが、関貿網路では経営と従業員に対する責任がある。経営の良し悪しは利益や売上高、株価などのデータに表れる。

私が就任してからの3~4年で、売り上げは年間平均10%の成長を続けている。就任当初に約300人だった従業員は現在、600人にまで増えた。600人の従業員には600の家庭があり、その全てを支える責任が私にはあると考えている。

――今後の計画は。

新型コロナウイルスの感染が終息すれば、口罩預購系統に関する任務も終了する。その後は他のシステムの強化を進める予定だ。

各国との貿易に絡み、情報セキュリティーやブロックチェーン、モノのインターネット(IoT)、クラウドコンピューティング、金融サービスなどの分野を強化していく方針で、新型コロナウイルスの終息後はこれらの業務が増えるだろう。

越境電子商取引(EC)など、海外からの小包の受け取りに実名制が導入されることを受けて開発した実名認証用アプリ「EZ WAY 易利委」の開発も今年一段落する予定だ。

今年開業予定のインターネット専業銀行にも積極的に関わっていく予定で、(第一弾認可銀行の)将来商業銀行に出資している。(聞き手=菅原真央)

<プロフィル>

許建隆氏

1964年生まれ。2011年に台北大学で企業管理学の博士号を取得。徳明財経科技大学での教職を経て、16年に関貿網路の董事長に就任した。

関貿網路

台北市南港区に本拠を置く。2000年にインターネット関連企業として初めて店頭市場に当たる上櫃(グレタイ)市場に公開し、11年末に上場。10年には中国上海市に全額出資子会社、貿鴻信息技術(上海)を設立した。資本金は20億台湾元(約71億円)。

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